30.脱出
連れてこられたのはコンピュータールーム。
ここには確か松浦が囚われていたはずだ。
それを証拠に見張りが多い。
けれど、見張りが襲ってくることはなかった。
『泰雅』が一緒だからだろう。
いや、一緒というより『捕らわれた』というべきか……。
襲ってこそこないが、敵意をむき出しにした視線が容赦ない。
でもそのすべてが俺に向けられたものばかりではない。
味方とはいえ、アンドロイドを認めていないのか、『泰雅』にも刺々しい視線が向けられていた。
部屋の中に入ると、やはりそこに松浦が居た。
松浦を最後にみてからそれほど時間が経っていないのに、すごくやつれたように見えた。
松浦はパソコンの前に座って、忙しなくキーボードを打っている。
おそらく松浦は、西垣やよいが暗殺者用に改ざんしたデータの不具合を直しているのだろう。
「侵入者はすべて殺せと言われたはずだ」
重く突き刺さるような声が飛んできた。
発したのは黒いスーツを着た男だ。
参謀といったところか。
その隣に、『泰雅』をリセットした男が、黒革の椅子に腰かけている。
『泰雅』が言うところのボスだ。
参謀の声に反応して、松浦がパソコンの画面から目を離しこちらを見た。
一瞬目が大きく見開かれたが、すぐに絶望へと突き落とされたような表情になってしまった。
俺が半ば引きずられるように連れてこられたせいだろう。
自分はもとより、恋人の結奈も助からないと思っているに違いない。
その考えはあながちハズレではない。
なにしろ、こちらは丸腰なのに対して、10人くらいの敵に囲まれているのだから。
「なぜここへ連れてきた?」
参謀が懐から銃を出そうとしたとき、ボスが片手を上げてそれを制する。
「わざわざここへ連れてきたんだ。何か意味があるんだろ?」
ボスがニタリと不敵な笑みを浮かべる。
「グリムリーパーを見つけたんだ」
『泰雅』の言葉に、その場が失笑であふれた。
無理もない。
半ば伝説と化し、誰も何ひとつ特徴を掴んでいない殺し屋を連れてきたと言われて、『はいそうですか』と信じる人間はいない。
「そいつがグリムリーパーだと? 冗談にもほどがある」
参謀が明らかにバカにしたように吐き捨てた。
「冗談なんかじゃないよ」
『泰雅』は不貞腐れたように口を尖らせた。
いったい『泰雅』は何をしたいのだろう。
グリムリーパーは歴とした賞金首だ。
俺を殺して賞金でも手に入れたいのだろうか。
『泰雅』がグリムリーパーと口にした途端、トゲトゲしかった視線が値踏みするような視線へと変貌した。
その中で唯一目線が変わらなかったのが、ボスだ。
「それで? グリムリーパーだとして、それが何だというんだ?」
特に興味がないのか、淡々とした口調でボスが『泰雅』に聞いた。
『泰雅』はその質問に対して、臆することもなく堂々と胸を張った。
「僕はグリムリーパーとともに在りたい。だから、僕を解放して」
その言葉に、ボスの目に不穏な色が浮かんだがすぐに消えてしまった。
ボスがフッと笑みを浮かべた。
でもその笑みは冷たく残酷なものだった。
「そいつがグリムリーパーだというなら、その証拠を見せろ」
ボスは机の上に置いてあった一枚のメモ用紙を取った。
徐に松浦のところまで行くと、作業を中断させて壁際に立たせると、メモ用紙を持たせた。
そのメモ用紙を頭の上に掲げるように指示をすると、こちらに視線を投げてきた。
「グリムリーパーは尋常ならざる銃の名手。この紙を撃ち抜くことは容易いはず」
そう言うと、参謀に目配せした。
参謀は懐から銃を出すと、弾をひとつだけ装填して俺に差し出してきた。
めんどくせぇ~
弾が一発しか装填されていないという事は、メモ用紙を撃ったらそれこそ賞金目当てで一斉に襲ってくる。
仮に外したとしても、グリムリーパーではなく単なる侵入者ってことで、あっさり始末されること間違いない。
