29.空虚
倒れている見張りの二人を拘束しながら、清水が戸惑うように声をかけてきた。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
木南の言葉を思い出して、椅子で思いっきり首の根っこを思いっきり椅子で殴ったら『泰雅』はピタリと動かなくなった。
清水は解放されて、『泰雅』はそのままぶっ倒れて今に至るわけだけど……。
先ほどまで『泰雅』に首を絞められていたせいで清水の声はしゃがれているし、首にはくっきりと指の跡がついている。
「何ですか?」
「彼、爆速で突っ込んでいったあなたのお仲間にそっくりなんですが」
やっぱり覚えているよな、と思いつつ返事をする。
「はぁ~」
「でも彼、確かに頭を撃ち抜かれたんですよ」
それ、俺もしっかり見たけど、そしらぬふりして言葉を返す。
「へぇ~」
「彼は、双子ですか?」
思ってもみなかった言葉に、どう答えていいのか言葉に詰まった。
そもそも泰雅は人の手によって造られたものだ。
同じ人形やおもちゃがいくつも造られるのと同じように、全く同じ『泰雅』が造られていたとしてもおかしくない。
そう考えると、双子というのはあながち間違いではないが、こんなのが2体も3体もいたらゾッとする。
だから、双子だと答える気にはなれない。
ではなんだ……?。
ロボット、アンドロイド、殺人兵器、暗殺者それとも……探偵?
いくら考えても答えなんて出るわけがない。
「申し訳ありません。仲間といっても私の事務所で働くことになったのは2・3時間前の話なので、実をいうと彼のことは全くと言っていいほど知らないんです。だから、彼は双子かもしれないし、そうでないかもしれない。私の知っている『彼』かもしれないし、全く知らない他人の空似的な、まったくの別人なのかもしれません」
清水が大きく目を見開いた。
「よく知りもしない人間を雇ったんですか?」
信じられないとばかりに清水が首を振る。
「成り行きで……、そもそも雇う気はなかったんです。むしろ今からでもなかったことにしたいくらいで――」
清水は少しイラついたように俺の言葉を遮った。
「あの、まったく理解できないんですけど」
「要は、『彼』は私の知っている『彼』ではない、という事です」
出来るだけ簡潔に言ったつもりだが、清水は理解できないという顔をした。
まあ、清水が理解できようができまいが、今やることはただ一つ。
「早くここから抜け出しましょう」
清水がいれば黒崎少年と結奈の二人を連れてここから脱出するのも、そう難しいことではないだろう。
松浦を連れ出すのは、二人を安全なところへ避難させてからだ。
隠れていた二人を連れて部屋を出ようとしたが、清水が躊躇する。
「彼はこのままでいいんですか?」
「彼にロープをかけたところで、時間稼ぎにもなりませんよ。目覚めないことを祈るのみです」
言ったとたんに、『泰雅』が動きだした。
「……んん……」
むくりと『泰雅』が起き上がった。
思っていたよりも早く意識が戻った。
まったく歯が立たなかった清水の顔が青くなる。
このまま逃げても『泰雅』は追ってくる。
透視ができる『泰雅』はどこに隠れても逃れることはできない。
それなら二手に分かれたほうがいいだろう。
「二人を連れて先に行ってください」
俺の言葉に、清水が異を唱える。
「あなた一人で彼に敵うと?」
ボコボコにされた清水だからこそ、相手の強さを身にしみて感じているはずだ。
でも『泰雅』が無敵であることは、俺のほうが知っている。
目の前で、何度も『人間ではない』ことをみせつけられたのだから。
敵うわけがない。
しかも、黒崎少年と結奈を抱えて戦う事はさらに難しい。
そんなこと言われなくても分かってる。
でも、泰雅が……俺の知る泰雅でも別の『泰雅』だったとしても、俺以外のヤツをボコるのも、ボコられるのも気に入らない。
ただそれだけだ。
「あなた一人で二人を守ることは荷が重いですか?」
嫌みな言い方をしてみた。
清水の顔が怒りに赤くなる。
「そんなわけないでしょ。『逃がされる』っていうのが、癪に障るだけです」
「勘違いしないでください。私はひとりの方が逃げやすいからあなたに押し付けているだけですよ」
ひとりならこの場を切り抜けられる可能性が大きいという、ただそれだけの事。
面倒を清水に押し付けているだけで、決して、自己犠牲ではないしそこまで俺はお人好しじゃない。
「……あくまでボクに押し付けるというスタンスなんですね。……わかりました。二人はボクが責任を持って連れて帰ります。あなたには聞きたいことが山ほどあります。だから――」
最後の言葉を苦虫を噛みつぶしたような表情で飲み込むと、清水は二人を連れて部屋を出ていこうとしたとき、結奈が懇願するように俺の顔を見た。
言いたいことは分かった。
「松浦さんは必ず連れて帰ります。それと、チャコも」
結奈は深々と頭を下げた。
その隣で黒崎少年が不安そうな顔をしていた。
「チロも必ず連れて帰ります」
すると不安な表情の中にも、少しだけ安堵の色が広がった。
「では」
そう言うと、清水と結奈、黒崎少年は部屋を出ていった。
すぐにでも清水たちを追うのかと身構えたが、『泰雅』は起き上がっただけで、ピクリとも動かなかった。
