妹さんはきっと幸せに暮らしていますわ
アゴスティーニ家のサンルームで、アゴスティーニ伯爵家とドラゴネッティ侯爵家のお茶会という名のお見合いは和やかに進んでいた。
アゴスティーニ伯爵夫人とドラゴネッティ侯爵夫人は、うふふ、おほほ、と楽しそうに笑いあっている。
「ロランド、ヴィオレッタ様にお庭を案内して差し上げたら?」
アゴスティーニ伯爵夫人の言葉にドラゴネッティ侯爵夫人も笑顔で頷く。
「まあ、それは素敵ですわ。アゴスティーニ伯爵邸のバラ園は美しくて有名ですもの」
つまりここからは二人だけで話を進めるように、ということだ。
名前を呼ばれたロランド・テオ・アゴスティーニ伯爵令息は立ち上がるとヴィオレッタ・ジータ・デマルティーノ伯爵令嬢に手を差し出す。
「どうぞ。ご案内いたします」
ヴィオレッタはその手を取った。
庭へ降りていく2人をアゴスティーニ伯爵夫人とドラゴネッティ侯爵夫人が見送った。
「今日はありがとうございます」
2人の姿が見えなくなってから、アゴスティーニ伯爵夫人がドラゴネッティ侯爵夫人に頭を下げる。
今日は息子のロランドにドラゴネッティ侯爵夫人の姪のヴィオレッタを紹介してもらったのだ。
「いえいえ、よろしいんですのよ。ヴィオレッタもこの国が気に入っているみたいですし、今日ご子息にお会いするのも楽しみにしていましたのよ」
ヴィオレッタは遠くの国に嫁いでいったドラゴネッティ侯爵夫人の姉の娘で、しばらく前からドラゴネッティ侯爵家に滞在しているのだ。
「素敵なお嬢様ですわね。ロランドを気に入っていただけるといいのですけれど……」
二人が消えた庭園の先を見つめながら、アゴスティーニ伯爵夫人はそう言うのだった。
「こちらへどうぞ」
ロランドはバラに囲まれた東屋にヴィオレッタを案内する。
二人が東屋に入ると、すぐにメイドがお茶とお菓子の準備を始めた。椅子には座り心地のよさそうなクッションが用意されている。
「とても素敵な場所ですわね」
東屋を取り囲むようにバラが植えられ、色とりどりの花が咲き誇っている。
「花はお好きですか?」
「ええ、わたくしの国では見ないものが多くて、知らないものを知るのはとても楽しいですわ」
「デマルティーノ伯爵令嬢の国の花は、こちらの物とは全く違うのでしょうか?」
「そうですわね……」
ヴィオレッタは少し考える。
「お花だけではなく、食べる物も習慣も考え方も、何もかもが違っています」
確かにこの国は他の国と比べると、少し特殊だ。
「この国にはもう慣れましたか?」
「ええ。慣れるまでは少し大変でしたけれど。おばさまには色々とご迷惑をかけてしまいましたわ」
何かを思い出したのか、ヴィオレッタはくすりと笑った。
ロランドはお茶の準備を終えたメイドに手を振るとその場から遠ざけ、ヴィオレッタに向き直った。
「デマルティーノ伯爵令嬢」
「はい」
「せっかく来ていただいて申し訳ないのですが、今日のお見合いはあなたの方からお断りいただけないでしょうか」
ロランドの言葉を聞いたヴィオレッタはぱちり、と瞬きをすると、ゆっくりと持っていたカップを置いた。
「わたしは、まだ結婚するつもりがないのです」
そうは言っても、ロランドは21歳。
ロランドの住む国の貴族はたいてい20歳ぐらいまでには婚約者が決まっているものだ。もうすぐ22歳になろうというロランドに婚約者がいないのは不都合ではないのだろうか。よほど本人や家に難があるのならば婚約者がいないのも納得できるが、ロランドにもアゴスティーニ家にも問題があるとは聞こえてこない。
どちらかといえば良い評判の方が多いぐらいだ。
「理由をお聞かせいただいても?」
ヴィオレッタは首を傾げる。
「……わたしは、妹の幸せを見届けるまでは、結婚しないと決めているのです」
「妹さん、ですか」
不思議そうな表情を浮かべたヴィオレッタを見て、ロランドは気が付いた。
今までのお見合い相手ならばそれで納得してくれたが、外国で生まれ育ったヴィオレッタが妹の事を知っているわけがなかったのだと。
