6.真実 ~sideスノウ~
一世一代の大勝負とばかりに、真剣な告白をしたはずの俺に。ライラはなぜか、俺の恋人がどうのこうのと言っているのだが。
「恋人……? 誰に? 俺に?」
「……え?」
全く身に覚えがないので問い返すと、なぜかライラまで不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
いやいや、言い出したのはライラのほうだろうと思いつつ。俺も以前、全くの無関係な人物をライラの恋人だと勘違いしたことがあったので、同じようなことがどこかで起きていたのではないかと思い至り、焦りから一気に汗が噴き出してくるような感覚を覚えた。
「ちょ、ちょっと待て。いったいどこで、誰と一緒にいた時のことを言ってるんだ?」
「え、っと……前に、お店の裏口で、綺麗な貴族の女性と一緒にいる所を見てしまいまして……」
ライラにそう言われた瞬間、頭に浮かんだのは一人の顔。そして同時に、怒りだとか呆れだとか様々な感情が胸の内に去来して。最後には結局、その場で長いため息をつきながら脱力してしまった。それしか、感情を吐き出す方法がなかったのだ。
そんな俺の様子に、ライラがどこか焦っているようだが。色々と衝撃的すぎてすぐには立ち直れそうにない俺は、そのままの姿勢で小さく呟く。
「姉だ」
「え?」
「あれ、一応姉なんだよ。半分だけ血のつながったな」
「…………はい……?」
きっとこれは、ちゃんと説明しなければ誤解がとけないどころか、納得すらしてもらえない。そう思った俺は、なんとか残った力と気力を振り絞り、体を起こしてライラに向き直る。とはいえ、イスの背に体を預けた状態ではあるが。
「俺の母親は、昔ソラナム伯爵家で働いてたんだ。とはいえ、平民出身のただの使用人としてだけどな」
「え……」
驚きに目を見張るライラに、俺は今まで誰にも話したことのない出自を説明する。
考えてみれば俺を選んでもらいたいのなら、それは必須事項だった。なにせ、いつかは必ず話さなければならない日が来るのだから。
「そこで今のソラナム伯爵、当時は次期伯爵だっけか? に、気まぐれで手を出されて俺を妊娠したせいで、屋敷を追い出されたんだ。現ソラナム伯爵本人にな」
「っ!?」
当時、正妻のソラナム伯爵夫人は姉を妊娠中で。まだ若かったクソオヤジは、本当にただ気まぐれで母に手を出したんだ。責任を取るつもりもなく、都合のいい遊び相手感覚で。
だから妊娠が発覚したと同時に、両親や妻にそのことが露見するのを恐れて、働けないのなら孕ませた男のところに行けと言って追い出した。自分がその相手だと十分に理解している上で、何の保証もせずに。
「貴族の屋敷で働いてた分、ある程度の蓄えはあったらしいが……とはいえ女手一つで子供を育てるなんて、そんなの大変に決まってるだろ? それでも、関係なかった。顔も見たことないクソオヤジが俺たちに手を差し伸べてきたことなんて、今まで一度もないんだよ」
瞳がこぼれ落ちてしまうんじゃないかってくらい、言葉もなく見つめてくるライラに。俺はただ、苦笑することしかできなくて。
「だから俺、本当は貴族って嫌いなんだよな。自分の中に半分その血が流れてるってのも、正直気持ちが悪い。俺が貴族の庶子とか、なんの冗談だよって今でも思ってる」
「そんな……。じゃあ、私が見たのは……」
「あの人は、アガスターシェ・ソラナム。正真正銘の貴族令嬢で、血縁関係だけで言うなら一応姉にあたる、ただの他人だ」
とはいえ、そのクソオヤジの暴挙は後に妻と子供たちに知られることになり、なぜか憎むのではなく同情してくれたらしいあの人たちからは、今からでも援助がしたいから一緒に住もうと言われている。ライラが見たのは、懲りもせずまたその勧誘に来た時の一部分だけだったんだろう。
「それじゃあ……」
「恋人でも何でもないし、なんならあの人は婚約者が他国での任務を終えて帰ってくるのを待ってるだけの、変わり者令嬢だ」
「か、変わり者……?」
「変わり者だろ。だって父親が不義理を働いたせいで生まれてきた、半分血がつながってるだけで見たこともなかった俺を、初めて会ったその日に弟だって言ったんだからな」
しかも金銭的な援助まで申し出てきて、断るのに苦労したのをよく覚えている。その頃にはすでに独立して店の売り上げも順調だったし、今さら貴族と関わり合いになりたいとは思っていなかったから、とにかく帰ってくれと家から追い出したんだ。
考えてみたら、よく知りもしない貴族にすごい態度だったなって思うけど。母親が部屋の隅で脅えてたから、あの時はただ必死だっただけだって、今ならよく分かる。
「もしかして、オーナーが女性物の服しか作らないのは……」
「最初は母親のためだったから、だな。自分の着る分だけなら、どうとでもなったってのもある。ま、最終的には女性用の服を作る奥深さと楽しさに、俺自身が引き込まれただけなんだけどな」
必要だから、ではなく。今は本当にただ楽しくて、新しい素材やデザインにチャレンジすることも多いから、日々充実しているというのが真実だ。
とはいえ、まさかこんなところで自分の生い立ちを話すことになるとは思っていなかったから、俺自身が一番そのことに驚いてはいるものの。
「で?」
「はい?」
「これで、ダメな理由はなくなったか?」
「っ!!」
それよりも今は、もっと大事なことを話さなきゃならない時だから。
次はその唇からどんな言葉が出てくるのかと、ひそかに緊張していることに気付かれないよう必死で表情を取り繕いつつ。俺はライラのグレーの瞳を、真っ直ぐに見つめたのだった。




