7.オレンジタルト
衝撃的すぎる内容に、すっかり忘れていたけれど。改めてオーナーに問いかけられて、そういえばそういう話だったと強制的に思い出させられてしまった私は、つい言葉に詰まってしまった。そのまま何を言えばいいのかも分からなくて、思わず視線を落としてしまう。
そんな私の様子に、少し困ったような雰囲気で笑ったオーナーは、穏やかな口調で告げるのだ。
「正直、俺の出自はかなり面倒だし、父親の件があるから、嫌だったら断ってくれて構わない」
それは上司と部下としてではなく、ただの男と女としての関係として考えていいという、オーナーのご両親の事情から来る優しさなのだろう。同時にオーナー自身が父親のことをよく思っていないからこそ、立場的なものを利用して同じようなことはしたくないという意思の表れでもあるような気がして。
(でも、それって……)
この先もずっと、オーナーは父親のことを抱えながら生きていくと宣言しているようなもの。確かに切り離せないのは、どんなに嫌でも血のつながりがある以上親子なので仕方がないこととはいえ、だからといってそんなものに縛られて生きていく必要もないはずなのに。
言葉の裏の意味合いを知ってしまった私は、悲しみと同時に悔しさまで覚えてしまう。けれどオーナーにとって、それ自体は前置きでしかなかったようで。
「ただ、そうじゃないのなら。本当に少しでもいい、俺にチャンスがあるのなら、今からでいいから。俺を一人の男として見て、それから判断してほしい」
真っ直ぐに向けられる不思議な色合いの瞳は、ただただ真剣に私だけを見ていて。ウソでも冗談でもないその本気の視線に、私は胸が高鳴るのと同時に目が離せなくなってしまった。
これは本当に現実なのか、都合のいい夢を見ているだけなのではないかと、疑いたくなってしまう。だってこんな展開、予想すらしていなかったから。
「もちろん現時点で好きな男がいるのなら、ハッキリそう言ってくれ。今すぐは難しくても、その時はちゃんと諦める決心をするから」
「好きな、ひと……」
思わず言われた言葉を繰り返してしまって、その意味を徐々(じょじょ)に理解してきた頭で、目の前にいる人物と同じ顔を思い浮かべてしまった瞬間。一気に体温が上がって、顔どころか体中が熱くなってしまった。そして何も考えず、オーナーから視線をそらしてしまう。
「ッ……。そう、か。いるのか」
「……は、い」
これだけハッキリ反応してしまえば、目の前にいるのだから分かるに決まっている。そのことに、さらに恥ずかしくなってしまった私は顔を上げることもできずに。けれどだからこそ、オーナーの表情には全く気が付かないまま。
「そう、だよな。いてもおかしくない、よな」
「はい、目の前に」
「いや、いい。別に誰ってのは言わなくて――――え?」
今自分にできるだけの勇気を振り絞って、そう伝えたはいいものの。恥ずかしさからどうしていいのか分からず、無意識に胸元のオーナーからプレゼントされたシルバーアクセサリーを握りしめてしまっていた。
そんな私に、オーナーはおそるおそる尋ねてくる。
「え、っと……。ライラには好きな男がいる、んだよな?」
「……はい」
「で、その男は今目の前に、いる?」
一度は返事を返したものの、二度目にさらに確認を取られた時は、あまりにも恥ずかしすぎて。もはや声すら出せず、小さく頷くことしかできなかった。
だって、今日は回復祝いのはずで。以前のような疑似デートではなかったはずだし、そもそも告白する予定もなければ、いきなり告白されるなんて予想すらしていなかったのだから。心の準備も全くできていない状況で、色々と追い付けていないのだ。
ただ、どうやらそれは私だけではなかったようで。
「……ちょ、っと待ってくれ。えっと…………。え、マジで? これ、都合のいい夢を見てるとかじゃないよな?」
「……やっぱり、これって夢なんでしょうか?」
現実に起こっていることが信じられなくて、二人して思わず目を合わせる。お互いどこか困惑しているのは、全く想像すらしていなかった展開になっているから。
それでも、これが夢なのか現実なのかを確かめようと先に動いたのは、オーナーのほうで。