゜。――゜。――゜。
ロランドはアゴスティーニ伯爵の長子として生を受けた。3歳下に妹、さらに少し離れて11歳下に弟エリオが生まれた。
ロランドとすぐ下の妹ルアーナは元気に大きくなったが、エリオは生まれた時から体が小さく弱かった。
アゴスティーニ伯爵は弱々しいエリオをとても気にかけ、特に夫人はつきっきりで面倒をみていた。そのため、健康なロランドとルアーナは父からも母からも今までのようにかまってもらえなくなる。
エリオが生まれた時、ロランドはもう11歳だったが、まだ8歳だったルアーナはやはり寂しかったようだ。だがエリオの世話で両親が大変なことも分かっている。ルアーナは今まで以上にロランドの後をついて回るようになり、ロランドもできるだけルアーナの相手をするようにしていた。
「お母さま」
寂しさが我慢できなくなると、ルアーナは母のいる場所、エリオの部屋へ行くこともあった。
ルアーナが呼びかけると、母はそっと立ち上がりルアーナの傍まで来る。
「ルアーナ、エリオはやっと眠れたところなの。お部屋には来ないようにしてね」
しかしいつも母はそう言って、ルアーナは部屋から出されてしまう。
何度かそんなことを繰り返し、ルアーナは母親の所に行くことは無くなった。
ルアーナの9歳の誕生日。誕生日なのだから、父も母も自分の傍にいてくれるだろうとルアーナは期待していた。
しかしエリオが熱を出し、母はエリオの部屋で看病、父も仕事で戻れず、結局ルアーナは寂しく誕生日を迎えることになってしまった。ロランドでは父と母の代わりにはなれない。がっかりするルアーナを言葉少なく慰めることしかできなかった。
「ルアーナ、庭に出てみないか」
夜になり、誕生日のケーキを食べた後、ロランドは手を引いて、ルアーナを庭に連れ出す。
いつもならば夜に外に出ることを許さない執事もメイドも、今日は何も言わなかった。
ロランドとルアーナは屋敷から少し離れ、庭の奥の方へと進む。屋敷の明かりの届かなくなった庭から見た空には、星が瞬いていた。
二人は芝になっている部分に座ると、星空を見上げた。時々すーっと流れ星が尾を引いて落ちていく。
「今の、見えた?」
ロランドが流れ星を指さす。
「流れ星に願い事をすると、願いが叶うんだよ」
「ほんと?何でも叶うの?」
「うん」
ロランドは頷いて空を見上げた。
「あ、ほら、また流れ星……流れ星はすぐに消えちゃうから、見つけたらおすぐに願いしないと」
ルアーナは頷くと空を見上げる。そして流れ星を見つけると一生懸命にお願いをする。
その横でロランドは、ルアーナがこれ以上寂しい思いをしなければいいなと願うのだった。
少し大きくなってもエリオはやはり病弱なままだった。季節の変わり目はもちろん、少し騒いだだけでもすぐに熱を出し、ひと月の半分以上を寝込んでベッドの中にいる。しかもずっと母が傍にいるのが普通になっているためか、母の姿が見えないだけで大泣きし、さらに熱が上がるといったことを繰り返している。
父は国内ではエリオの治療は見込めないと見切りをつけ、国外につてを探そうと動いていた。
ロランドの住むこの国は少し特殊で、外国との国交はほとんど開いていない。そのため国外に出るのも国内に入るのも手続きに非常に手間がかかるのだ。
唯一両隣の国とわずかな交易があり、そのため商人ならば手間はあっても入出国に多少の自由が利いた。
そのため父は商売を起す準備をしている所だった。
ルアーナの10歳の誕生日。いつもの年と同じく誕生日のプレゼントもケーキも用意されていた。
しかしやはり父にも母にも祝ってもらえなかったルアーナをロランドが庭へと連れだした。
「流れ星に、お願いは届かなかったみたい。だから、今度は違うお願いをしてみようと思うの」
ルアーナは寂しそうに笑って空を見上げた。
今日も空には星が瞬いている。
ルアーナとロランドは並んで座ると流れ星を探す。ロランドは(ルアーナの願いが叶いますように)と願うのだった。
