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04.牧場

 人の命を奪い代価を得ることを生業としてきた。


 もともと銃が得意というのもあったが、なるべく遠くから狙うようにしてきた。

 遠くから狙えば狙うほど、相手に察知されずに済むし、何しろ逃げやすい。


 けれど、一番の理由は『血』を見なくて済むからだ。


『血』が苦手。


 暗殺を生業としている者にとっては致命的な欠点だ。

 その欠点を補うために培った技術が遠方からの狙撃だった。


 たったそれだけの事だったのに、いつしかグリムリーパーなどと呼ばれるようになってしまった。


 最後に仕事をしたのはいつだったか……。


 近距離からしか狙う場所がなく仕方なく殺ったが、それが悪かった。

 思いの外血が飛び散って、そのせいで食事がのどを通らなくなった。

 おかげで餓死しかけてこっちが死ぬとこだった。


 ご褒美に買っておいたイチゴも腐らせるほどに……。


 だから、しばらく『仕事』を休むことにした。

 休んでいただけなのに、どういうわけだか伝説のように語り継がれている。

 それだけなら良かった。


 知らぬ間に『グリムリーパーを殺ったヤツは、殺し屋のトップに君臨できる』という変な噂が飛び交い、今では億単位の懸賞金までかけられてしまった。


 そのせいで、狙撃を得意とする殺し屋が次々と消されている。


 可哀そうにとは思うが、俺の知ったことじゃないというのが本心だ。

 なにしろ未だに俺の周りは平穏だからだ。


 それに、万が一殺し屋が俺の前に現れたとしても、黙ってやられてやるつもりはない。


 だが、ゾンビのようなヤツに追われるのは話が違う。


 血をダラダラ垂らしながら平然としているヤツをどう倒せばいいんだ?


 ようやく平穏にイチゴを食べられる日常を送れるようになったのに、あんな光景見せられたんじゃ当分イチゴは食べられない。


 それどころか、普通の食事ですら受け付けなくなる。


 これじゃあ餓死する……。


 なるほど、ある意味俺を殺せるってわけか。

 よく考えたな。

 こんな方法があるとはな。考えもしなかった。


 だが、俺からイチゴを奪うやつは誰であろうと許さない。

 当分イチゴを食べられなくしたあの小太りの男。


 俺のコーヒー豆も奪いやがって、ただじゃすまさない。

 考えれば考えるほど腹が立ってくる。


 ホント憎たらしい奴だ。


 あいつのせいで当分イチゴが食べられない。

 イチゴを美味しく食べたくて、『仕事』を休んでいたのに。


 それなのに……。

 憎い、憎い憎い憎い、にく……い? 

 ん? 


 ……………………な……んだ?


「――――く、くさいッ! くさい、クサイ、臭い、くさぁーいッ! なんなんだ、この臭いはッ!」


 叫び声と共に目を開けた。


 すると、信じられないモノが目の前に居た。


 薄汚れたピンク色の肌に大きく膨れた腹、それを支える足は短くて太い。

 平らの鼻に湾曲した尻尾の生き物が、ブヒブヒと鳴き声を上げている。


 豚だ。


 どこからどう見ても豚だ。豚意外の何者でもない。


 その豚が居た。


 目を開けたらそこに豚が居た。

 しかも一匹じゃない。1、2、3……10匹以上はいるだろうか。


 何故豚が?