じゃあ、ここでボスを狙ったとしよう。
ボスがいなくなれば、すぐに参謀がボスへと世代交代がなされるだけで、俺はすぐにハチの巣になる未来は変わらない。
八方ふさがりってのはこういう状態のことか。
なんて呑気なことを考えている場合じゃない。
「早くしろ」
銃をなかなか受け取らない俺に、参謀が苛立たし気に銃を突き付けてきた。
仕方なく銃を受け取り、松浦を見た。
松浦は真っ青な顔で、メモ用紙を頭の上にかざしている。
およそ縦横10cmほどの小さな紙。
距離は3メートルってところか。
ある程度腕に自信のある奴でも、あの小さな的に当てるのは難しい。
ここに居るすべての者たちが松浦の死を確信しているだろう。
それは本人が一番自覚しているに違いない。
松浦が持つメモ用紙はフルフルと震えていた。
『泰雅』はといえば、目を輝かせ俺を見つめている。
あまりにも楽し気だから、逆にこちらは殺意が芽生える。
いっそのことコイツを撃ってやろうかと真剣に思うほどだ。
でも、それだけは絶対にしてはいけない。
弾の無駄遣いでしかないからだ。
だから、必死にその衝動を抑え込んでいた。
そんな時に罵声が飛んできた。
「構えることもできないのか? ただのチキンじゃねえか」
見張りの男たちの失笑が部屋を埋める。
よし、決めた!
松浦が持っているメモ用紙に照準を合わせ、ゆっくりと撃鉄を起こす。
松浦の顔がさらに悲壮感に歪んだ。
「いいですか。死にたくなければ動かさないでください」
一瞬の静寂の次に、銃声が響いた。
皆の視線が松浦へと注がれた。
松浦は腰が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込む。
参謀が松浦の持っていた紙を取り上げボスに渡した。
紙の真ん中に焼け焦げた穴がある。
そして壁には銃弾が埋め込まれていた。
「まさか本物とは……」
信じられないとばかりにまじまじと紙を見つめるボス。
「ね、言ったでしょ。彼は本物のグリムリーパーなんだ」
嬉しそうにはしゃぐ『泰雅』の場違いな声が響くと、ハッとしたように参謀が顔を上げた。
「ヤツはどこだッ!」
その場にいた者たちがざわめきだした。
その時、怯えるような声が場を制する。
「ヤツは……ここだ、ッた、助けてくれ」
先ほどチキン呼ばわりしたヤツに視線が集中した。
俺はそいつの銃を奪い、盾にしていたからだ。
「やれ」
ボスの短い命令が下された。
「や、やめろ……やめてくれ」
懇願する男声は無視され、一斉に銃弾がぶち込まれた。
「だめぇぇぇぇええええええッ!」
悲鳴に近い『泰雅』の声は銃弾にかき消される。
弾倉に入れられた弾を撃ち終えたのか、静寂が訪れた。
火薬のにおいと血の臭いが立ち込めた部屋に、ハチの巣にされた男の死体がそこに転がった。
「ったく、しぶとい奴だな」
ハチの巣になったのは、見張りの男だけ。
俺よりも肉厚なおかげで、多少のかすり傷は負ったが盾としては十分役にたった。
俺をチキン呼ばわりしたのが運のつきだ。
口には気を付けることだな、と言ったところで、もう話すことすらできないが。
長居は無用。
とっとと松浦を回収して脱出する。
男から奪った銃で明かりを奪う。
明かりに慣れた目は、視界を奪われ動くことができない。
敵は視界を奪われ右往左往する。
先ほど装填していた弾を使い果たしていたため、弾倉は空だ。
弾を入れるにも、暗くてまごつく。
たとえすぐに弾を入れたとしても味方を撃つ危険があるため、銃を撃つこともできない。
俺は攻撃を受けている間に目をつむっていたから、明かりがなくても視界を奪われずに動くことができた。
今を逃したら、脱出は不可能になる。
俺は急いで松浦の元へ駆け寄ろうとした。
が、松浦がいない。