13歳になったロランドは王都の学園に通い始めたため勉強や剣や魔法の稽古で忙しくなり、今までのようにルアーナと一緒にいられる時間が減ってしまった。
ロランドがルアーナと会うのは夕食の時の短い時間。少しの会話を交わすぐらいだ。
父は相変わらず仕事で忙しく、母はエリオに付きっきり。
本来貴族の子女なら10歳を過ぎれば母と一緒に他家のお茶会に参加しながら社交を学ぶのだけれど、エリオの傍を離れられない母はお茶会の誘いも全て断っている。母が出席しないのだからルアーナももちろん外出することはなく、外での友人も作ることができなかった。
そしてルアーナの11歳の誕生日。二人だけでケーキを食べ、ロランドはルアーナを庭へと連れだした。
同じように屋敷の明かりの届かない場所まで来ると並んで座る。満天の星がちかちかと煌めいている。
「流れ星に願いは届くかしら」
空を見ながらルアーナがつぶやいた。二人は空を見ながら流れ星を探す。
流れ星が、落ちる。
メイドが迎えに来るまで、二人で夜空を見上げていたのだった。
13歳になったルアーナは貴族の子女が通う学園に入学した。女子だけが通う、ロランドとは違う学園だ。
ずっと屋敷にいたため入学当初は誰も知り合いがいなかったが、しばらくすると仲の良い友人もできたようだ。以前よりも笑顔が増えてロランドも安心していた。
父も商売が軌道に乗り始めたのか、家には帰らない日が多かった。
国外に出ることもあるようで、たまに帰ってきた時には見たこともないお土産を持ってきたりする。
エリオは相変わらず病弱だったが、分別も付くようになり泣き叫ぶこともなくなった。母も以前のようにルアーナを遠ざけることもなくなり、落ち着いた日々が過ぎていく。
エリオとルアーナはいつの間にか仲良くなっていた。
エリオは賢い子供だった。
いつもはベッドの中で静かに本を読む。ルアーナは時間があるときは母親の代わりにエリオの面倒を見るようになった。
静かに本を読むエリオに、それを見守りながらやはり静かに刺繍をしたり本を読むルアーナ。
エリオは自分が病弱だったため、家族に迷惑をかけている事を理解している。
「ごめんね、姉さま」
エリオはそう言ってルアーナに謝ることがあった。
ルアーナはエリオに微笑み返すだけだ。
「きっとお父様がいいお薬を探してきてくれるわ」
そう言ってエリオを励ましたりもする。
ルアーナは父母と同じようにエリオを心配していた。
18歳になり学園を卒業したロランドは剣の腕を認められ、魔法騎士として第一部隊に所属することとなる。
宿舎に入り、何かと忙しい日々を過ごしていた。実家にも半年に1度帰るくらいだ。
そんな忙しい日々を送りながら2年が過ぎたころ。
ある日遠征から戻ってみると家から手紙が届いていた。
手紙の日付は1週間前。ちょうど遠征で寮を出た日に届いたらしい。
ロランドは手紙の中身を確認する。
「……え?」
それはルアーナの嫁ぎ先が決まったという連絡だった。
しかも相手の要望ですぐにでも嫁ぎ先へと向かうことが決まっていると書かれている。
「……今日?うそだろ!?」
ロランドは慌てて寮を飛び出した。
「父上!ルアーナは!」
ロランドが家に駆け付けた時、すでにルアーナは出立した後だった。
「ロランド……ルアーナは今朝家を出た。今頃は国を出ている頃だ」
「そんな……」
間に合わなかった。なぜこんなに突然に。
最後の挨拶さえできずにルアーナは国を出てしまった。
「どうして、こんなに急に……」
隣国でエリオの病状に効きそうな薬を知った父は、商売を通じて知り合った伝手をたどって薬を手に入れようとしていた。
「息子さんの症状をきちんと確認してから薬を使った方がいい」
薬を扱っている男性はそう言った。当然な意見に父も頷く。
通常ならば煩雑な手続きが必要な入国も、薬を取り扱っている時は比較的許可が下りやすい。
男性はすんなりと許可証を手に入れると、父と一緒に家へとやってきた。
玄関で出迎える母とルアーナ。
