26.停止
施設の中は暗く、人が入らなくなって何年も経っているのだろう、随分とホコリ臭い。
2階建ての建物で、外から見た時は四角形のごく普通のビルにしか見えなかったが、中はドーナツを連想させるような1階から天井まで真ん中が吹き抜けになっていた。
泰雅が車で突っ込んだせいで、1階には人が集まっていた。
別の侵入口を見つけてなんとか潜り込めたが、俺が居るのは2階の図書室。
空っぽの本棚が行儀よく並んでいる。
さて、黒崎少年はどこに居るのか……。
宝生に送ってもらった施設の設計図を見る。
部屋数はざっと見ただけでも30以上はある。
やみくもに探しても時間の無駄だ。
『……ジジジ……碩夢、聞こえるか?』
宝生の声がインカムから聞こえてきた。
「ああ」
『いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞く?』
なんだか嫌な予感がする。
あまり気分を落としたくない。
「悪い話から」
『松浦修二が捕まった』
マジかぁ~。
なんだか面倒くさくなってきた。
「いい話は?」
『みんな同じ建物に囚われている。少年は1階の食堂に、松浦はコンピュータールームいるのが分かった。でも結奈ちゃんの場所だけがまだ確定できない』
いい話にしては微妙な気もするが、皆同じ建物内に居るならそれほど面倒ではないかも。
それにしても宝生にしては珍しい。
特定に時間がかかっている。
そもそも研究施設も兼ねていたようだし、松浦がここに籠って何かやっていた場所だ。
いろいろと探られないよう手を打っているのかもしれない。
でも、宝生ならすぐに結奈の居場所も見つけ出せるだろう。
黒崎少年と松浦の居場所が分かっただけでもありがたい。
「了解。わかったら教えてくれ」
『OK』
短い了承の言葉の後、無線が切れた。
もう一度設計図に目を落とす。
1階の食堂か……。
正反対の場所に位置していた。
移動距離が長い。
せめてガラス張りなら外から射撃できたが、窓が少ないうえにここの壁は妙に分厚くできている。
接近戦しかなさそうだ。
須賀たちの動きも気になるが、それより泰雅のあの行動が気になる。
なぜ一人で突っ込んでいったのか。
黒崎少年の身柄が拘束されていることを考えたら、あまり迂闊なことはできないはずだ。
それなのに、いったい泰雅は何を考えているのだろうか。
はぁ~……。
思わずため息が出た。
冷蔵に入ってるイチゴが脳裏をかすめる。
もったいぶってないで、全部食べてくればよかった。
グジグジ考えていても始まらない。
とっとと終わらせて帰ろう。
図書館から出て周囲の様子を伺う。
物陰に気配をひとつ見つけた。
これは……須賀の気配。
気配を隠しているが、緊張しているのかうまく隠しきれていない。
向こうはこっちに気づいていないみたいだし、須賀ならそう警戒することもないだろう。
ほかに気配は……。
この階には人は配置されていないようだ。
泰雅が起こした騒ぎのせいで、皆そちらに向かったのだろう。
もしかして、泰雅は注意を自分に向けさせるためにあんな事を?
