2.オネェ
「いっ……」
目が覚めた時に最初に感じたのは、強い頭の痛み。そのまま痛む後頭部へと、反射的に手を持っていこうとして。
「……え?」
なぜか両手とも持ち上がってしまったことに違和感を覚え、そこでようやく手元を見ると、なぜか細い布のようなもので縛られていて。それは無理に引き裂かれてしまったのか、ほつれた糸があちらからもこちらからも出てしまっていた。
いったいどういうことだろうと、とにかく起き上がろうとしてみるものの足も同じように縛られているようで、なかなか思うように体が動かせず。しかもその足もどこかにつながれているのか、自分の体のほうに引き寄せることもできなかったので、結局上半身を起こすだけの動作に普段の倍以上の時間がかかってしまったような気がする。
「やっぱり」
ようやく起き上がれたところで、どんなに引っ張ってみてもある一定の位置以上には足を動かせなかったので、その足元を確認してみると。先ほど起き上がろうとしていた時の感覚で予想していた通り、手足を縛っている細い布よりも少しだけ幅のある布が、どこかへとつながっているようだった。しかも、四本も。
起き上がるのに時間がかかっていた要因の一つは、明らかにこれだった。思うように手を動かせない中で、足の位置まで固定されているのであれば、それは確かに起き上がるのにも苦労するだろう。
「というか……ここ、どこ?」
それ以前に、なぜ私はこんなところにいるのか。見たところ、どうやらどこかの部屋のベッドの上のようだけれど、この狭い部屋の中は殺風景で生活感がまるでないし。しかもベッドの上ということは、もしかしたら足から伸びている布たちは、ベッドのそれぞれ四隅に先がくくり付けられているのかもしれない。
ただ、どうして私がこんな状態になっているのかが、全く見当がつかなくて。記憶をたどって思い出せるのは、出勤時に男性に話しかけられたことと、彼が去ったあとに強い衝撃を頭に受けたことだけ。それ以外に特別なことなど、何もなかったはず。
そこまで考えて、思い出してしまった。
「え、待って。仕事……!」
唯一ある窓の外を確認したいけれど、ここからではよく分からない。ただ一つだけ確かなことは、明らかに遅刻もしくは無断欠勤扱いになってしまっているだろうということだけ。
とはいえ、そもそもにして今のこの状況が理解できないので、どうすればいいのかもよく分からず。とにかくどうにかしてここから逃げ出せないかと、まずは足を縛っている布を確認するために手を伸ばそうとした、その瞬間。
「あぁ、もう起きてたのか」
突然部屋の扉が開いて、この殺風景な狭い部屋の中に誰かが入ってくる。ただ、その声には聞き覚えがあって。
「さっきの……」
貴族女性への贈り物になるような商品があるかと尋ねてきた、背中の丸まった男性その人だった。
その人物は部屋の中にある唯一のイスに座ると、この状況を不思議に思うようなことも一切ない様子で。
「じゃあ、ちょうどいい。まだ聞きたいことがあったんだ」
まるで当然のことのように、そう口にした。
その瞬間、私はようやく理解する。あの時の衝撃は、おそらくこの男性に頭を何かで殴られたものだったのだと。そして同時に私のこの状態も、目の前の人物が何らかの目的をもって行ったことなのだと。
ただ、やはりまだ理由が分からない。もし仮に人さらいだとすれば、この状況下で私に何かを尋ねようとするのもおかしな話で。とはいえこの部屋の外に彼の仲間がどれだけいるのかも予想できないので、変に大声を出したり逃げ出そうとするのは、かえって危険かもしれないと結論づけて。とにかく慎重に行動することを決意する。
なので今は目の前の彼から少しでも情報を引き出すために、私はその言葉を聞き漏らさないように静かに耳を傾けることにしたのだった。
「お前、あの店の従業員だろ?」
「そうです」
「なら、知ってるよな。あの店に貴族が出入りしてるのかどうか」
「貴族、ですか?」
妙に貴族にこだわっている人だとは思うけれど、ここは刺激しないようにこちらから問いかけるようなことはせず、まずは素直に質問に答えておく。
「いえ、特に貴族の出入りはないですね」
とはいえ妙な緊張感に、先ほどから心臓がずっと早鐘を打っているのだけれど。
「顧客に貴族はいないのか?」
「いませんね」
それに気付かれないように、あえて冷静さを装いながら淡々と答えて。
「前にどっかの貴族が店にいただろ」
「ワガママな貴族のお嬢様のことですか? あの時はオーナーが毅然とした態度で、しっかりお断りしていましたね」
「ほーぅ? あのオネェ、割と根性あるな」
「おねぇ……?」
途中まではそれでなんとかなっていたけれど、最後に出てきた聞いたことのない言葉に、思わず首をかしげながら問いかけてしまって。しまったと思うものの、すでに出てしまった言葉を引っ込めることはできなかった。
ただ、幸いなことに。
「女の格好や口調をマネしてる男のことだ。知らなかったのか」
特に機嫌を損ねるでもなく普通に疑問に答えてくれたので、とりあえず知らなかったのは事実なので私は素直に頷いたのだった。




