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【短編】転生したら悪役令嬢のペットだった~もふもふ達の奮闘劇~

作者: 網戸 竜司

「アムール、聞いてちょうだい。わたくし、今日も学校で上手く話せなかったの」

「ガゥ?」

「わたくしが皆さんからなんて呼ばれてるか知ってる?……『氷の令嬢』よ」

「ガゥ……アウ?」


『氷の令嬢』。

その異名を聞いた瞬間、俺は思い出した。


この世界が乙女ゲームであり、目の前の『氷の令嬢』と呼ばれる女が、いわゆる『悪役令嬢』だということを。

 

周囲を見渡すと、豪華絢爛な部屋。悪役令嬢の私室だ。

そして、現在進行形で悪役令嬢に話しかけられている。


勝手に俺は、悪役令嬢のバッドエンドを回避させる執事とか兄弟に転生していると思っていたのだが。

 

「ガゥ?(これは一体どういうことだ?)」

 

俺の口から出たのは、なんと人語ですらなかったんだが?

 

状況を整理すると、俺が転生したのは悪役令嬢の飼っている『虎』だったのだ! 人間ですらないのかよ!

そして俺の名前は『アムール』らしい。


「アウ、ガゥ……(どうしてだよ……せめて人の言葉を話させてくれよ)」


人語が話せない悲しみに咽び泣いていると悪役令嬢、もとい『フローディナ』が優しく俺を抱きしめる。


「あぁ、アムール。わたくしのことを考えて泣いてくれているのね……ありがとう、わたくしのアムール」

「アウ……」


前世で大流行していた乙女ゲーム『魔法の恋』で悪役令嬢扱いされる、俺の飼い主フローディナ。

目の前の彼女からは、悪役令嬢っぽさは微塵も感じられない。


俺の転生前は、どこにでもいる普通の男だった。

どうして乙女ゲームの内容を知っているのか。

理由は簡単、転生前の俺の妹がゲーム好きだった。俺は妹のゲームプレイをよく後ろから見ていた。

そのため、この『魔法の恋』という乙女ゲームも履修済みだ。


簡単な内容は、主人公は平民の『アネモネ』という少女。

そして『フローディナ』は、アネモネにより悪役令嬢として失脚させられるシナリオだ。


妹のゲームプレイを見ている時は何とも思わなかったが、転生して十年近い年月をフローディナと過ごしてきて分かったことがある。

 

フローディナは『実は悪役令嬢ではない。コミュ障なだけ』ということだ。

 

幼少期から一緒に過ごしている俺たち動物以外とはうまく会話ができない、緊張しいな性格。

緊張が極限に達すると発動されるポーカーフェイス。

凛と透き通った声は、確かに冷たい印象を受けるかもしれない。

それらの要素が重なれば、悪役令嬢の立場に置かれてしまうのも無理はない。


それから確か、フローディはここ『カルディオ王国』三大貴族の坊ちゃんの婚約者だったはずだ。

フローディナ自身も、カルディオ王国五本の指に入るくらいには大きな家の生まれ。


『氷の令嬢』と呼ばれる所以。

無表情(緊張してるだけ)、無反応(これも緊張してるだけ)、言葉足らず。

そして、美しいホワイトヘアに赤い瞳。


そんな美少女に抱きつかれた俺は、くすくすと鼻を鳴らしてしまう。


ご主人に抱かれ喉を鳴らしていると、「にゃお」と頭上から声がする。


「にゃーお……(まじか、僕転生しちゃったわけ?)」

「ぐるる?(その声は……ルーナ?)」

「なお! にゃお!(え!? もしかしてアムールも!?)」

 

声のする方を見上げると、『ルーナ』と呼ばれる猫が目を丸くしていた。


フローディナは大の動物好きで、俺以外にもたくさんの動物を飼っている。

 

この王国が現代と違うのは、中世ヨーロッパのように貴族制度が盛んなことだけではない。

 

魔術がある。

フローディナの家に伝わるのは強い攻撃魔術で、俺たちはフローディナの攻撃魔術付きの恐ろしく強いボディガードだ。

ご主人は俺たちを大切な家族として愛してくれる。

絶対悪役令嬢の素質ないだろ、ご主人。


「ワオワオ!(ちなみにオレも!)」

「ガオ(犬のコリーもかよ)」

「ピーイ、ケッケッケ(ちなみに私もだ)」


ご主人の自室にいた犬の『コリー』と、鷹の『ホーク』まで転生者だと分かり、フローディナのボディガードたちが全員転生者だと判明した。

一体どんな世界線だ?