いやいやいやいや……。
あいつがそんな事を考えるわけがない。
突如、さわさわと人が動く気配がした。
下で動きがあったようだ。
1階のエントランスを覗いた。
すると泰雅が何の警戒心もなく、普通に正面入り口から入ってきた。
すぐさま全身黒い装備服を着た者が3人現れ、泰雅にライフルの銃口を向けた。
「止まれッ」
そのうちの一人がライフルを構えながら手を差し出した。
「ネコを渡せ」
「学くんは? 彼と交換でしょ?」
何か取引をしていたようだが、相手は取引する気など全くないようだ。
「この状況でお前に拒否権があるとでも?」
3人に銃口を突きつけられている泰雅は従うしかない。
でも、泰雅は臆する様子もなければ恐怖に怯える様子もない。
逆に銃口を突きつけている男たちのほうが圧倒的優位な立場にいるのに、泰雅に対して恐れを抱いているように見えた。
まあ、車が大破したにもかかわらず、傷ひとつない泰雅に恐れをなしても仕方ないだろう。
泰雅は交渉決裂と判断したのか、一歩二歩と歩みを進める。
「動くなッ!」
男が怒鳴ったが、泰雅はその言葉に従う気がないようだ。
歩みを止めるどころか勢いを増して歩く泰雅に、男たちが照準を合わせる。
引き金が引かれると思ったその時、ゆったりとした低い声がエントランスに響いた。
「ソレにはそんなもの効かないよ」
黒いスーツを着た男が銃を構えた男たちの後ろから現れた。
スーツの男が片手を上げた。
それが合図だったのか、男たちが銃を降ろした。
どこかで聞いたことのある声。
顔に見覚えはないのに、どこかで会ったような気がしてならない。
見るからに表の世界で生きていないのが分かる顔だ。
一度見れば忘れなさそうな顔だが、覚えていない。
「持ってきたよ。学くんはどこ?」
泰雅はネコと黒崎少年を交換する取引をしたようだ。
けれど、男は黒崎少年を連れてきてはいないし、帰す素振りもない。
それに気づいたのか、泰雅が怒りを示す。
「約束でしょ。ちゃんと守ってよ」
男が首を傾げた。
「さて、なんのことかな」
「とぼけないでよ。ネコを連れてくれば学くんを返してくれるって約束したよね。それにもう金城碩夢には手を出さないって言ったよね」
そんな約束までしていたのか。
それにしても、どこかで見たようなやり取りだな……。
そう思ったとき、ひとつの記憶がよみがえる。
コーヒー豆を買いに行ったあの日。
小太りの男とぶつかって中身が入れ替わった。
取り替えてもらおうと後を追っていった先に……。
そうだ!
この男が現れたんだ。
あの時も男は飄々としていた。
小太りの男はこの男と取引しようとしていたが、男は取り引きなどするつもりはなくあっさりと背を向けた。
そして、今もまた、男は約束を守るつもりがないようだった。
「モノと約束などできるはずがないだろ?」
バカにしたような口調で男が言った。
泰雅は一瞬何を言われたのか分からないと言った様子で、戸惑いの表情を浮かべた。
「そこらへんに落ちている石ころと約束などしない、と言っているんだよ」
「石ころ?」
「ああ、そうだ。石ころ……いや、鉄くずといえば分かるかな?」
「何を……言っている?」
「不良品は鉄くずと同じだろ?」
「僕が不良品?」
男は泰雅を完全にモノとしてしか思っていないようだ。
けれど、泰雅は何を言われているのかわからないという顔をしている。
いや、分からないのではなく、理解したくないのかもしれない。
「そうだ。命令に従えないモノは不良品でしかない。そんなものに用はない」
男はバッサリと言い放った。
呆然と立ち尽くす泰雅の手からするりとネコが抜け出した。
猛スピードで廊下を走る猫。
「捕まえろッ!」
男の命令に、男たちが一斉にネコが走っていった方へ駆け出した。
泰雅は逃げたネコを追おうともしせず、ただ茫然と立ち尽くしていた。
「最初から僕と約束する気なんかなかったんだ」
ぼそりと消え入りそうな声を漏らした泰雅を、男が鼻で笑う。
「所詮、お前は私の道具だ。使えない道具は処分するのみ」
味覚も嗅覚も感触も人間と同じように感じる人間そっくりなアンドロイド。
ケガをすれば血が出て、多少の傷なら自己修復機能で治すこともできる。
1万キロ離れたところまで透視もできるし、半径10キロ以内なら盗聴もできる。
7,000言語は話せて、哺乳類なら会話もできる。
そんな高性能なアンドロイドを不良品と見なし、単なる鉄くずだと吐き捨て、処分すると言い放った。
高性能であること事を自負している泰雅にとって、男の言葉はするどいトゲとなって刺さったようだ。
でも。
泰雅は鉄くず……?
