6.仲のいい姉弟 ~sideスノウ~
予想外に好きな相手の家を訪問することになってしまって、さてどうしようかと色々考えたが。先日ちょうど顧客からいくつか貰っていた、小さなコットン袋に茶葉を入れることで茶こしを使わず、手軽に紅茶が楽しめるという新商品の紅茶缶を目にした時、これだと思った。
(正直、かなり緊張しそうだからな)
だったらいっそ、俺ができる本気の手土産でも持っていこうと考えたんだ。そうすれば意味は伝わらなくても、気持ちは込められるだろうと思って。
分かる人からすると気合いが入りすぎていると言われるかもしれないが、実際には誰に見られるわけでもないし、そもそも初めからそんなことは関係なかった。ただ俺の、身勝手な自己満足でしかないからだ。
(とはいえ、まさかそんなに驚くとは思ってなかったけどな)
前を歩くブラウンヘアーを見下ろしながら、先ほどまでのライラの表情を思い出しつつ。もしかしたら悪いことをしてしまったかもしれないと、少しだけ罪悪感が芽生え始めていた。
だが、俺がそんなことを考えていたのは本当に短い間だけで。すぐに彼女の弟の部屋へと案内されたので、その時点で頭を完全に切り替えた。第一印象っていうのは、かなり大事だからな。
「ヴェル、こちら『スノードロップ』のオーナーのスノウさん」
「初めまして、スノウです」
「は、初めましてっ。姉がお世話になってます、弟のヴェルです。今日もですが、いつも本当にありがとうございます。おかげで、毎日こうして元気に過ごせてます」
通された部屋は、先ほどの場所よりもあたたかく感じて。おそらく常に人がいるからなのだろうが、それ以上に不思議とぬくもりを感じる場所だった。
ライラの弟だというヴェルは、出会ってすぐにそう言って俺に頭を下げてくるが。俺としてはライラがいてくれて本当に助かっているので、本人も目の前にいるが聞かれて問題があるわけでもないので、こちらのほうこそ助かっているのだと返す。
ヴェルの顔立ちは確かにライラと似ている部分もあるが、瞳の色は姉よりも薄いグレーのように見えるし、そばかすはあるが外に出ることが基本的にないからか、肌もかなり白かった。そしてなにより姉弟で違うのは、その髪だ。ライラがストレートなブラウンヘアーなのに対して、ヴェルは癖のあるレッドヘアーなので、おそらくそれぞれが両親から特徴を受け継いでいるのだろう。
(ただ、顔立ちが可愛いのは共通してるな)
ヴェルの場合は年齢によるところもあるのだろうが、それを差し引いたとしても少年にしてはかなり可愛らしい部類になりそうなので、もしかしたら俺と同じ系統なのかもしれない。俺も比較的母親似なので、成人した今でも仲間内では女顔だと言われることも多いし、むしろそうでなければ女装なんて見ていられなかっただろう。
(それにしても)
俺も会話に加わってはいるが、はた目から見ていると本当に仲のいい姉弟だとすぐに分かるほど、二人はお互いを大切にしているようで。その姿が、俺には少しだけ眩しく見えた。
「あ、せっかくなので頂いた紅茶を淹れてきますね。ヴェル、オーナーのことお願いね?」
「うん」
しかも息が合いすぎているので、こちらが声をかける暇もないまま、ライラは部屋を出て行ってしまって。
「別に、そこまで気を遣わなくてもいいんだけどな……」
「この家に人を呼ぶこと自体があまりないので、何もしないのはきっと落ち着かないんだと思います」
思わず出てしまった独り言を、ヴェルが拾ってそう返してくれたのだが。考えてみれば俺はライラの上司なのだから、確かにこの状況は落ち着かないのかもしれないと納得してしまって、同時に少しだけ落ち込む。
(いやまぁ、仕方ないんだけどな。分かってるけど)
そういう意味で緊張してほしいわけではないのだが、こればっかりはどうしようもないのだろう。
「ところで、一つ聞いてもいいですか?」
「あぁ」
とはいえ今は、ライラのことよりも目の前のヴェルだ。真っ直ぐに向けられる薄いグレーの瞳の中には、打算など一つも見当たらなくて。けれどだからこそ、次にその口から飛び出してきた言葉に衝撃を受けた。
「オーナーさんはもしかして、姉さんのことが好きだったりします?」
「…………は?」
あまりにも純粋すぎて、逆にこちらが戸惑ってしまう。だが、ヴェルにとって俺の反応は満足できるものではなかったらしく、さらに言葉を重ねてくる。
「もしくは本当に、ただいい人なだけなのか。どっちなんだろうって、ずっと疑問だったんです。だってついこの間まで、姉さんは夜も仕事に出ていたので」
そこまで言われて、ようやく聞きたいことの意味が理解できた。どうやらヴェルは、姉が目の前の男に狙われているのかどうかを知りたかったらしい。
とはいえ、今の段階だと正直に答えにくいのは、どうしたものか。
(最初は、そのつもりじゃなかったんだけどな)
ただ、ひたすらに真っ直ぐ純粋な瞳を向けてくる少年に対して、偽りを告げることはしたくなかったので。
「俺は母親と二人、貧しく暮らしてたんだ。そんな中で施設に助けられた部分がかなり大きかったから、俺もライラに同じように救いの手を差し伸べたくなったのかもな」
実際、最初は同情心が一番大きかった。だから、きっと昔の自分たちとその姿を重ねたのだろうと、あの時の自分の心境を今ではそう解釈しているので。それだけは、伝えておくことにしたのだ。
そのあとは結局、同じ質問をされることはないままライラが戻ってきてしまったので、好きなのかどうかの部分を答えていないままになってしまったのだが。この部分に関してだけは、自分の中で色々なものに折り合いをつけない限り、誰にも本心を告げることはできないような気がした。
とはいえ、それだけで終わってしまうのも少し後ろめたさが残ったので。
「困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれていいからな」
帰り際、ヴェルに向けてそう告げれば。
「はいっ。ありがとうございますっ」
ライラによく似た笑顔を向けて、元気にそう答えてくれた、その表情に。いつか本当のことを全て話せる日が来たらいいなと、漠然とではあるがこの時俺は初めてそう思ったのだった。