俺がガオと吠えながら『ちなみに全員、これが乙女ゲームだってことは理解してるか?』と、認識のすり合わせをする。

 

『オレは知ってるよ! 友だちとやったことある!』犬のコリーがワンと吠える。 

『男なのに?』ご主人に抱かれたまま問いかける。

『女心を知って、彼女ゲットするため!』コリーはまた明るく吠えた。

『出来たのかい?』ホークが優しく問いかけると、『無理だった!』とコリーが部屋中を駆け回る。

『どんまい』全然同情してなさそうな声で、ルーナがニャオと一声鳴いた。


『私も男だけど、一応知っているよ。姉がこの乙女ゲームにハマっていてね、よく話を聞かされたよ』とホークが翼を竦めた。


『フローディナは悪役令嬢の立ち位置だったようだけど……一緒に過ごしてきた感じだと、どうやら違うようだね』ホークも俺と同じ印象らしい。


『僕も、ネットで話題になってたから実況を見たことがある。確かご主人様は『フィル』という男の婚約者だったはず』とルーナが上から俺たちを覗き込んだ。

『貴族の学園に通うことになった平民のアネモネに辛い態度を取って無視したりする、って感じだったよね』コリーが思い出したように言う。

『今思うと、あれは嫌がらせじゃなく、ただのコミュ障だよな』と言うと、『オレもそう思う! 家族以外の人と話す途端、顔が引き攣ってるもんね! ご主人様!』とコリーも同意見のようだ。


『そんな中、ご主人様はあるきっかけで令嬢としての地位を追われ、アネモネは意中の相手と結ばれる。ご主人様が失脚させられる時のアネモネの攻略対象は、フィルだったよね』ルーナがキャットタワーから降りてくる。