 疑問ばかりが頭に浮かぶ。

 それもそのはず。


 目を覚ました時、目の前に豚が居るという環境で俺は生活をしたことがない。


 ここは……。


「どこだ?」


 誰に言うでもなく、吐いた言葉。


 目覚めた時に豚が目の前にいたこともないが、寝て起きた時に同じ空間に人が居たこともない。


 だから、はなから答えを期待した問いではなかった。

 けれど答えはすぐに、それもあっけなく返ってきた。


「牧場だよ」


 頭の上から降ってきた声に思わず身構える。


 そして、目に飛び込んできた景色にギョッとなった。


 暖かい光が降り注ぐ、見渡す限りの草原。

 そこに豚と、額に穴が開いた血みどろ顔をした青年が居た。

 温かくて気持ちがいいと思っていたら、青年が俺を包み込むように抱きかかえていたからだった。


 慌てて青年の腕から逃れる。


 すると、青年はキョトンとした顔で俺を見た。


 端正な整った顔はカッコいいというより美しいという形容がしっくりくる。

 ふんわりと柔らかそうなウエーブの髪は金色に近いアッシュ系。瞳の色は灰色がかっていて異国情緒というより、少し人間離れした美しさを感じる。


 妖艶な色気があるのにどこか少年のような幼さをも持ち合わせていて、なんとも不思議な雰囲気を纏っている青年だ。


 天使だと言われたら信じてしまえるような風貌だが、頭に銃弾がぶち込まれているし、顔は血みどろだ。


 それなのに顔色が悪いわけでもなければ、具合が悪い素振りさえも見せない。


「なんなんだよ、お前はッ!」


 思わず叫んでしまったが、青年は不思議そうに首を捻っている。


 何でよりよってコイツがここに居るんだッ!


「な、なんでお前……君がここに?」


 気を失う前に話しかけてきた奴だ。

 なんでそんな男の腕の中で俺は眠っていたんだ?

 いや、眠っていたというのが間違いということもあり得る。

 何しろ、一緒に居る青年は頭に銃弾をぶち込まれているのだから。


 それに、この青年は『グリムリーパー』を探していた。

 そう考えると、俺もついに『生』に終止符を打たれたという事かもしれない。


 それにしてはずいぶんあっさりしすぎている気はする。


 でも、案外『死』はそんなものかもしれない。


 とはいえ、あの世だというにはあまりにも想像とかけ離れた場所だ。


 まさか『あの世』と呼ばれる場所が、『牧場』とは思いもよらなかった。

 まあ、これまであの世に送った人間はたくさんいたが、あの世の話を聞かせてくれる奴は誰もいなかったから、想像と違っていても仕方ないのかもしれない。


 これまでの固定観念が覆されただけだ。


 本来、あの世とこの世の境が牧場だろうと、そこに豚が居ようと、三途の川が無くても 正解は誰にも知り得ない事なのだから。


 そして、考えるべきことは、あの世が『牧場』か否かではない。


 『これからどうするか』なのだが、情報が少なすぎる。


 こうして会話ができるなら、その手を使わない理由はない。


「君の目的は?」


 尋ねると、青年は少しだけ目を見開いた。


「目的……」


 青年は何か考えるような仕草をする。

 質問した答えを探すように。

 そしてひとつの答えを口にした。


「あなたにお肉を食べさせること」


「え?」


 どうしてそうなる!?


