プロローグ
「いったい、どういうことだ」
酒場の外、壁を挟んだ向こう側から聞こえてくる楽しい声とは対照的に、こちらを見つめてくる視線も問いかけられる声も、全てにどこか鋭さがあった。
「え、っと……」
目の前の人物と目を合わせていられなくて思わず逸らした視線の先には、普段とは違う男性用の服を着た腕。反対側も同じように壁に手をついて、逃がさないという意思を強く感じる。
今この場を誰かに見られたら、恋人同士の秘密の逢瀬に思われるのかもしれないけれど。実際には、そんなロマンチックな状況とは正反対で。
「答えろ。いったいどんな理由があって、俺の店の従業員が夜に酒場で働くような事態になるんだ」
「それは、その……」
どちらかといえば、今の私は追い詰められた獲物の気分。もしくは犯罪を問い詰められている、犯人の心境のようなものだった。
当然のことながら、私はそのどちらでもない。肉食の動物によく狩られているような、リスでもネズミでもウサギでもなく、そもそも人間なのだし。犯罪を犯した記憶だって、どこにもないのだから。
ただ、相手は男性でありながらとてつもない美人さんなので、どうしても強い視線を向けられると余計に凄みが増して、結果的に追い詰められている気分になってしまっているというだけなのだけれど。
(むしろ、どうしてこんなことになってるの!?)
普段、昼間の明るい光の中で見ている時とは少し違う色合いにも見える、不思議な瞳に見つめられながら。私は現実逃避のように、ここまでの出来事を思い返していた。