『そうだね』ホークが相槌を打つと、ルーナは不機嫌そうにしっぽを揺らした。

『あの男、見る目ないよ。根も葉もない噂ばっかり信じてアネモネに惚れちゃってさ。僕らのご主人様の方が美人だしスタイル良いし性格良いのに』


『ご主人様に、悲しい思いはしてほしくないなぁ』コリーが鼻を鳴らす。

『じゃあどうする?』というルーナの問いに、『きっかけを潰すしかないだろ』と答える。

『きっかけって……あれかい?』と声を潜めたホーク。

『そう』ルーナは頷き、俺を見てはっきりと告げた。


『アムール、君が『魔術研究発表会』でアネモネに襲いかかる事件だ』


俺たちがごくりと喉を鳴らす。

今のところ、ご主人が失脚した様子はない。ならば、魔術研究発表会はまだだということだ。


『ちなみに、ルーナとホーク。それからコリー。お前らはご主人をシナリオ通りの運命にしたいか?』俺は全員を見回す。


『したくないね。瀕死の僕を拾って世話してくれたのはご主人様だ』

ルーナは欠伸をしながら言った。


『オレも! だって、ご主人様は全然悪役令嬢じゃないし! すごく優しい人だよ、幸せになってほしい』

コリーが遠吠えする。


『私もです。あわよくば、フィルとかいう目が節穴の男ではなく、もっと誠実な男性と結ばれてほしいですね』

ホークが大きな翼をばたつかせた。


『俺もお前たちと同意見だ』

『じゃあ、一致団結してご主人様を守ろうよ!』


コリーの言葉に頷くと、俺たちはまず情報整理をすることにした。


『多分もうアネモネは入学済みでしょう』

『そうだな。氷の令嬢だと表立って言われ始めたのは、アネモネが空気も読めず話しかけ始めたからだろう』

『じゃあ、学園内では辛い立場なのかな』

『オレらのご主人様、可哀想。酷いこと言うやつなんて、オレが噛み付いてやるのに』

コリーが歯をむき出しにすると、『あ、それで思い出した』とルーナが俺の目の前に歩いてきた。


『そもそも君が、魔術研究発表会でアネモネを襲ったのが元凶だ。どうにかしなよ』

『どうにかって、どうすんだよ』

『襲わないようにする』

『そりゃ俺だってそのつもりだ』

ルーナの言葉に、俺は言い返す。誰が好き好んでご主人をピンチに追いやるかよ。


『そもそもなんで襲っちゃったわけ?』

ルーナが質問してきた。

俺たちの会話が聞こえないご主人は、近寄ってきたルーナを撫でる。


『確か、アネモネに急に触られたはずですよ』

『なるほど、それでアムールはびっくりしちゃったわけだ!』

ホークとコリーの言葉に、俺は急に触られる想像をする。

駄目だ、絶対反撃する自信しかない。


『あ〜……確かにな。突然死角から触られたら、思い切り殴りかかりそうだわ。俺』

『野蛮だな』

『すぐ猫パンチ繰り出すお前に言われたくねぇよ、ルーナ』

『はいはい、猫科同士の争いはやめましょーね!』

俺とルーナを仲裁しながら、コリーが自分も撫でて欲しそうにご主人に近寄る。

ホークも優雅に飛んで、ご主人の肩に止まった。


『じゃあアムールは、魔術研究発表会行くのやめなよ』

『ボイコットってこと?』

『人語話せねぇのに?』

『ふて寝でもしてれば? 代わりに僕が連れてってもらう』

ルーナはそう言うと、二回ほど猫パンチを繰り出した。


『ほら、僕の猫パンチならそこまで大ごとにならないでしょ』

『攻撃はする気なのかよ』

『勝手に僕に触っといて、許されるはずないよ』

『怖いなぁ、ルーナは』

ルーナの言葉に、比較的温厚なコリーは目を丸くしている。

コリー、撫でられるの好きだもんな。


『それより気になるのは、今がゲームのどのタイミングか、ですね』ホークはご主人に撫でられながら言葉を続ける。

『あとどのくらいで魔術研究発表会なのか。それが分かれば対策の立てようがあります』

『確かに』

『ホークは頭脳派だな』

『計画は全部ホークに任せよう』

『だめだ、全員で考えるぞ』


わいわい、わんわん、にゃーにゃーばさばさと話し合っていると、ご主人が嬉しそうに笑う。


「ふふ、あなたたちは元気ね。たくさんお話ししてるのね?」

『やっべ、ばれてる?』

『だって異常だもん。昨日まで大人しかった動物が、いきなりこんな鳴き出したらおかしいでしょ』

『でも笑って流してくれるオレらのご主人様は、やっぱり優しいな〜!』

俺たちの心配も、コリーの能天気さも知らないご主人は、俺たちを一撫でする。


「おかげでわたくしも少し気持ちが軽くなりましたわ」そう呟いたご主人の顔は暗かった。


「最近は、フィル様もアネモネさんと仲良くしてらっしゃって……わたくしとはお話もしてくださらないの。話しかけても、無視されてしまって」

ご主人のその言葉に、ルーナの機嫌が明らかに悪くなる。

 

「クラスの方もわたくしを遠巻きに見るばかり。わたくし、皆さんと仲良くしたいのにうまく出来ないの……」

『フィルのこと、殺したら? アムール、君なら出来るでしょ』

『ご主人様の攻撃魔術もかかってるしな!』

『馬鹿か。俺がやったってバレたらご主人が失脚するだろ』

『そうだね。もっと頭脳的な作戦が良いんじゃないかな? 毒殺とか』

『怖、この鷹』

静かにブチ切れているホークに恐れ戦く。


どうやら思ったより物語は進んでいるようだ。

ご主人はすでに学園内で孤立している様子。

婚約者であるフィルも、アネモネや周囲の根も葉もない噂を信じ、ご主人に冷たく当たっているらしい。


全員殺したいところだな、と四匹で暗殺計画を企てていると、ご主人が不安そうな声で爆弾発言する。


「あぁ、明日は魔術研究発表会。人前は緊張するわ……わたくしうまく発表できるかしら」

明日が魔術研究発表会!? ご主人が失脚するイベント!?