 頭を撃たれたせいでイカレてしまったということか。


 無意識に青年の頭に視線がいってしまい、また意識を手放しそうになって慌てて視線を逸らした。


 死体は見慣れているが、どうしても血に慣れることは出来ない。

 その時、紙袋に目が留まった。


 ちょうど青年の頭に合いそうな大きさだ。

 取り違えた紙袋。


 その中身はコーヒー豆ではなくUSBと書類の束が入っていた。

 とりあえずUSBはシャツの胸ポケットに、書類の束は丸めてズボンの後ろのポケットに突っ込んだ。


 空になった紙袋を青年に渡したが、首をかしげるばかりで受け取ろうともしない。


 当然と言えば当然かもしれない。

 空の紙袋を無言で渡さされれば怪訝な顔もしたくなる。


「頭に銃弾ぶち込まれて平然とされていると、気分が滅入るんですよ。申し訳ないけど被ってもらってもいいですか?」


 抵抗されるかと思いきや、青年は素直に受け取るとあっさりと紙袋をかぶった。


 よし、これで状況を整理できる。


 さて、何から紐解いていこうか。


 まずは――。


「肉、食べないの?」


 こちらが口を開く前に、青年が聞いてきた。

 しかも、全く予期していなかった言葉に面食らってしまう。


「は?」


「肉が食べたかったんじゃないの?」


 何を言っているんだコイツは。


「あなたが肉を食べたいって言うからここまで連れてきたのに」


 何故か青年は不貞腐れたような口調だ。

 身に覚えがないことなのに、まるで、こちらがわがままを言っているようでなんだか釈然としない。


「私が肉を食べたいと言ったかは知りませんが、何故牧場ですか? しかも、どうして豚なんですか?」


「え? 牛がよかった? あ、でも牛ならあそこにいるよ」


 そう言って指をさした。


 見れば、柵の向こうで牛がムシャムシャと草を食べていた。


「牛もいるんですね……って、そうじゃないです。普通、肉が食べたといったら焼肉かステーキでしょ。寿司が食べたいからといって海には行きませんよね?」


「ハハハ……、そうだね」


 そうだねって、にこやかに笑われても……。


「だいたいあれをどうやって捕まえるんです?」


 答えを期待していたわけではないが、青年がすぐさま答えを返す。


「僕、捕まえてこようか?」


「君が捕まえる?」


「うん、待ってて、すぐ捕まえてくる。牛と豚、どっちがいい? やっぱり牛?」


 まるで自販機でジュースを買うくらい簡単な事のようにサラッと聞かれて、思わず、『牛で』って軽く返事をしそうになる。


「いや違う、捕まえてこなくていいですよ」


 引き留める俺を、青年は心底不思議そうに首を傾げる。


「どうして?」


 どうしてって……。


 考えれば分かりそうなもんだろ普通。いや、考えなくても分かるよな。


「捕まえてきてどうするんですか?」


 魚じゃあるまいしその場でさばいて刺身で食うってわけにはいかないだろ。

 でも、青年の答えは違った。


「えっと、まず皮を剥いで……」


「剥がない」


「あれ? じゃあ、内臓を出すのが先?」


「アホかッ!」


「え、もしかしてそのまま丸焼き――」


「しねえよッ!」


 被せ気味に叫んだ俺の顔を見て、青年は意味が分からないというように首を傾げる。


「じゃあ、どうやって食べるの?」


 バカなのか? コイツは。


 やっぱり頭を撃たれていかれちまったようだ。

 その辺にいる獣を捕まえてその場で食べるって、いつの時代の人間なんだよ。


 俺は野生児か?

 無人島生活でも始めるのか?

 どうやってって、知るかよッ!


 まず皮を剥ぐとか、内臓出すとかこっちはそんなことすら想像もできやしない。


 もしかして天使に見せかけた悪魔か?


 ただでさえ血が苦手なのに、目の前で生きてる牛の皮を剥いだり内臓出されたら、俺はそっから先飯が食えなくなるだろ。


「餓死させる気かッ!」


 そういえば、コイツはグリムリーパーを探していたっけ。

 殺したいんだろうから、ある意味目的は達成されるわけだけだが……。


 青年との会話が生々しくて、なんだか気持ちが悪くなってきた。

 思わず口元を手で押さえた俺を見て、青年はスッと立ち上がった。


「すごくお腹がすいているんだね。すぐ捕まえてくるからちょっとだけ待ってて」


「待て待て待て待て、そうじゃない……です」


 相手の発言が突飛すぎて、どう反応を返していいのか分からなくなってくる。


 けれど、男はこちらの気などお構いなしだ。


「え? だってすごくお腹が空いているんでしょ? 顔色も悪いし。すぐ捕まえて焼いてあげるから待ってて」


「いや、焼かなくていいから」


「え? 生で食べるの? ああ、牛刺しっていうんだっけそういうの」


「だ~か~ら、食べないって言ってんだろ……じゃなくて、食べませんよ」


 青年は訳が分からないというような顔をしている。

 こっちの方が混乱してくる。


 目をクリクリにさせて不思議そうな顔をされたら、自分の常識を疑いたくなる。


 全くもって会話が成立しない。


 もしかして、自分がおかしいのか?


 いや、そもそも肉を食いたいからといって牧場には来ない。

 ジビエが注目されているとはいえ、あれは野生鳥獣が対象であって、けっして牧場で飼育されている動物を食したりはしない。


 第一、人間は頭に銃弾をぶち込まれれば生きてはいられない。

 それなのに、頭から血を垂れ流してるやつが牛を捕まえてきて食おうって言うんだから何が何だかさっぱりわからん。


 軌道修正しなければ、余計に話がややこしくなる。


「よし、話を整理しましょう」


 俺の言葉に青年が素直にコクンとうなずいた。


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