俺はそう思えない。
泰雅はちゃんと感情があって、喜びも怒りも悲しみも痛みも感じている。
それを証拠に、泰雅は切なげに顔を歪めた。
「じゃあ、僕を解放してくれるって言ったのは? あれもウソ?」
消え入りそうな声。
それとは対照的に、男の声は力強く傲慢だった。
「いや、ちゃんとお前を解放してやるよ」
その言葉に、泰雅の顔に喜びの笑みが浮かんだ。
「ホント?」
けれど、すぐにその表情は絶望へと変わる。
男が銃を構えた。
その銃口は泰雅の左目を狙っている。
「何を……するつもり?」
泰雅に銃は効かない。
男はその事を知っているし、泰雅は銃を恐れない。
けれど、今泰雅は男の銃口に恐怖を感じている。
そんな泰雅に、男は冷たい笑みを見せた。
「お前を造ったのは私だ。お前を破棄できるのも私ということを忘れたか?」
銃口は泰雅の左目を狙っていた。
『僕の弱点は左目。ここを撃ち抜けば僕は二度と動けなくなる』
泰雅はそう言っていなかったか?
男は言葉通り泰雅を鉄くずにしようとしていた。
それを見て、なんだか無性に腹が立ってきた。
別に泰雅が組織に戻ろうと関係ない。
前の静かな生活に戻るだけだから、裏切られたと感じることもない。
泰雅が鉄くずになろうと壊れてもどうでもいい。
形あるモノいずれ壊れてゴミとなり破棄される、それが世の摂理だ。
生命に『永遠の命』がないのと同じだ。
いくら万能なアンドロイドとはいえ、所詮は造作物。
いつかは壊れ動かなくなる時が来る。
だから、泰雅が壊れようと鉄くずに成り果てようとかまわない。
けれど――。
あいつを、泰雅を意図的に動かなくさせるのはあの男ではない。
俺だ。
ほかの誰でもない俺だけが、泰雅のすべてを奪うことができる。
泰雅だけが俺の命を奪う権利があるのと同じように。
あの男が泰雅の自由を奪うのが気に入らない。
銃を構え男に照準を合わせる。
殺るのは簡単だが、まだ黒崎少年の身柄が確保できていない。
あの男が親玉ならいいがそうじゃなかった場合、ここでヤツを消してしまうと黒崎少年の身に危険が生じるかもしれない。
とりあえず銃を弾くだけにしておくか。
撃鉄を起こそうとしたその時。
「動くなッ!」
正義感にあふれた熱い声がエントランスに響いた。
声と共に現れたのは、相田だった。
「あのバカ……」
俺の心の声をそのまま代弁したような声が聞こえた。
自分の口から出たのかと思うほど、全く同じ言葉だった。
けれど、その言葉を発したのは俺じゃない。
物陰に隠れていた須賀の声だった。
小さな呻くような声で囁いた須賀と目が合った。
その時だった。
エントランスに銃声が響いた。
まさか打つとは思っていなかったのか、相田の表情が凍り付いた。
相田は自分が飛び出すことで、男の行為を止められると思っていたようだが、実際には男は躊躇なく引き金を引き、泰雅はそのまま後ろへと倒れた。
愕然とする相田に、男が銃を向ける。
すると、再び銃声が聞こえたかと思うと、男が持っていた銃が弾かれた。
そこに居た者たちが一斉に銃を構えた。
するとどこに隠れていたのか清水が現れた。
おそらく男の銃を弾いたのは清水だ。
あの華奢な体のどこにそんな力があるのか、清水は相田を担ぐと急いでその場から立ち去る。
その後を男たちが追っていく。
しばらく銃の音が鳴り響いたのち、静けさが訪れた。
やられたか?
そう思ったが、すぐさま男たちの怒声が聞こえてきた。
『あっちを探せ』とか『こっちには見当たらない』など捜索する言葉を拾うことができた。
二人はなんとかその場から逃げおおせたようだ。
「侵入者だ。すぐさま排除しろ。それと、V10Ti9Aの回収」
無線機に向かって短く命令すると、男はその場を去った。
床に倒れた泰雅は、数名の男たちに引きずられるようにどこかへ連れていかれてしまった。