驚いて声も出ない俺たちのことなど露知らず、ご主人は首を振った。

 

「だめよ、弱気になっては! 明日はアムールもいてくれるものね。一緒に頑張りましょう」

『明日……明日!?』

『どうするのアムール! 君、絶対アネモネに襲い掛からないでよ!?』

『いや無理だろ!? 触られたら咄嗟に爪出ちゃうって!』


ルーナと俺が言い合いをしていると、落ち着いたホークの声が響き渡る。


『落ち着こう。確かアネモネは大きな傷は負わなかったはずだ』

『なんでだっけ?』

『フィルが防御魔術で助けに入る』

『それでアネモネとフィルの仲が深まるのか』

『そしてご主人様は、アネモネを傷つけようとしたってことで失脚?』

『八方塞がりだな〜』

コリーが天を仰ぎながら遠吠えする。


俺は覚悟を決めた。


『よし。明日、俺はふて寝する』

『『『それでいこう』』』


もう、俺のボイコットしか方法が浮かばない。

苦肉の策だが、四匹で声を合わせた。




◇◆◇◆



 

「アムール、良い子にしてるのよ」

ご主人は俺の頭を撫でながら、続けて言った。

 

「ルーナにホーク、コリーも大人しくしていてちょうだいね」


『どうしてこうなった』

俺たち四匹は、ご主人の通う学園にいた。

 

計画と全く違う状況にうなだれていると、ルーナが冷たい目線を向けてくる。


『そんなの僕が聞きたいよ、君のふて寝が下手だったんじゃないの?』

『だってあんな悲しそうな顔で、「そうよね……アムールもわたくしみたいな氷の令嬢と一緒にいたくないわよね」って言われたらさぁ!』

『それは確かに一緒にいてあげたくなっちゃう』

『だから私たちが、貴方がアネモネに襲い掛からないよう監視するため同行したんでしょう』

ホークが全員を窘めながら、溜息を吐いた。


魔術研究発表会は、一年に一度、自分の魔術の研鑽を披露する会だ。

今年最終学年のご主人は、自分の家に伝わる攻撃魔術の集大成として俺たちを連れてきた。

原作では俺だけだったが、ふて寝作戦が失敗したので、逆に全員で押しかけることになってしまった。


「わぁ! 大きくて綺麗な白い虎!」甲高い声と共に、俺に衝撃が走る。

この乙女ゲーの主人公で、我らが主フローディナを失脚させた女『アネモネ』が早速お出ましだ。

原作通り俺の後ろから現れた女は、勢いそのまま俺に飛びついていた。


ぐるる、と喉を鳴らしかける。

ホークが『アムール! 飛びかかってはいけませんよ!』と甲高く鳴いた。


『くそっ我慢……』

『頑張れアムール!』

『ここで貴方が耐えれば、ご主人様は失脚せずに済みます!』

『あと少しでフィルの野郎がやってくるはず! それまでの辛抱だ!』

コリーやホーク、ルーナが口々に俺を励ます。


ご主人は、アネモネの非常識な行動に声も出ない様子だ。

 

全身に力を込めて我慢していると、ご主人の許婚『フィル』がようやくやってきた。


「おや、そこにいるのはフローディナの虎、アムールか」

『気安く名前を呼ぶなバカ男め』


ぐるると唸りながらも、耳はアネモネの不思議そうな声を捉える。

 

「おかしいな〜? ここで虎が私に襲いかかってきて、フィルに助けてもらって、フローディナを婚約者の座から追放できるはずなのに」


アネモネの言葉に驚きを隠せない。


『こいつ、確信犯か』

『多分転生者だ』


他の三匹にもアネモネの発言は聞こえていたようだ。

ホークは転生者だと推理している。

 