「妻と娘のルアーナです」
父が二人を紹介する。
「初めまして。息子さんは?すぐに会えますか?」
その言葉に、父はすぐに男性をエリオの元へと案内する。
「大丈夫。息子さんに効く薬はありますよ。でも急いだほうがいいと思う」
エリオの病状を確認した男性はそう言った。
「いったん隣国に出て、そこで薬を取り寄せてこの国に送ります。それが一番確実でしょう。一度出ると再び入国するのは難しいかもしれませんし」
男性の言葉に父は頷く。
「そうですね、それが一番確実でしょう」
「そして、一つお願いがあるのです」
男性は続けた。
「なんでしょう、薬の対価でしたらできる限りのことをさせていただきます」
母も頷いた。
男性はルアーナを見てにこりと笑った。
「ルアーナ嬢を僕の花嫁に迎えたいのです」
「……えっ」
男性の突然の申し出に、父も母もさすがに驚いた。
「ルアーナをですか?いや、しかし、……」
「ルアーナ嬢と少し話をさせてもらっても?」
焦る両親とは対照的に男性は落ち着いている。
「それはかまいませんが、あの、どこかでルアーナとお会いになったことが?」
「いえ、会うのは今日が初めてです」
男性の返事に両親は訳が分からないといった顔になる。
「でも、僕はずっと前からルアーナ嬢を知っています」
「それは、どういった……」
「ルアーナ嬢の声が、僕に届きました。きっと波長が合ったのだと思います」
「はちょう……?あう?」
母はますます訳が分からず戸惑った。
「波長、ですか」
父はその言葉を聞くと冷静になる。
「わかりました。ルアーナと二人でお話しください。ルアーナ、ドアは開けておくからね」
父はそう言うと母を促し部屋から出た。
その後、部屋から出てきたルアーナは男性との結婚を決めていた。
そしてその男性と結婚するという形で国を出たのだ。
そしてエリオの薬は無事に届き、ルアーナは戻らない。今は連絡も途絶えてしまっている。
゜。――゜。――゜。
「そのあと、わたしは騎士団を辞めて父の仕事の手伝いを始めました」
ロランドは俯いて息を吐きだす。
「ご存じでしょうけれど、この国から出るのにはとても時間がかかります。商売を手伝っている方が出国しやすいはずです」
ロランドは国を出てルアーナに会いに行くつもりなのだ。
「……ひとつ、伺っても?」
黙ってロランドの話を聞いていたヴィオレッタが口を開いた。ロランドが頷く。
「その妹さん……ルアーナ様は、一番最後にお会いした時、どんな表情をしていらっしゃったかしら?」
「ルアーナの、表情……?」
今まで、そんなことを聞かれたことはなかった。
「……ルアーナの……」
ロランドは思い出そうとする。ルアーナに最後に会ったのは、休みが取れて寄宿舎から帰ってきた時。
『兄さま、お帰りなさい!』
そう言いながら自分の方へとルアーナが走ってくる。
『最近、お菓子をよく焼くのよ』
ふわりとした甘い匂い。
『兄さま、これプレゼント。もっと家に帰ってきてね』
イニシャルを刺繍したハンカチを渡してくれた。
「……笑って、いた、かも、そう……笑っていた」
「妹さんは、きっと幸せに暮らしていますわ」
ヴィオレッタがほほ笑む。
「……幸せに…………そうかな」
「ええ、きっと」
ロランドの瞳から涙が零れる。
「だから、もう、いいんですのよ」
「……うん、うん……そうだね」
ぽろぽろとロランドの瞳から零れる涙を、ヴィオレッタはそっとハンカチで押さえた。
「……すみません、見苦しいところをお見せして」
「いいえ」
メイドに新しく紅茶を淹れ替えさせ、ロランドとヴィオレッタは座りなおした。
「ところで、その、妹さんを連れて行ったという男性ですけれど……」
「はい」
「名前をうかがっても?」
「とても遠くの国に住んでいて、名前はエミディオ・カゼッリ・カヴァロッティです」
「……わたくし、その方を知っていると思いますわ」
「…………え!」
思わずロランドが立ち上がる。