気づけばボスもいない。
やられた。
バリバリバリバリ……。
外からものすごい音が聞こえてきた。
そういえばどこかへ移動するっていってたっけ。
という事は、この音はヘリの音。
松浦とボスは屋上か。
後を追おうとした時だった。
目の前に参謀が立ちはだかる。
「賞金首をこのまま逃がすとでも?」
そう言って立ちはだかった参謀だったが、次の瞬間には壁に突き飛ばされていた。
代わりに目の前に居たのは『泰雅』だった。
「ごめんんさい。こんなことになるとは思わなくて」
泰雅は純粋にグリムリーパーを慕っていたのだろう。
それは皆も同じだと思っていたのかもしれない。
でも実際は違った。
ただそれだけの事だ。
「たいしたことじゃない」
そう返した俺に、泰雅は無邪気な笑みを浮かべた。
「これ、あなたのでしょ」
そう言って渡されたのは、俺の銃とサングラス。
サングラスは俺のではないが、それこそ気を失っている場合じゃないからありがたく受け取ることにした。
感情のない機械ではなく、少しいたずらっぽい笑みを浮かべた泰雅がそこに居た。
「あと10分でここも爆発するよ」
「まだ、配下の者たちがこの建物にはいるだろ。そいつら放って自分だけ逃げる気か?」
「すべてが道具でしかない。そういうヒトだよ」
上等。
指揮官が居なくなった烏合の衆は、あっけない。
この場から逃げる者、参謀にとって代わっていきりたつ者、賞金目当てに銃を撃ちまくる者などすでに組織としては機能せず四散した。
俺がコンピュータールームを出ても、追ってくるものは数人しかいない。
それも容易く倒すことができた。
急いで屋上へ向かうと、ヘリが着陸しようとしていた。
ボスはやはり松浦を連れていた。
俺の隣に居る泰雅を見て、ボスは顔を歪めた。
「しつこいやつらだな」
「あなたにお返ししなければならないモノがあったので」
小さな箱を男に投げて渡した。
「マネキン工場の男の荷物の中に入っていたものです。実は彼の荷物と私の荷物が入れ替わってしまっていたんですよ」
「あの男、ウソを吐いていたわけじゃなかったのか……、それならこいつは不要だ」
そう言うと、ボスは松浦の背中を蹴飛ばした。
松浦がよろけるようにこちらへ倒れた。
「そこの不良品もお前にくれてやる」
そう言うと、ボスはヘリに乗り込んだ。
するとニタリとほくそ笑む。
「不良品は――」
爆音と爆風を立てるヘリの音で最後まで聞き取ることはできなかったが、男の口元は『破棄するに限る』と言っていた。
その言葉を裏付けるように、ボスは懐からスイッチのようなものを取り出しボタンを押した。
でも何も起きなかった。
本来なら、あのボタンを押すと泰雅が爆発することになっていたのだろう。
でも、その爆弾は木南の手によってすでに取り外されていた。
そして俺の家に入った空き巣がすでに使用済みだった。
それを知らないボスは悔しそうにスイッチをかなぐり捨てた。
自ら手を下さずともあと数分もすれば建物が爆発する。
だからなのか、ボスを乗せたヘリは建物から離れていった。
部下を見捨てた指揮官は、自分だけ安全な場所へと逃れていく。
そう思った時だった。
凄まじい音とともにヘリが突然爆発した。
まあ、うすうすは気づいていたことだが、あれはマネキン工場の男の執念深さの賜物だ。
先ほど渡した小さな箱。
あの中にはUSBが入っていた。
殺人アンドロイドを作製するための情報が入いていると見せかけた爆弾だ。
パソコンに差した途端に爆発する、そう仕掛けられた爆弾だった。
ボスは空に散った。
とはいえ、脅威が去ったわけではない。
この建物に爆弾が仕掛けられている。
早くこの場を離れなければ……。
「こっちへ! 早くッ!」
背後から声をかけられた。
振り向くと、そこに須賀警部がいた。
非常階段から上がってきたのだろう。