ホークの言葉を聞いたルーナが「フシャー!」と毛を逆立てる。

『このアバズレを即刻処刑しよう! アムール! 君の爪でギタギタにしてやれ!』

『だからそれやったら駄目なんだって! 我慢してルーナ!』


ルーナがコリーになだめられている横で、ご主人が震える声でアネモネに話しかけた。


「お、おやめになってアネモネさん……アムールは気高い子なの。知らない方との触れ合いは好まないのよ」

「へぇ! フローディナと一緒でプライドが高いってこと? 飼い主に似るって言うもんね!」

『おい殺していいかこの女』

『我慢してくれ、耐えるんだ』

俺をなだめるホークも、アネモネへの怒りを隠せていない。


ご主人の必死の訴えも無視して、アネモネは俺に顔を擦り付ける。

俺が怒らないから次の作戦に入ったようだ。

厚化粧がべったりと体毛に付いて心底気持ち悪いが、なんとか耐える。


「それにホワイトタイガーなんて、生まれて初めて見た! 可愛い〜!」

「でも、アムールは唸ってますわ……」

「フローディナ。せっかくアネモネが喜んでるんだから、水を差すようなことはやめてくれないか。少しくらいいいだろう」

ご主人がアネモネを止めようと必死に声をかけるが、アネモネへの恋心でボケているフィルがご主人を責める。


『しね、クソ男』

『ご主人様の優しさをなんだと思ってんだ』

『今頃噛み殺しててもおかしくねぇぞ』

『ばーか! ばーか!』

人間に言葉が聞こえないのを良いことに、フィルをディスりまくる俺たち。


早く諦めてくれねぇかな、と意識を飛ばしていると、尻尾に突然強い痛みが走った。

アネモネが俺のしっぽをわざと踏んだのだ。


「あっ! 間違って尻尾踏んじゃった〜!」

「全く、アネモネはおっちょこちょいだな」

「アネモネさん……! すぐにわたくしのアムールから離れてちょうだい!」

「えぇ〜! ちょっと踏んじゃっただけなのに、フローディナさん怖い〜!」

「少しくらい許してやれないのかフローディナ。お前はアネモネに厳しすぎるぞ」

アネモネとフィルの馬鹿すぎる会話に、ますます怒りが募る。


『ご主人様は正論言ってるだけだろ、ボケ男』

『お前がアネモネに甘すぎるんじゃカス』

『フィル、てめえが失脚しろザコ』

俺が痛みで悶えている間に、三匹がすごい勢いで罵っている。


「あれ、おかしいな。これでも襲ってこないなんて……じゃあこれでどうだ!」

アネモネはまた小声で呟くと、俺のそばを離れた。

 

不穏な言い方をしたアネモネは、そのままホークに近づいた。


「わぁ! 鷹さんも大きいのねぇ! どのくらい羽が広がるのかしら!」

そう言ってアネモネは、ホークの羽を無理やり広げる。

俺が攻撃してこないと諦めて、次は鷹のホークに目をつけたらしい。


ホークは鋭い爪で攻撃しそうになるのを必死に抑えながら呻く。

 

『い、痛い……!』

『耐えろホーク!』

『もちろんです……!』

「ホークがとても痛そうですわ! やめてくださいましアネモネさん!」

「いいじゃないかフローディナ。アネモネは好奇心旺盛なんだよ」

フィルがアネモネを庇う言葉を平然を言う。

 

「っ! フィル様!」ご主人は愕然とし、フィルを見つめた。


ホークも襲ってこないと諦めたアネモネが、次の行動に移る。

「この鷹もだめか……じゃあこの子!」


今度は犬のコリーに近づきしゃがみ込むアネモネ。

「わぁ! この犬は毛がふさふさで可愛いね。抱っこしたーい!」

そう言ってコリーの前足だけを持ち上げる。


「キャン!」とコリーが悲鳴を上げる。関節を無理な方向へ動かされているようだ。


『痛いよぉ!』

『クラスのやつ、誰か止めろよ!』

『無理だろ……フィルに逆らえる権力者はいない。フィルのお気に入りであるアネモネにも逆らえないだろう』

 

ご主人は目に涙を浮かべて「お願い! コリーが痛がってるわ! やめてあげて!」とアネモネに訴える。


「フローディナ、ヒステリックになるのはやめてくれるか」

「怖ーい、ちょっと触っただけなのに」

フィルとアネモネは、ご主人をからかう。殺意がわく。


コリーも駄目だと分かったアネモネが、次にルーナを触ろうとした時だった。


「あ、この猫ちゃん可愛いね……」

「さ、触っちゃお……」

「こっちおいで、ほら」

「抱っこしたいかも……」

と、クラスメイトが一斉にルーナを囲ったのだ。


『まずい……! アネモネとフィルのように、痛いことをする気か!』

『そろそろ我慢の限界だ!』

ぐるるると喉を鳴らす俺に、『待ってアムール!』とルーナが声を上げた。


『違う……クラスメイトの人たち、僕を守ってくれてるんだ』

ルーナの言葉に思わず首を傾げる。


「わ、私は犬派なんだ。ほら、こっちにおいで」

「前足、痛くない?」

「触ってもいいかな?」

『本当だ! この人たち、優しく撫でてくれるよ!』

次はコリーが生徒たちに囲まれる。

よく観察すると、コリーをアネモネに触らせないようガードしているのが分かる。


「た、鷹はちょっと迫力がすごいね……」

「どの動物も、フローディナさんのボディガードなんだよね?」

「少し肩に乗せてみたいな」

「フローディナさん、教えてくれる?」


生徒たちがホークと一緒にご主人を、アネモネたちから遠ざける。


全員、表立ってフィルに対抗することは出来ないけど。

俺たちが痛めつけられるのを見て。ご主人の必死の訴えが、心に響いたのだろう。

 

