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28.拉致

 目が覚めた時、鳩尾に鈍い痛みを感じ思わず顔が歪んだ。

 殺されなかったのか。


 安堵というより、現状把握という認識の方が近い。

 椅子に座らされた状態で、椅子の脚に両足を縛り付けられ、両手は後ろに縛られていた。


 幸い視界が遮られてはいなかったが、時計もなければ窓もないから外も見えない。

 どのくらい時間が経過しているだろうか。


 どこだ?

 机と椅子が乱雑に積み上げられた部屋。

 窓はない。

 見張りがふたりと『泰雅』、 そして黒崎学と佐々木結奈もここに居た。


 俺を含めて6人……イヤ違う。もうひとり居る。

 排気口に気配を殺している奴がいる。

 おそらく清水だ。


 救出の時を伺っているのだろう。

 でもこの状況では迂闊に動けない、そんな感じだ。


 黒崎少年と結奈も俺と同じように、椅子に両手両足をロープで縛りつけられていた。

 黒崎少年は怯えてはいるが、結奈が一生懸命声をかけ慰めているからなのだろう。泣いてはいない。

 結奈は少し憔悴しているようだが、動けないほどではなさそうだ。


 探す手間が省けたのはいいが、この場所はちょっと分が悪い。

 窓がないことを考えると、地下である可能性が高い。

 俺一人ならどうにでもなるが、黒崎学と佐々木結奈の二人を連れて地上に出るのは厄介だ。

 正当防衛を演出しての脱出は難しい。


 しかも出入口は一か所しかなし、そこに二人の大男が立っている。

 加えて『泰雅』もいるとなると、脱出は困難極まりない。


 俺が動けば、清水も動くだろう。

 清水が居れば黒崎少年と結奈を連れて見張りの二人をなんとかやり過ごすことはできる。


 でも、『泰雅』だけはどうにもならない。

 しかも、俺の銃を『泰雅』が持っている。


 さて、どうするか。


 まずは拘束を解かなければ話にならない。

 見張りと『泰雅』に気づかれないように様子を伺う。

 もっと緊迫した状態なのかと思ったが、そうでもない。


 すでに飽きているのか、見張りのひとりが大きなあくびをした。

 『泰雅』が居るからなのだろう。

 絶対的優位を信じて疑っていないから、緊張感のかけらもない。


 けど、その『泰雅』は椅子に深く腰を掛け、足は机の上に放り出し目をつむっている。

 寝ているのだろうか、ピクリとも動かない。

 それはまるでマネキンのようだ。

 そう思ったのは俺だけじゃなかった。


「おい、あいつ1時間以上もピクリとも動かないぜ? 故障してんじゃないか?」


 見張りの男が、顎で『泰雅』をさした。


「そりゃあないだろ。あいつにどれだけ金がかかっているか知ってるか? 4億だぞ」


「4億? だったらもっと働いてもらわなきゃ割に合わんだろ」


 そう言うと、男の一人が『泰雅』を起こす。


「おい」


 男の呼びかけに『泰雅』は反応しない。


「おい!」


 先ほどよりも怒気を込めた声にも反応しない。


「おいッ!」


 叫びながら、男が銃で『泰雅』の肩を小突いた。

 ようやく片目を開けた『泰雅』だったが、男を一瞥しただけで再び目を閉じた。


「おい! 不良品。仕事しろよ」


 その言葉にようやく身を起こした『泰雅』は男を睨みつけた。


「僕はあなたたちより仕事してるけど」


「はぁ? お前、さっきからここで寝てただけだろ。俺たちはずっと見張りをしていたんだ。そろそろ交代しろよ。俺たちはあの姉ちゃんを可愛がってやらるんだよ」


 男が下卑た笑いを浮かべた。

 プッと『泰雅』が噴き出した。


「何がおかしい」


「見張り? 可愛がる? あなたたちは何も感じないの?」


 あからさまにバカにしたような物言いに、もう一人の男も黙ってはいない。


「は? 何言ってやがる」


「あのお兄さん、もう意識戻ってるし、なんなら拘束も解いてるよ。それに……、これはいっか。僕はあなたたちがどうなろうと興味ないから何してもいいけどさ、ズボン降ろした途端無事じゃすまないよ」


