表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローは、オネェさん。  作者: 朝姫 夢
第七章 告白と真実
38/49

2.救出の裏側 ~sideスノウ~

 俺があの日、店のことを放り出してでも一人必死にライラを探し回ってたのには、理由がある。もちろん俺がいなくても、店自体は回るようになっているからという安心感もあるが。それ以上に、ライラが突然いなくなってしまった理由が俺自身に関係のある人物の仕業だった場合、面倒なことに巻き込んでしまっているかもしれないと思ったからだ。

 もしもあの家(・・・)が関わっていたとすれば、今の俺にできることはほとんどない。しかもライラも平民だから、クソったれな貴族からすればどう扱おうと関係ないと、極端な手段に出られている可能性だってある。


(頼むから、違っててくれっ……!)


 心の中で祈るようにそう強く願いながら、先ほど得た情報を元に不審な男と荷車を探す。ライラの弟のヴェルにも泣きつかれてしまった手前、どうあっても彼女を見つけ出して安心させてやりたかった。

 そもそもライラ自身、無断欠勤するような性格じゃない。そこは俺もよく知っているし、信頼もしている。


(だからこそ、裏口に鍵だけ落ちてるなんておかしすぎるんだよ……!)


 昨日は仕上げまでしてしまいたいからと、ライラを先に帰らせて。それでも暗くなる前に、俺も裏口を通って帰路についている。その時に、あの場所に鍵は落ちていなかった。そして『スノードロップ』の裏口の鍵を持っているのは、俺とライラだけ。

 ヴェルの話によると、ライラは今朝は早めに家を出ているらしい。おそらく今日資材が届く予定なので、その確認のためだったのだろうとは予想がつくのだが、だとすればなおさら急にいなくなるのはおかしな話で。だからこそ、考えられる可能性は二つだけだった。


(俺のせいで面倒事に巻き込んでるか、もしくは関係なく面倒事に巻き込まれてるか)


 周囲の店からは、素の姿の俺も『スノードロップ』の従業員の一人だと認識されている。店の周辺で定期的に見かけられているから、それはそうだろう。だがおかげで、ライラを見かけなかったかと聞き込みをしていても、一切不審がられるようなことはなかった。それどころか、関係あるか分からないがと前置きされた状態で教えられた、不審な男の存在。


(ライラや俺が出勤してくるような時間帯に、ウチの店の裏口に続く道から出てくるなんて、どう考えてもおかしい)


 資材が届くのは午後の予定になっていたはずだし、実際裏口には荷物一つ置かれていなかった。それなのに荷車に布をかけているなんて、むしろ盗みに入られたのではないかと疑いたくなるくらいで。

 だが、もしその荷車に乗せられていたのが、ライラだったとしたら?


「クソッ」


 背中を丸めて鋭い目つきをしている、ダークブラウンの髪の男。それが荷車を押していた男の特徴らしいが、その男が去っていった方向へ向かったからといって、男も荷車も簡単に見つけられるわけじゃない。

 特徴を聞いた時点で、ウチに出入りしてる業者じゃないことはすぐに分かった。そして同時に、俺が知っているような人物でもないことも。


(雇われか、それとも全くの別件か)


 一切の手掛かりがないこの状況下で、たった一人を探し出すのは容易ではない。しかも見つけ出したところで、簡単に口を割るかも分からなければ、そもそも本当のことを話すかすら分からないのだ。

 しかもこのあたりは、荷車が通れないような細い道はほとんどなく。どこかの店の裏口に続くような道に入られてしまっていたら、目撃情報すら簡単に途絶えてしまうだろう。


「確か、例の靴屋の前までだったよな」


 幸いなことに、まだこの周辺の店に聞き込みをすると、その姿を偶然目撃した人物がいてくれるので助かっているが。この情報がいつなくなるかも分からないままなのは、正直なところ恐怖でしかない。とはいえ情報があるのならそれに従うまでで、この間放火されたという靴屋の周辺で、また聞き込みをしてみるしかないのだ。

 そんなことを考えながら目的の店まで走っていると、すぐ近くの裏道から出てきた男とすれ違う。背中を丸めて歩くダークブラウンの髪の男は、聞いていた特徴とあまりにも似通っていて。思わずその場で立ち止まって、声をかけようと振り返るが。


「火事だー!」


 向かおうとしていた方向から聞こえてきた言葉に、俺は一瞬体が動かなくなった。心臓が嫌な音を立てているのは、あまりにもタイミングがよすぎるからだ。そして目の前を歩いていくその背中は、今の言葉に立ち止まるどころか驚く様子さえ見せなかった。それは常人の行動としては、あまりにもおかしいもので。実際、この周辺の店の従業員たちが何事かと顔を出しているのだから、いかに男が異質かが分かるだろう。

 だが、今は男に構っている暇はない。嫌な予感がするこの勘にだけは、確実に従っておいたほうがいいと本能が訴えているから。


「宿屋だ!」

「あそこは夫婦が経営してたはずだろ!? 二人はどうした!?」


 急いで声がするほうへ向かって走っていくと、周囲に住む人たちなのか、何人かが一軒(いっけん)の宿屋の前に集まっていた。その屋根からは、確かに白い煙がうっすらと見えている。そして、小さく聞こえてきた「誰か」と呼ぶライラの声。


「まさか……」


 そう、まさかとは思うが。だが同時に、俺の勘が告げていた。あの建物の中に、ライラがいると。

 見たところ一階部分はまだ火が回っていないようだったので、急いで宿屋の入り口に飛び込む。すると、おそらくここを経営しているという夫婦なのであろう二人を運び出そうとしている数人の男が、ちょうどカウンターの奥から出てきたところだった。


「兄ちゃん、ここは危ないから! もう夫婦は見つけたから、すぐに逃げるんだ!」

「客室は!?」

「ここの客室は全部二階にあるんだよ! ただ火の元も二階だから、危なすぎて近づけない!」


 その言葉に、俺も諦めかけたその時。かすれかけた声で聞こえてきた「誰かっ……!」という必死な声。それは確実にライラの声で、そして明らかに二階から聞こえてきていた。


「クソッ……!」

「あ、おいっ!」


 客室が全て二階にあるということは、一階には夫婦が暮らしている場所があるはずだ。となれば、どこかに水場もあるはず。そう考えて制止する声を振り切り奥へと進めば、案の定木製のタルの中に雨水か井戸水かは分からないが、その半分ほどまで入れられているのを見つけて。手近にあったバケツのようなものをつかって中の水をくんで、頭から一気にかぶる。これで少しは炎から身を守れるだろう。

 そうして俺は、声が聞こえてきていた二階へと階段を駆け上がり、可能性が一番高そうな炎が燃え移りかけている扉を、思いっきり蹴破ったのだった。


「そっからは、知ってる通りだ」


 伝えられない情報は伏せつつ、知っていることを話し終えた俺がそう告げた瞬間のライラは、大きなグレーの瞳をさらに見開いて、まさに驚いていますと言わんばかりだった。当然といえば当然だろう。彼女からすれば、本当にいくつもの偶然が重なっただけでしかなかったのだから。

 この時の俺は、ライラの表情をそう捉えていたのだが。その予想がどうやら外れているらしいと知ったのは、その直後のことだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