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ヒーローは、オネェさん。  作者: 朝姫 夢
第七章 告白と真実
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4.最大限の勇気 ~sideスノウ~

 ウマいもんでも食いに行こうと誘った俺の言葉に、少し考えているようにも見えたライラが最終的には頷いてくれたので、その時点で実はひっそりと胸をなでおろしていた。

 火事になっている二階にライラがいると分かった瞬間は、本当にただ必死で。危ないかもしれないとか後悔するかもしれないとか、そんなことを理性的に考えている暇すらなかった。それは事実。


(あの場で諦めてたら後悔してたってのも、ウソじゃない)


 そもそもあの日、もしもライラを見つけることすらできずに失っていたら。今頃俺は、こんなにも普通に日常を送ることなどできていなかっただろう。

 放火犯についても、こちらは被害を受けた側だと詰め寄って、ようやく教えてもらえたのだ。身勝手な理由で、ライラの命を奪おうとしていた男のことを。


(気持ちだけは、分からないでもないがな)


 久しぶりの出勤だからあまり負担をかけないようにと考え、ライラには書類の整理を頼んで。いつも通り俺は作業部屋に一人籠もってから、ふと、まだ何も着ていないトルソーが目に入ってきて。きっと一部の貴族にとって平民の価値というのは、あのトルソーと変わらないか、もしくはそれ以下かもしれないと考えてしまう。

 死を望みたいほど憎い相手がいて、その相手が貴族だというのは、俺も同じ。それだけ特定の貴族がひどいことをしているのだと、知識としても経験としても知っている。だからそこまでなら、まだ理解できた。

 ただ、個人的な復讐に関係のない人間を巻き込むことは、全く別のこと。それはただの身勝手で、やっていることは憎んでいる貴族とほとんど同じことだ。


「俺は、そこまで落ちるつもりはない」


 そもそも、全ての貴族がそんなひどいことをするような性格をしているわけでもなければ、むしろ領民思いの貴族がいることも知っているから。平民にだって嫌なヤツがいるのと同じで、貴族の中にだってそういうヤツがいる、程度の割合でしかないと思っている。そうじゃなければ、今頃俺たちの生活は大変なことになっていただろう。

 だからこそ貴族全てを悪と決めつけた上で、関わり合いになっている全ての人間も悪だと無差別に排除しようとするのは、ただの犯罪者の思考でしかない。それを正義だと本気で思い込んでいたのなら、なおさら。身の上に同情してやることはできても、その行為を肯定することなど、到底不可能だ。


(ま、真実が明るみに出る前に消されるだろうけどな)


 相手が貴族で、しかも平民を見殺しにしても何とも思わないような人間ならば。おそらく今回の放火犯も、噂好きの貴婦人たちがそのことを聞きつけて社交界で言いふらす前に、その存在ごと消されてしまうのだろう。真実を知っている人間全員を脅し、口外しないようにしっかりと言いくるめて。


(そういうとこだけは上手にやってのけるんだよな、そういうヤツって)


 おそらく俺たちのところにも、数日以内に誰かがやってきて告げるだろう。放火犯のことは今後一切、他人には話さないようにと。一方的に、高圧的に。

 それが分かっているので、直接被害を受けたライラ以外には話すつもりはないが、先に伝えられることはしっかりと伝えておこうと思ったのだ。もしかしたらその日は、今日かもしれないからと思って。


「はぁ……」


 本当に、貴族に関わると厄介なことしかない。できることならばこのまま一生、貴族とは縁のない人生を送りたいとは思うが。


「ま、無理だよな」


 頭に浮かんだ顔を振り払うように、目を閉じて首を軽く振る。そうして、今度は自分の手を見つめて。あの時感じた不安ごと、両手を強く握りしめた。

 ライラを助け出したあの瞬間、間に合ったと安堵したのに。その直後、俺の中で気を失った彼女の姿を見て、本気で血の気が引いた。このまま永遠に失ってしまうのではないかと。


「……ホント、よかった」


 思い出すと、いまだに手が震える。そのくらい、俺にとっては恐怖でしかない瞬間だったのだ。

 だからあの日、医者に大丈夫だと、ライラは助かったのだと言われて、ようやく安心できた俺は。同時に一つ、決心していた。誰かの身勝手で想いも伝えられずに失ってしまう可能性があるのならば、いっそ真っ直ぐに彼女に俺の想いをちゃんと伝えておこう、と。

 ライラにとって、あくまで俺は仕事の上司で。だからこそ線引きをしっかりとしておかないと、立場上俺の言葉を彼女が断れない可能性もあると分かっていて、今までは伝えないようにしてきたが。


「人生、いつどこで何が起きるかなんて、分からないからな」


 今回のことで、それを痛いほど思い知らされた。

 とはいえ、あからさまにデートの誘いをするのは、やはりどうしても気が引けて。だから回復祝いにというのが、俺にとって最大限の勇気と思い切りだったのだが。我ながら情けなさすぎて、悲しくなってくる。


「……いや、いい。それでも約束は約束だ」


 そんな自分の情けない部分に落ち込みそうになるが、断られなかっただけ今はよしとして。それよりも当日しっかりと楽しんでもらえて、かつ少しでも俺のことを意識してもらえるようにどうすればいいのかを考えるほうが、ずっと実りはあるだろう。

 最悪、そこで迷惑そうな顔をされたら断ってもらえばいい。もちろん返答に関係なく、仕事も給料も変わらないことを事前に伝えた上で。


「よしっ」


 そうと決まれば、まずは今日の仕事を全て終わらせて。どこの店の予約を取るか、日時はいつにするかを早く考えられるようにしようと、気合いを入れたのだった。



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