先ほどまで清水を毛嫌いしていたのに、出ていく清水にまったく関心がないのか、『泰雅』は後を追うそぶりもない。
それどころか清水が連れていった人質のことさえまったく気にかけない。
まだ、うまく起動できないのだろうか、それとも強くぶっ叩きすぎて壊れてしまったのか。
顔を覗いてみると、少しだけ表情に感情が見えるような気もするが、気のせいだろうか。
木南の言葉のままに『泰雅』の首の根元をぶっ叩いただけなのに、人格が変わったように大人しくなってしまった。
そう考えると、リセットされたと考えるのが妥当なんだろうが、はたしてどこまでリセットされたのか……。
呆然として動かなかった『泰雅』が、動きを確かめるようゆっくりと動き出した。
周りを見渡す『泰雅』の視線とぶつかった。
その途端、泣きだしそうな、それでいて嬉しそうななんとも言えない表情を浮かべた。
「君は誰ですか?」
先ほどと同じ質問をした。
「……僕は――」
俺の問いに戸惑いながらも口を開いたとき、騒がしい足音がこちらに近づいてきた。
ドガドカと音を立て、軍隊のような服を着た男たちが3人部屋に入ってきた。
拘束された見張りの男たちを見つけ、リーダーらしき男が怒鳴った。
「どういうことだッ!」
『泰雅』の表情から一瞬にして感情が消えた。
「彼らが役不足ってことじゃない?」
先ほどの戸惑いの表情はきれいにかき消され、全く感情のない平坦な声で『泰雅』が答えた。
その答えに男が怒りに任せて怒鳴り散らかす。
「何バカなこと言ってんだ……あれ? 人質は? 人質はどこに行った?」
「見張りが役に立っていないんだから、当然逃げるでしょ」
少し馬鹿にしたような響きが気になったのは俺だけのようだ。
まあ、男はそれどころじゃないのかもしれない。
人質が居なくなったんだ。
そりゃあ、一大事だ。
「逃げた? どこに!」
「そんなの僕が知るわけないじゃん」
ごもっとも。
とは思ったが、確か透視ができたはずだ。
この建物内なら視えるはずなに、泰雅は清水たちの行方を教える気はないようだ。
俺の知る泰雅に戻ったのか、はたまた『泰雅』の気まぐれなのか。
今はまだどちらなのか判断できない。
そして、男は『泰雅』の能力を知らないのか、それ以上は追及してこなかった。
男はてきぱきと部下に指示を下す。
部下たちは入ってきたときと同じように、慌ただしく部屋を出ていった。
ひとり残ったリーダー格の男。
カチリと俺に銃口を向けてきた。
「ネズミは一匹残らず始末しろと命令が下されているはずだ」
「彼は僕の獲物だよ。邪魔しないでくれるかな」
俺に向けられていた銃口を、『泰雅』が払いのける。
「ならいいが、ここはあと30分で引き払う。さっさと済ませろ」
「僕に指図できるのはお前じゃない」
言うなり、『泰雅』は男の顔面に拳をぶち込んだ。
1メートルは飛んだだろうか、男はそのまま白目をむいて動かなかった。
部屋は再び静寂に包まれた。
いったいどいうつもりだ?
仲間じゃないのか?
それとも俺の知る『泰雅』に戻ったという事なのだろうか。
でも、『泰雅』の顔に感情はない。
いったい『泰雅』の中で何が起こっているのだろうか。
インカムも取られてしまった今、木南に聞くこともできない。
分かっていることは、30分しか時間がないという事だけは分かった。
悩んでいても仕方がない。
直接本人に聞いた方が早い。
「君は誰ですか?」
先ほど得られなかった答えが欲しくて、同じ質問を投げた。
どこか寂し気で悲しそうな表情が一瞬だけ、『泰雅』の顔に浮かんだが、すぐに人形のような無表情に戻ってしまった。
「僕は……何者でもない」
『泰雅』の口から出た言葉は、表情とは裏腹な戸惑いの言葉だった。
高性能なアンドロイドだからと自信に満ちてもいないし、人懐っこくて能天気で図々しくズカズカと人の懐にはいってくるわけでもない。
ましてや、兵器として猛進するわけでもない。
目の前に居る『泰雅』は空っぽだった。
こんな奴にもう用はない。
「そうですか」
襲ってくるわけでもなかったから、俺は松浦を探しに行こうとした。
「僕は……僕はどうしたらいいの?」
背を向けた俺に、『泰雅』はすがるように聞いてきた。
知るかッ!
そう言ってしまえば済むことだったが、どういうわけかイラついた。
「君は君のしたいようにすればいいのでは? 私は私のしたいことをします。それだけです。難しく考える必要はありません」
「でも……」
煮え切らない態度にさらに腹が立ってくる。
「でも何です?」
「僕の居場所が……、僕の居場所はどこにもない」
ぐじぐじぐじ……、俺はこういうヤツが嫌いだ。
いつもなら関わることすらしないのに、今日に限っておせっかいな言葉が出てくる。
「君が戻りたい場所が、君の居場所だと私は思いますが」
「受入れてもらえるのかな」
「君の働き次第なのでは?」
その言葉に光を見出したのか、『泰雅』の顔に笑みが浮かんだ。
「そっか、じゃあ、僕はあなたをボスのところへ連れていく」
あ、なんかヤバい方へ導いちゃったんじゃないかな、俺。
そう思ったときには遅かった。
『泰雅』は俺の腕を掴んだ。
しっかりと掴まれた手は、蹴ろうが殴ろうが離されることはなく、俺は成すすべもなく、『泰雅』に引きずられた。




