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ヒーローは、オネェさん。  作者: 朝姫 夢
第三章 オレンジの香り
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2.オーナーからの相談

 (さいわ)いなことに、この日はオーナーがお得意様のところへ出かける予定がなかったので、一日ゆっくりと資料の整理や不要になった書類の処分に、頂き物の確認や備品の確認まで終わらせることができたのだけれど。作業部屋に閉じ籠もっているはずのオーナーの見上げてくる顔を何度も思い出してしまっては、手が止まるということを繰り返してしまっていて。


(集中集中……! 今は仕事中なんだから……!)


 もはや今日一日だけで、何回心の中でその言葉を自分に向けていたのかすら覚えていない。

 こんな状態では、おそらく顔を合わせて仕事をするのは難しかったのではないかと思うので、今日ばかりは一日中オーナーが作業部屋にいてくれて助かった。仕事中なので女性の姿をしていると分かっていても、休憩時間ですら頂き物の整理をしたいからと言って顔を合わせなかったので、やるべき仕事が全て片付く頃にはかなり落ち着いてきていて。これくらいならばもう大丈夫だろうと思えるほどには、平常心を取り戻していた。

 ちなみに今日一日でこれだけは確実だと思ったのは、オーナーが女性の姿をしているのは本当に大切なことだったということ。男性の姿を知っていて慣れているはずの私ですら、この有様(ありさま)だったのだから。そのことを知らない女性からすれば、恥ずかしさが(まさ)って平常心を(たも)ち続けるのは困難だろう。そういう意味では、オーナーの選択は正しかったと言える。


(どうせなら私も、女性の姿の時に採寸してもらいたかった……)


 口調は男性のままだったとしても、視覚的には少しは楽になったはずだったろうにと、少しだけオーナーを恨めしく思ってしまう。過ぎたことを言っても仕方がないのだけれど。


「ライラ」

「はいっ」


 心の中とはいえ、そんなことを思いながら扉に背を向けて明日の準備をしていた私は、作業部屋から出てきたオーナーに唐突に声をかけられて。気が付いていなかったので飛び上がりそうなほど驚きながらも、急いで返事をして振り向いた。


「あ、悪い。まだ途中だったか?」

「い、いいえ。もうこれで、今日の仕事は終わりです」


 オーナーの仕事机に、明日の予約のお客様のリストと資料を並べれば、今日の私の仕事は終了だった。なのである意味、ちょうどいいタイミングだったとも言えるかもしれない。


「ならよかった。いや、ちょっと相談があるんだが……」

「相談、ですか? 私に?」


 まさか私がオーナーに相談事を持ちかけられることがあるだなんて、考えたこともなくて。思わず首をかしげてしまった私に、女性の姿のままどこか言いづらそうにしながら、人差し指でこめかみのあたりをかいているオーナーは、少しだけ困ったような顔をして口を開いた。


「あぁ。実は次の定休日にでも、今の流行りを調査しに出ようかと思ってたんだが……。人気の店は、二人以上じゃないと入店できないらしくてな」

「あー……、ありますね」


 人気であればあるほど非常に混み合うので、基本的にはお一人様での利用は断られることも多いのだ。あちらも商売なので仕方ないことだけれど、確かにそれは一人で調査に出るのは難しいかもしれない。


「だからライラの予定が問題なさそうなら、一緒に来てくれないか? それと、せっかくなら女性目線も聞いてみたい。俺とは違う着眼点があれば、それだけで十分価値がある」

「そう、かもしれませんが……」


 それは本当に相談する相手は私でいいのだろうかと、一瞬別の疑問が頭を(よぎ)ったのだけれど。どうやら私が言い(よど)んだ言葉の意味を、オーナーは正確に汲み取ったようで。


「ライラ以外に、俺の素が男だって知ってる従業員はいないからな。変に気を張ってたら視野が狭くなって、普段なら見つけられるようなものも目に入らなくなるかもしれないだろ?」


 そう言われてしまえば、確かにと頷くしかなかった。


「もちろん、休日手当は出す。これも仕事の一環だからな。どうだ?」

「お仕事ということならば、ご一緒させていただきます。次の定休日ですよね?」

「あぁ。助かる」


 そもそも今の私の立ち位置は、オーナーの助手兼事務員兼お世話係。となれば、もちろんお仕事の時にはついていくのが当然だろう。

 ということで、当日の待ち合わせ場所や時間などをしっかりと決めてから、この日は終業となったのだけれど。この時の私は、完全に失念していたのだった。定休日に外でオーナーと会うというのが、いったいどういうことなのか、ということを。

 戻れるものならば、この時の私にしっかりと忠告してあげたい気分になったのは、オーナーとの約束の日。待ち合わせ場所にすでに到着していた、オーナーの姿を見てからのことだった。



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