どうにか俺たちを助けようとしているのが目に見えて分かった。


「み、皆さん……!」


ご主人もそれに気づいたのか泣きそうな顔で笑みを浮かべた。


ご主人が俺とホークを連れて、生徒の元へ向かう時だった。


「ちょっと待ってよ〜! 私まだ虎さんと遊びたい〜!」

そう言ってアネモネは、俺の尻尾を思い切り引っ張った。


俺は痛さで「グルル……」と思わず唸る。

生徒たちは、アネモネの非道な行為に悲鳴を上げた。


本当はアネモネに襲い掛かって殺してしまいたい。

でも、ここで俺が耐えなきゃ……!

ご主人が、他の三匹が、守ってくれた生徒たちの優しさが……! 全部壊れてしまう……!


鼻息を荒くしながらもその場で耐える。


「アムール! アネモネさん、おやめになって!」


叫ぶご主人と顔を見合わせ、落ち着きを取り戻そうと試みる。


「フローディナ。アネモネは動物を飼ったことがないんだ。少しくらい、」

「お黙りになって」

フィルの言葉を遮ったのは、冷え冷えとしたご主人の声だった。


「耐えているわたくしの子たちに、なんてひどいことをなさるの。ホークもコリーもルーナもアムールも、全員わたくしの大切な家族なの」

ご主人は先ほどまで泣きそうだった視線を強め、アネモネとフィルを睨みつける。


「ち、ちょっと力加減間違えちゃっただけじゃ〜ん! そんな怒んなくても……」

「じゃあ、わたくしのアムールが『ちょっと力加減を間違えて貴女にじゃれついても』、怒らず許してくださるのね? アネモネさん」

「そ、それは……」


突然のご主人の反論にたじろぐアネモネ。

それを庇うようにフィルがアネモネの前に出てくる。


「それとこれとは別問題だろう。そもそもその動物には、お前の攻撃魔術がかかってるんだぞ」

「ええ、そうですわ。わたくしのボディガードとして、家族として」


ご主人は凛と胸を張ると、毅然とした態度で話し出す。

先ほどまでの弱々しさはない。

そこにいるご主人の迫力は、この国有数の由緒ある歴史を持つ御家の次期当主の姿だ。

 

「これまでアネモネさんがわたくしにしてきたこと、公にしたくなかったですけど、わたくしの大切な家族が酷い目に遭わされるなら話は別ですわ」

「な、なんのこと……?」

「貴女が流したわたくしの根も葉もない悪い噂も、今この子たちにした暴力の数々も全て記録にとっていますわ」


そこまで言い切ったご主人は、目をうろつかせるアネモネから興味をなくしたように視線を外す。

次にフィルに向き直る。


「フィル様。貴方がアネモネさんと仲良くし始めた頃から、貴方は家の仕事をサボり始めた。わたくしがどれだけお願いしても、貴方はアネモネさんにうつつを抜かしてばかりでしたわね」


そうだったのか。乙女ゲーム本編では全く公開されていなかった情報だ。


「貴方のお家が低迷し始めて、わたくしは心配でした。だから少しでもフィル様の支えになれるよう、わたくし、今までより魔術やお勉強に一層力を入れましたの」


確かに、ご主人はいつだって勉学や魔術の鍛錬に手を抜かなかった。

ご主人は美しい自身の赤い瞳で、強くフィルを見つめた。


「先祖代々、この国の防衛の指揮を任されていたのはフィル様。貴方のお家です」

 

