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ヒーローは、オネェさん。  作者: 朝姫 夢
第三章 オレンジの香り
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5.アクセサリー

 この疑似デート、困ったことにオーナーのお店選びが全て本当のデートに使われるような、少しオシャレな場所ばかりで。確かに『スノードロップ』で販売している女性用の服を身に着けてくれている人を、要所要所で見かけることも多く。


「なるほど、方向性は間違ってなかったな」

「そうですね」


 なんて、しっかりと市場調査としての役割も果たしていた反面、同時に食事代だけでいくらかかっているのかが気になってしまった。怖くて聞けなかったけれど。


「ただ、もう少し大人向けの上品さを出してもいいのかもな。こういう雰囲気に合うように」


 そうオーナーが口にしたのは、美術館デートをしていたらしいカップルが出てきた建物を目にした時で。確かに今の『スノードロップ』の商品だけでは、こういった大人のデートにしっかりと合わせられるデザインはないかもしれないと、私も同意したのだった。


「正直、ライラが今日そのワンピースを着てたのも、かなり参考になった」

「そう、ですか?」

「女性の場合、スカートが長すぎると階段の上り下りで苦労するだろ? かといってヒールが高すぎると、今度はあっちこっち歩き回れないだろうし」

「確かに、そうですね」


 私の手持ちにロングスカートは存在していないけれど、デートだからとあえてそういった服装を選ぶ女性もいるかもしれない。それもそれで素敵だとは思うけれど、慣れていない服装だと何に気をつければいいのか分からないまま、当日を迎えてしまう可能性もあるということ。


「貴族と違って、長いスカートには慣れてないだろうしな。そういった服装を選ぶ場合には注意が必要だと、購入前に伝えておく必要があるかもしれない」

「もしくは購入の際に、そういった特殊な服装での歩き方や階段の上り下りの方法などを(しる)したメモを、一緒にお渡しするのはどうでしょうか?」

「それいいな。購入後も安心して使ってもらえるだけじゃなく、他の店との差異にもなる」


 ある程度の予定は消化したのか、普段通りに戻ったオーナーとようやく仕事の会話ができることに、私は内心ほっとしていた。誰も今の様子から、休憩で入ったカフェでケーキを食べさせようとしてきたり、雑貨屋で私に似合う髪飾りはどれかと一つ一つ手にとっては、私の頭にかざして真剣に見つめてきたりした人だとは思えないだろう。


(そもそもカフェなんて、オーナーはケーキを注文してなかったのに……!)


 思い出してつい恥ずかしさまでこみ上げてきそうになったところを、あえて怒りの方向に持っていくことで自分の気持ちをそらせることに成功した。実際ケーキを注文させておいて、最初から自分が食べさせるつもりだったと言われた瞬間の、私の心の中といったらもう。言葉にできないほどの羞恥が(うず)を巻いているようだった。


「さて、と。じゃあ、今日の最後はこの店だな」

「ここ、って……高級アクセサリーショップですよ?」

「知ってる」


 そうひと言だけ残して、オーナーは当然のように店内へと足を踏み入れてしまうから。仕事としてついてきている以上は、私も入店せざるを得なくなってしまって。


(普通の平民が選ぶようなお店じゃないですよ!?)


 そう大きな声で叫びたいところを、心の中だけに(とど)めて。私には一生縁がなさそうな高級ショップの中へと、一歩足を踏み出したのだった。

 目に飛び込んでくるのは、透明なガラスケースの中に入った様々なデザインのアクセサリーたち。キラキラと輝くその美しさが、値段を知らなくても一級品であることを伝えてきていて。若干の場違い感を覚えてしまったのは、当然のことだったのだろう。

 これが若干程度で済んでいるのは、オーナーと一緒に仕事で来ているからという、ある意味大義名分のようなものがあるからでしかない。その証拠に、一人だったら入ろうとすら思わないだろうから。


「んー……。やっぱり、これにするか」


 店内に圧倒されている私とは対照的に、何か目的があったらしいオーナーはお目当ての商品を見つけたのか、少し離れたところですでにショップの店員とアクセサリーの購入の話をしていた。

 それを見て、走らない程度に急いでその横に並んだ私が目にしたのは、ハートが二つ並んでいるような可愛いデザインのシルバーアクセサリー。ただし値段のほうは、今の私の一日分のお給料を少し超えるくらいで、全く可愛くはなかった。


(これを簡単に購入できるオーナーは、さすが今を時めく超人気ブティックのオーナー兼デザイナー。やっぱりすごすぎる)


 なんてことを考えながら、一人感心していた私は。高級アクセサリーショップを出て、朝の待ち合わせ場所に戻ってきた時に。


「じゃあ、コレ。休日手当とは別に、今日一日デートに付き合ってくれたライラに、俺からの個人的なプレゼント」

「……へ?」


 まさかそのアクセサリーを渡されるとは、想像もしていなくて。思わず変な声が出てしまった。


「その服装で一つもアクセサリーをつけてこなかったってことは、そもそも持ってないんだろ?」

「え、っと……。はい、まぁ、そうです、けど……」

「事情は分かってるから、無理に買えとは言わないけどな。ただブティックで働いてる以上は、これくらいのアクセサリーはせめて一つは持ってたほうがいい」

「そう、なんですか?」

「どこで誰に見られてるか、分からないもんだからな。オシャレに気を遣ってないだとか変に勘違いされるよりは、お気に入りだからこれしかつけてないくらいに思われてたほうが、意外と顧客からの好感度は高かったりするんだよ」


 オーナーがそう言うと、説得力がありすぎた。普段の仕事中の服装は決まって赤のドレスしか着ていない上に、時期によって違ってくるとはいえ、似たようなデザインを何着か着まわしている人だから。自分に似合っているからだとかお気に入りだとか、そういう理由付けをしているのであれば、それは確かに納得しかない。


「ってことで、素直に受け取っておけ。ライラが受け取らなかったら、どうせ使われずに捨てられるだけの運命だからな」


 ほら、と差し出されたアクセサリーの入った箱。しかもそんなことを言われてしまえば、受け取らないわけにはいかなくなってしまって。


「ありがとう、ございます」


 高すぎるその価値を知っているだけに、少しだけ遠慮したい気持ちもあったのだけれど。そうも言っていられなかったので、せめてもの思いでその値段に見合うようにと、両手で受け取ることにしたのだ。


「よし。じゃあ、また明日」

「あ、はい。お疲れ様でした」


 最後はそう、普段通りに分かれたのだけれど。手の中に残る、ひと目見ただけで明らかに高級だと分かるアクセサリーの箱。


「……もうちょっと、ちゃんとオシャレにも気を付けようかな」


 考えてみれば、今まで自分の持ち物は基本的に実用性が高くかつ必要最低限なものばかりを揃えていて、そこに可愛さや綺麗さを求めたことはなかったから。お給料も倍になったのだし、今後はもう少し自分にも目を向けてみようと思ったのだった。

 事実、翌日にさっそくプレゼントされたアクセサリーを身に着けて出勤した私を見て、オーナーはとても満足そうだったから。きっと私の考えは間違っていなかったのだろう。



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