「なぁ、ライラ」
「はい」
「少しだけでいい。……触れても、いいか?」
「っ!」
切なそうに見つめてくるその視線に、思わず心臓が大きく跳ねる。初めて見たその表情は、顔が綺麗だからなのか妙に色っぽく見えて。
「は、い……」
何も考えられないまま、自然と口からそんな言葉が出てきてしまった。それにふんわりと、嬉しそうな笑顔を浮かべたオーナーが。
「ありがとう」
そう言ってこちらにその手を伸ばして、そっと私の頬に触れた。そのまま優しく顔の輪郭をたどるように指先が動いて、親指がゆっくりと頬をなでていく。
その仕草に先ほどと同じ色気を感じ取ってしまって、恥ずかしさと嬉しさが入り交じりつつ思わず目を閉じてしまった瞬間。
「んっ」
頬をなでていた親指が、ふと唇に触れた。
胸の奥に期待と不安が湧き上がり、そっとまぶたを持ち上げてみると、視線の先で愛おしそうにこちらを見つめているオーナーと目が合って。その綺麗な顔で、幸せそうに微笑む。
「夢じゃ、ないな」
「……は、い」
こんなにも鮮明な感触が、夢であるはずがない。きっとオーナーも、同じことを考えているのだろう。
「ライラ」
だって私を呼ぶ声が、こんなにも甘いのだから。
「はい」
「俺を選んでくれて、ありがとう」
そしてそれは、どちらかといえば私のセリフで。私のほうこそ、こんなにも素敵な人に選んでもらえたことに感謝を伝えたいのに、その前に。
「じゃあ今からは、ライラの回復祝いじゃなくてデートってことで」
「デっ!?」
色々と意識してしまう言葉がオーナーの口から飛び出してきて、伝えようとしていた言葉が全て完全に飛んでしまった。しかも、それだけでは終わらず。
「ってことは、今度はジュエリーも贈れるってことだよな」
「ジュ!?」
「そのアクセサリー、さすがに初めてのプレゼントで石は重すぎるだろうって思って、ただのシルバーアクセサリーにしたんだよ」
「え? え?」
色々と知らなかったことが明かされていって、再び頭が追いつかなくなってきていた。そのくらい、衝撃的すぎて。
「せめて気持ちだけでもってことで、形はハートにしたんだけどな。次からは心置きなく選んでいいんだろ?」
「え、いや、ちょっ……! さすがに宝石はっ……!」
「最初はちゃんと安いのにするから」
「私からしたら安い宝石なんて存在してないんですけどっ!?」
どうやら私たちの間には、大きな金銭感覚のズレがあるようだった。けれどオーナーはなぜかいい笑顔で、焦る私をよそにテーブルの上にあったベルを鳴らして。
「ま、それは今後実物を見に行ってからだな。それより大事な話も終わったし、デザートにしよう」
そのまま私が口を開くよりも先に、本当にデザートのオレンジタルトと紅茶が運ばれてきてしまったので、反論する暇もないまま。さらには、給仕をしてくれた男性が部屋を出たのを確認してから。
「にしても。そうなると今日のライラは、完全に俺だけのものだな」
そんなことまで言い出すので。
「なっ!? なんでそうなるんですか!」
今度こそ反論しようとした言葉は。
「だって服も靴も、アクセサリーすら俺が贈ったものだろ? 知らぬ間に自分の恋人のトータルコーディネートをしてて、しかもライラがそれを選んでくれてたってことは、つまり俺のことを考えてくれてたのかなって」
「い、言わないでくださいぃ~~!」
むしろ完全に、自分の首を絞める結果になってしまった。
嬉しそうに見つめてくる視線があまりにも恥ずかしくて、それから逃げるようにオレンジタルトを口に含んだけれど。それは今まで食べたどのケーキよりも、ずっとずっと甘く感じたのだった。
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そしてリアクションも毎回ありがとうございます!本当に本当に嬉しいです!
さて、本編はこれにて終了です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!(>ω<*)
ですが、まだ終わりませんよ!
明日からは、おまけ話を更新する予定です(・`ω・)b
そちらもお時間のある方は、ぜひ!