「でも、わたくしたちが卒業した瞬間、それは変わります」


フィルが「なんだと?」と怪訝そうな声を出す。

俺も不思議に思い、ルーナたちを振り返る。しかし全員首を傾げている。誰も知らないようだ。 


「この国の防衛の指揮、および最終決定権を与えられるのは、わたくし、フローディナに変更されます」


クラスに動揺が走る。

とんでもないことだ。

防衛魔術に特化しているフィルの家より、フローディナの魔術全般、さらに攻撃魔術が秀でていると国から証明されたのだ。


「そ、そんなこと俺は聞いていない!!!」フィルが取り乱す。

「えぇ、そうでしょうね。わたくしはまだ、この件に正式にお返事をしておりませんでした。もしかしたら、フィル様が以前までの聡明なお方に戻ってくださるかも。アネモネさんの愚かな行いに気づいてくださるかも、と期待があったから」


ご主人はそこまで言うと、悲しそうに目を伏せた。


「でも違った。貴方はわたくしの家族を粗暴に扱うアネモネさんを肯定した」

「それは……!」

「もうフィル様に、正しい選択ができるとは思えません。貴方が防衛の中心になることに不安しか感じませんわ」


ご主人は少し微笑んで「それにわたくし、守りたいものが増えたの」と教室を見回す。


「口下手で悪い噂も流されているわたくしのことを、わたくしの家族を、アネモネさんの手から守ろうとしてくださったクラスの皆さんですわ」


クラスメイトたちは、ご主人の言葉に「フローディナさん!」と目を潤ませている。

 

「コミュニケーション下手なわたくしに、今までも丁寧に接してくださっていたわ。悪い噂が流れた当初は距離を置かれていましたわ。でも今は、フィル様の権力に怯えながらも、わたくしの家族を守ろうとしてくれた」


「そんな方々を、わたくしは守りたいと思ったんです」

「ふ、フローディナ! 考え直してくれ!」


急に必死になり始めたフィル。

そりゃそうだ。元々そこまで家柄に差はなかったが、今回フローディナが防衛権を任されると言うなら一気に形成逆転。フローディナの家がこの国のトップに上り詰める。


フィルの説得に、首を横に振ったご主人。


「いいえ。次期国王には、もう承諾のお返事をお伝え済みですわ」

「ど、どうやって!?」

「おかえりなさい、ホーク。お手紙は無事届けてくれたかしら?」

『もちろん』


ホークは誇らしげに翼を広げた。

今の話し合いの最中に、国王に返事を届けに行ってたのか、さすがだな。

クラスメイトも「すごーい」と拍手している。

ご主人は恥ずかしそうだが、どこか誇らしげだ。


ほのぼのとした雰囲気をぶち壊すように、アネモネが大きな声で喚く。


「でもさ! フローディナさんは嫌だったかもだけど、動物たちはどうだったか分かんないよ!? だって私、襲われてないもん!」

『このアマ、ほんと口だけは達者だな』

『嫌に決まってるだろボケ』

『この動物虐待女』


意思疎通できない俺たちに責任を押し付ける気か!

俺たちがギャオギャオ動物語で反論していると、一人の女生徒が手を上げた。


「あ、それなら私の魔術使えるかも」


ご主人は首を傾げて「貴女は確か、ナナさんでしたわね。ナナさんの魔術は……」と考え込む。

「動物と意思疎通できるようにするの」ナナがご主人に笑顔を向ける。


「私がうまく魔術が扱えなかった時、フローディナさんがアドバイスしてくれたでしょ? そこから色々研究してみたら、最近魔術が成功するの!」

「それは良かったですわ」

「あの時はありがとう、フローディナさん!」


「だから、今度は私が力になりたいの!」そう言ってナナが差し出したのは錠剤だ。


「魔術を錠剤に閉じ込めたの。これを服用した動物は一定時間人間になれるよ!」

「それはすごいですわナナさん! でも、わたくしの子たちが飲んでくれるかどうか……」


ご主人が潤んだ目でこちらを見つめる。

そりゃ、状況的には錠剤で人間になってご主人を助けてやりたいけど……。


『……これ飲むの?』

『僕ヤダ。まずアムールが飲んでよ』

『なんで俺……』

『一番体でかいから、効き目が悪そうでしょ』

『毒味役かよ』


でも、意思疎通するためにはこれしかない。


覚悟を決めた俺は、ナナに近づく。

ナナの手の上の錠剤を、ざらつく舌で舐めるように取る。


「うわぁ! 舌ざらざらだ!」

「猫科だからねぇ」

ナナとクラスメイトたちの平和な会話を聞き流す。


ご主人が胸を押さえて心配そうに見守ってくれるが、今のところ何も起こらない。

と、思った瞬間だった。


ボンっと体全体が煙に包まれる。


「アムール!?」ご主人の焦った声が聞こえる。


俺はいつも通り吠える。

「ご主人! 俺は無事です!」

あれ? ただ吠えたはずなのに、言葉を話せたような……?