『泰雅』は俺のことを全く見てもいないのに、拘束を解いていることに気づいていた。

 そして、おそらく清水のことにも気づいている。


 ああ、マジでコイツ嫌い。


 気づかれないようにゆっくり時間かけてたのに、俺の苦労を一瞬で無駄にしやがった。

 気づかれた以上コソコソする必要はない。

 拘束していたロープをぶん投げて何食わぬ顔で立ち上がると、男たちは驚きに声を上げた。

 よりによって『泰雅』に疑いの言葉を投げつけた。


「ど、どうやって縄を? ま、まさかお前、ちゃんと縛ってなかったのか?」


 俺からしたらロープを解くこと自体たいしたことじゃない。

 ある程度の訓練を受けている者ならできるものだと認識していたが、俺の認識が間違っていたようだ。

 さすがに腹に据えたのか『泰雅』が大仰にため息を吐き出した。


「はぁあああああ、僕のこと不良品っていうけど、あなたたちの方が不良品――、えっとこういうの役立たずって言うんだっけ?」


「ああ? ふざけた口きくのもいいけげんに――」


「こっちじゃなくて、あのお兄さん倒さないと人質取られちゃうよ。って、ほら、もう二人のロープも解かれてる」


「何だと? どいつもこいつもふざけやがって!」


 怒りの矛先が急にこちらへ向ってきた。


「物陰に隠れていてくださいッ! こちらが声をかけるまで、絶対に出てこないでくださいね」


 俺の言葉に反応して、結奈が黒崎少年の手を引いたが、黒崎少年は『泰雅』に目を奪われたかのように呆然と立ち尽くしていた。


「お兄ちゃんどうしちゃったの? チロを探してくれたお兄ちゃんとは全然違う」


 別に慰めるわけではなかったが、黒崎少年に真実を告げる。


「彼は、君が知る『お兄ちゃん』じゃない。全くの別人です」


 少し戸惑いを見せたが、黒崎少年は納得したのかそれ以上は『泰雅』のことについて言及せず、結奈に従うように物陰に隠れた。


 ちょうどその時、見張りの男が銃を乱射しようとするのを目の端に捉えた。

 こんなところでぶっ放されたらたまったもんじゃない。


 血が飛び散るだろッ!


 急いでスライディングして、見張りの男の脚を蹴飛ばした。

 すでに引き金に指をかけていた男は、倒れる間際に天井へ向けて銃を乱射した。


 やっべ。

 そこには確か清水が……。


 そう思ったときにガラガラと崩れる天井の瓦礫と一緒に、ひとりの男が落ちてきた。

 キレイに受け身をとるとすぐさま立ち上がり応戦する体制をとった。


 さすがというべきか、見張りの男たちに比べたら華奢に見える清水だが、よく見れば必要なところにしっかりと筋肉がついていてそしてしなやかだ。

 きちんと訓練も受けていて、身のこなしも軽い。


「何してくれてるんですかッ。危うく打たれるところだったじゃないですか」


 清水が怒ったように喚いた。

 といってもそれほど緊迫していないところをみると、言葉ほど切羽詰まった状況ではなかったのだろう。


 良かった。

 ここで殺されていたら、須賀に何を言われるかわかったもんじゃない。


「登場するタイミングがなくて困っていたんだから、結果的によかったんじゃないですか?」


「言い方! 別に困ってはいませんよ」


 清水は少し拗ねたような顔をした。


「無事だったんだからいいでしょ」


 そんなやり取りをしているところに、ゾワリと寒気を感じた。

 見ると、『泰雅』が妙に不機嫌な顔をしていた。


「なんか、仲良さげでムカつくんだけど」


 他愛のない会話。

 和気あいあいでもなければ、楽し気な談笑でもない。

 今の会話のどこに『仲良し』が混じっていたんだろうか。

 思わず清水と顔を見合わせてしまった。


「悪くはありませんが、仲良しではありませんよね」


 清水の言葉にうなずく。


「ええ、決して仲良しでないですね」


 でも、何が気に入らないのか『泰雅』の機嫌はさらに悪くなる。


「僕、あなたのことキライ。お兄さんは僕だけのものだよ」


 清水に対して『泰雅』は敵意をむき出しにした。

 はぁ?

 なんだその独占欲。

 何故そんな感情が湧くんだ?


 答えが出る間もなく、『泰雅』が清水に襲い掛かる。

 それと同時に、見張りの男たちが俺に銃口を向けてきた。


 え?

 なんで俺が二人を相手しなくちゃいけないんだ?