見れば、下はすでに機動隊がいて、中に居た者たちが制圧され外へと脱出していた。
誘導されるまま階段へと向かうが、そこに泰雅の姿がないことに気づいた。
まさか……。
「あいつ」
思わずイラっとしてしまう。
ホントに勝手な奴だ。
きっとネコを探しに行ったのだろう。
どこまでも自分勝手な奴だ。
あんな奴、俺の知ったことじゃない。
もう二度と血を流さない。
あいつを雇うと決めた時に決めたルールをアイツはいとも簡単に破った。
そんなヤツのことなど、どうなろうと俺にはもう関係ない。
そんなことより早くこの建物からでなければ、こちらの命が危ない。
急いで階段を下りた。
息を切らせもたつく松浦を引きずるようにして建物から数メートル離れた時、爆音が響き渡り夜空を炎が赤く染めた。
黒煙がモクモクと立ち上がるその建物から、姿を現したものがいた。
「建物から出てきた者がいます! 至急救助を――」
そう叫んだのは相田だったが、煙の中から現れた人物を目にした途端言葉を詰まらせた。
それもそのはず。
目の前で顔面に弾丸をぶち込まれぶっ倒れた人間が、煤だらけとはいえ無傷で出てくれば度肝を抜かれるだろう。
爆発した建物から出てきたのは泰雅だった。
しかも、両手にネコを抱えていた。
その姿を見て真っ先に駆け寄っていったのは、黒崎少年だった。
両親の制止を振り切り、泰雅の元へかけていく。
泰雅から猫を受け取ると、黒崎少年は満面の笑顔を浮かべた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
そう答えた泰雅は、嬉しいようなそれでいて少し悲しい表情をしていた。
「何故そんな悲しい顔をする?」
俺の問いに、泰雅は今にも泣きだしそうな顔をする。
「僕、ルールを破っちゃったから……あなたがグリムリーパーなら僕はサイス。あなたが銃なら僕は銃弾。剣ならそれを納める鞘になりたかったのに。イチゴにシャンパンが必要なように、あなたにとって僕は必要な存在になりたい。でも……」
ずいぶんと好かれたもんだ。
でも、泰雅は俺との約束を破った。
約束を破ったから速攻クビ、そう宣告しようとする俺の前に、相田が割って入ってきた。
「どういうことか説明して頂けますか?」
納得がいかないという顔で問いつめてきた。
無理もない。
一番驚いているのは相田だろう。
自分の軽率な行動で目の前で撃たれてしまったのだから。
それなのに何もなかったかのように目の前に現れたら、まるで幽霊でも見たかのような表情になるのは致し方ない。
説明が必要なのも分かる。
でも、簡単に説明することもできない。
説明したところでその後の状況が面倒くさいことになること必至。
だったら、何もなかったことにした方が楽。
腹立たしいが、仕方ない。
「今回は目をつむる。だから、いいか。絶対に口を挟むなよ」
泰雅に耳打ちすると、泰雅の顔がパッと笑顔がこぼれた。
俺は相田に向き直り、素知らぬ顔してウソを吐く。
「悪い夢でも見ていたんじゃないですか?」
とぼけてみたが、そう簡単に納得してくれるわけもなく、相田が否定する。
「そんな馬鹿なッ!」
「馬鹿なと言われましても、現に彼は生きてここに居るわけですし……」
尚も詰め寄ろうとする相田の肩を、須賀が掴んだ。
「彼は生きている。銃弾も受けてはいない。それが今の時点で分かっていることだ。これ以上問い詰めたところで得るものは何もない。そういう事でいいですか?」
何かを察したのか、単に今はそんな状況ではないという事か、相田をなだめ話を切り上げる須賀。
その言葉にうなずく。
「彼の件はこれで納めますが、今回の事件のことは後できちんとお話を伺います」
話が分かる人でよかったと、安心する間もなく締めるところは締める須賀は、やはり厄介な奴だった。