煙が落ち着いてきて、真っ先にご主人を見つける。

ご主人も驚いた顔をして、俺を見つめている。

 

「え!? あ、貴方は……」

「きゃぁ! この人、裸! 服持ってきて誰か!」

「カーテン千切れ!」

「そりゃ!」

「おいこれ怒られたらどうすんだよ」

「全員で謝ろ」


クラスメイトが千切ってきた重厚なカーテンを、急に被せられる。

ぷはっ、とカーテンから顔を出した瞬間、女生徒からきゃあ、と黄色い悲鳴があがる。なんだ?

 

男子生徒が俺の目の前に鏡を持ってくる。

見せられた鏡に写ってるのは、白髪で涼やかな目元をした男だ。頭には虎の耳が生えている。……虎の耳!?


「これ、俺か!?」

「アムール! 貴方人間になったのね!」


驚く俺と、嬉しそうに飛び跳ねるご主人。

 

「体格に対して薬の量が少なかったみたいね、耳や尻尾はそのまま残ってる。多分数時間すれば元の姿に戻ると思うよ」ナナは自分の魔術薬の改善点をぶつぶつ呟いている。


「アムール! 貴方尻尾は!? 痛くない!?」

「うわっ!? ご主人、尻尾は大丈夫です」


躊躇なく俺にぶつかってくるご主人を慌てて受け止める。

俺の言葉を聞いて、ほっと胸を撫でおろすご主人。


すると、


「「「ご主人様!」」」


と大声が重なる。

声のする方を見ると、見知らぬ男が三人。


「ご主人様。早速だけど僕、嫌だったよ。仲間がアネモネに意地悪されてるの見てて辛かった」

「貴方は、ルーナ? 猫のルーナなの?」


黒髪で背の小さい、涙ぼくろが特徴的な美少年がこくりと頷く。

 

「オレは前足超痛かった〜! 噛み付くの我慢したんだよ! それに、クラスメイトの皆、守ってくれてありがと〜!」

「あなたは……コリーね!」


「ご主人様、大正解!」と尻尾をぶんぶん振っているのは犬のコリーだ。クラスメイトに抱きついている。人懐っこいな、こいつ。

美しいライトブラウンの髪を撫でられながら、垂れ目で笑っている。


「私も、羽がもげるかと思いました。もちろん、嫌でしたよ。嘴でつついてやりたいくらい」

「ホーク!」


大きな翼を撫でながらそう告げるのは、憂いを帯びたイケメンだ。

金の美しい目と薄い唇で皮肉を言う姿に、女子生徒が熱い視線を送っている。


「まあそう言うことだから。俺ら、アネモネに傷つけられて超嫌だったってこと」


俺が全員の言葉をまとめてアネモネにお返しする。


「そ、そんな……! 私悪くないもん!」

「考え直してくれフローディナ! 婚約者の僕を辱めようなんて……!」

「いいえ、フィル様はもうわたくしの婚約者ではありませんわ」

ご主人が、フィルの言葉に首を横に振る。

 

「待ってくれ! 今度こそ君を大切にするよ! アネモネなんて平民の女、本気なわけがないだろ!」

「私も地位のないフィルなんて願い下げよ! ね、それよりアムールとかいう虎さん? とってもイケメンね」

みっともなくご主人に縋るフィルと、なぜか俺に愛想を振りまいてくるアネモネ。

さっきまで二人でいちゃついてたのに。人間って怖いな。


俺はアネモネから逃げるようにぎゅう、とご主人を抱きしめる。

他の三匹もご主人に近寄って、フィルとアネモネを威嚇する。


「頼むフローディナ、考え直してくれ! 僕のそばにいてくれ!」


騒ぐフィルに向かって、ホーク、ルーナ、コリーと同時に一言告げる。


「「「「お前に渡すかよ、俺らのご主人様を!」」」」

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