 しかもこっちは丸腰なのに、向こうは銃を持ってる。

 明らかにおかしいだろこの状況。

 ちらりと、清水の方をみた。

 やっぱりロボット相手は大変そうだ。序盤から苦戦している。


 それに比べたら 所詮二人は人間。

 手間はかかるが倒せないわけじゃない。


 とはいえ、銃を持った相手と戦うのは無謀だ。

 まずは近くに居た男の銃をすぐさま取り上げる。

 相手は一瞬の出来事に何が起きたのかわからずポカンとしている。


 普通なら奪った銃で相手を撃てば済むことだが、俺にとっては危険すぎる行為だ。

 撃つこと自体は簡単だが撃った後のことを考えると、やはりここは銃を使わずに相手を倒す方がいいだろう。


 さすがに気を失っている場合じゃない。

 銃から弾を抜き、弾はポケットに銃は男たちとは真逆の方向へ放り投げた。

 こっちの事情も知らずに、もう一人の男が容赦なく銃を撃ってきた。


 だが、興奮しているせいなのかはたまた下手くそなのか、弾が俺を避けているんじゃないかってくらい当たらない。


「くっそ、なめたマネしやがって」


 自分に腕がないことを棚に上げ、ひとのせいにするかのような言葉を吐く。

 それには少しイラっときたが、ガマンガマン。


 でも、いくら当たらないからといっても乱射されては邪魔くさいだけだ。

 もう一人の男の銃を足でなぎ払った。

 銃は結奈たちが隠れている方へと飛んでいった。


「結奈ちゃん、その銃持ってて」


「は、はいッ!」


 結奈がひょっこりと現れ、転がっていた銃を拾うと、また物陰に隠れた。

 よし。

 これで銃による出血は気にしなくて済む。

 でもさすがに相手もおとなしくしていてはくれない。


「うぉおおおおおおッ」


 雄たけびを上げながら拳を振り上げて襲い掛かってきた。

 すかさず腹に蹴りを入れると、男は後方へ吹っ飛んだ。


 もう一人の男もすぐさま蹴りを入れてくるが、スピードもなければ威力もない。

 相手の懐に入り込み、顎に一発ぶち込む。

 男はそのまま後ろにぶっ倒れた。


『正当防衛』


 ふと、呪縛の言葉が頭に浮かんだ。

 こっちが無傷だと『正当防衛』にならないんじゃないか?

 少しは殴られたほうがいいのかもしれない。


 先ほど腹に蹴りを入れた男が懲りずにまた拳を突き上げてきた。

 思わず避けてしまいそうになるのをグッとガマンして、頬で拳を受け止めた。

 効いていないのを悟られないようにうずくまった。

 それを見て、男は「よっしゃ」と喜びの声を上げた。


 そしてもう一人の男も意気揚々と襲い掛かってきた。

 すると、しゃがんでいる俺をボールのごとく二人で蹴ってきた。

 一方的に攻撃を受けているとだんだん腹が立ってきたが、自分に何度も言い聞かせる。


「正当防衛正当防衛正当防衛……」


 あれ? 

 どんだけやられたら正当防衛になるんだ?

 そろそろやり返してもいいか。


「ちょっとッ! 何やってるんですか。そんな奴らあなたなら一発でKOできるでしょ。遊んでないでこっち来てくださいよ」


 見れば、清水は早くも劣勢だった。


「ひとつ質問。どのくらいやられたら正当防衛になるんですか?」


「何バカなこと言ってるんですかッ! 丸腰の相手に銃で向ってきた時点で正当防衛でしょ」


 マジか……。

 ってことはやられ損じゃん、俺。

 そうと分かれば、反撃開始。


 まずは脛を蹴飛ばし、うずくまった背中に全体重をかけた肘打ちをねじ込む。

 男はそのままうつ伏せに倒れ動かなくなった。

 もうひとりは腹に思いっきり拳を撃ち込んだ。


「ぐふぇ」


 っとうめき声を漏らすと、そのままズブズブとうずくまった。

 顔をみると、白目をむいて気絶していた。

 よし、こっちは終了。


 残るは『泰雅』だが、これが一番の難関。

 清水は立っているのがやっとという感じ。

 それでも殺人兵器とまともにやりあって、ここまで持ちこたえているのはさすがとしか言いようがない。


「……この人……、何なの? まるで殺人兵器……みたい」


 清水はビクともしない相手を目の前にして困惑していた。


「そのまさかですよ。こちらの攻撃は蚊に刺されたくらいにしか感じないでしょう。銃も効かないんだから、ほんとたちが悪い」


 俺の言葉に、清水は信じられないというように首を振った。


「そんなんと……どうやって戦うんですか」


「ずっと考えているんですけど、一向に方法が見つからないんです」


「ボクすでにボロボロなんですけど……」


「見ればわかります。どうやっても太刀打ちできなさそうですよね」


 ははは、と笑って返すと、清水は呆れたようにため息を漏らした。


「なんで君がお兄さんと親し気に話すの? なんか腹立つんだけど」


 さらに不機嫌さが増した『泰雅』

 これまでに見たことのないような動きを見せる。

 瞬時に動いたかと思えば、『泰雅』はすでに清水の首を片手で掴み持ち上げる。


 清水は両手で『泰雅』の手を解こうとするが緩むことはなく、足で蹴ろうが殴ろうがビクともしない。

 さすがの清水も抵抗する力を失っていく。


 マズイな……。

 そうだ、左目。

 あいつの左目を狙えばリセットできるはず――。

 俺の思考を読んだかのように、『泰雅』がニタリと口角を上げた。


「左目を貫いてもリセットはされませんよ」


 そりゃそうだ。

 あれだけ人が見ているところでリセットしているんだ。

 同じ方法でのリセットはできないだろう。


 じゃあ、どうすれば……。

 その時、木南の言葉が脳裏をかすめた。

 そういえば、あいつなんか言ってたな。

 えっと……。


『もし泰雅の調子が悪くてどうにもならなくなったら、首の根元を思いっきりぶっ叩け』


 イチかバチか、やってみるしかない。

 近くにあったパイプ椅子を掴むと、『泰雅』の首の根元を力いっぱいぶん殴った。


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