「わたくしの国の隣の国に住む幼馴染がいるのですが、同じ名前で、昨年結婚されましたの」
「それって」
「妹さんかもしれませんわね」
ヴィオレッタはにっこりと笑った。
ヴィオレッタの話だと、ルアーナの夫だと思われる男性はそれはそれはルアーナを大事にしているらしかった。
「わたくしも結婚式に参加しましたの。ちらっとお見かけしただけなのですけど、二人とも幸せそうに笑ってらしたわ。そのあとすぐに国を出てこちらに来ましたのでまだ直接お会いしたことはないんですけれど」
ヴィオレッタは幼馴染の結婚相手がルアーナなのかどうなのかを確認してくれると言う。同じ名前なので多分間違いないと笑いながら。
「最近は通信網が発達してきていますから、そんなにお待たせせずに、返事が来ると思いますわ」
にこりと笑うヴィオレッタが女神に見えたロランドだった。
゜。――゜。――゜。
「お嬢様、アゴスティーニ伯爵令息はいかがでしたか?」
「とても優しそうな方だったわ」
メイドに髪飾りを外してもらいながらヴィオレッタが答えた。
「あと、エミディオ様が連れてきたお嬢さん、やっぱりロランド様の妹さんだったみたい」
「さようでございますか」
「エミディオ様に連絡してみるわ。ロランド様、妹さんをとても心配していらっしゃるの……っていってもこの国には通信機がないのよね。手紙を書くわ」
「ご用意いたします」
「ちゃんと届くように、時間がかかってもいいから隣国から出してね」
「承知致しました」
便箋と封筒を用意するためメイドが下がる。
ヴィオレッタは花瓶に生けられた花に目を止めた。今日、帰りにロランドが用意してくれた花束だ。ヴィオレッタの見たことのない花で作られている。
ヴィオレッタの母国と、この国ではあらゆることが違っていた。
一番違うことと言えば、この国には魔法があることだ。理由はわからないが、この国には魔法使いが多く生まれる。
そしてこの国以外に魔法使いはほとんど生まれない。
そのため、この国は魔法が発達し、他の国は科学が発達した。そして科学の発達には目覚ましいものがあった。
最近になり、ようやくこの国も外交が広がりつつある。他国の科学力がこの国の国力に追いつきつつあるのだ。国交が開かれるのも時間の問題かもしれない。
9年前のあの夜、エミディオはルアーナの願いを聞いてしまった。偶然ルアーナとの波長が合ったのだ。
寂しい寂しい女の子の願い。
そしてあの夜からずっとルアーナを探し、ルアーナを見つけ、連れ去った。ほぼ勢いで。
「だって、ずっと探していたんだよ!あんなに寂しそうでとてもかわいそうで、でも優しくて!少しでも早く、傍に行ってあげたかったんだ!」
エミディオはそう言っていたが、彼がどれだけ準備に時間を費やしたかヴィオレッタは知っている。
もともと薬に関わりがあった事業を整え拡大し、この国の隣国まで広げた。この国の上層部にそれとなく繋がりをつけ売り込む。
そうして何年もかけてこの入出国に厳しい国に直接迎えに来たのだ。よほどうまく手をまわしたのだろう。
もともと国交もない遠くの国。そしてこの魔法の国は隣国ぐらいとしか付き合いがない。
エミディオはどこまで手を広げ、どんな手を使ったのだか。
ヴィオレッタの場合はもともと母親がこの国出身だったため比較的楽に入国することができ、滞在も許されている。
思えば、父も母を探し回って、ありとあらゆる手を使ったんだったわ。
そしてヴィオレッタは今この国にいる。
(ロランド様にもお会いできたわ)
自然と口元が緩む。
ヴィオレッタがこの国に来た一番の目的はロランドに会う事だった。
ロランドの願いはヴィオレッタに届いていたから。9年前からずっと。
きっと波長が合ったのだ。
ルアーナの事を心配しながらも、ロランドも自身も寂しい気持ちを抱えていた。その気持ちをヴィオレッタは拾ってしまったのだ。
「お嬢様、便箋のご用意ができました」
「わかったわ」
ヴィオレッタは文机の前に座る。
そうしてエミディオとルアーナに手紙を書き始めるのだった。