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25.暴走

 車のヘッドライトだけが、夜道を照らしている。

 柔い光の街灯が等間隔にあるだけの暗い道を運転しながら、思わず苦笑いしてしまう。

 またここへ来るとは思いもしなかった。


 泰雅に連れてこられた牧場。

 けれど、何日か前に見た景色とは全く印象が違う。


 同じ道を通っていても行きと帰りでは見える景色は違うものだけど、それだけではない何かが印象を変えていた。

 夜は畜舎に居るのか、広大な草原には何もいない。


 草の上にのんびりと寝そべっている牛も、モフモフの毛をした羊も、食欲を満たそうとむしゃむしゃと草を食べている豚の姿もない。

 居るべきモノが居ない草原はどこか不気味で、深い闇の中へ続いている道は黄泉の国へとつながっているような錯覚を覚える。


 しばらく車を走らせているとようやく白い建物が見えてきた。

 大学の研究施設だった建物だ。


 四角い2階建ての建物は、当時近代的でデザイン性に富んだ施設と話題にもなっていたが、人が使わなくなった建物というものは、何故か物悲しく見えた。


 依頼人、黒崎学は松浦修二が卒業した大学の旧施設に囚われていると、宝生が突き止めた。

 ブルっとスマホが震えた。


 泰雅からの連絡だ。

 チャコを掴まえ、もうすぐ合流できるという内容だった。

 泰雅が来るのを待つか。


 牛舎のある一角に車を止めたところ、暗闇の中から人が現れた。

 しかも3人も。


 無視してしまえはそれまでだが、その後の事を考えると無下にはできない。

 仕方なく外へ出た。

 職質する気満々で須賀と相田、そして清水がこちらへ近づいてきた。

 なぜ清水がここに?


 そんな思いが顔に出ていたのか、清水の方から答えを口にしてくれた。


「松浦がここに連れてこられたという連絡を受けたんですが、あなたはなぜここに?」


 逆に質問されてしまった。

 一般人である俺が、探偵である事を差し引いてもここを突き止めるのは容易ではない。

 だからなのか、須賀が俺の答えを薄ら笑いを浮かべて待っている。

 答える義務はないが、黙っていると相田がうるさそうだ。

 俺を見る目がどんどんきつくなっている。


「依頼人が無事に家に帰るまでは私の依頼人ですから。ほら、よく遠足は家に帰るまでが遠足っていうでしょう?」


「バカにしてるんですかッ!」


 いきり立つ相田の肩をポンポンと叩きながら、須賀が新たな質問をしてきた。


「依頼とは?」


 ヘンな言いがかりをつけられても面倒なので、ここは素直に答える。


「依頼は3つ。松浦修二の捜索。次に松浦修二の恋人であるエスポワールの従業員、佐々木結菜及び飼い猫の捜索。そして、黒崎学の飼い猫の捜索。その全てがここに集結していると言うわけです」


 すると、容疑者を問い詰めるような、強い口調で相田が聞いてきた。


「黒崎家は探偵に依頼していないと言っていましたよ」


「ええ、私は黒崎家ではなく、学さんから依頼を受けましたから」


「彼は未成年、しかもまだ小学生ですよ」


 言いながら手錠でも出そうとしているのか、相田が左腰部の後ろへ手を回す。

 だとしても、別に後ろ暗いことは何ひとつしていない。


「だから何です? 事前にきちんと説明しましたし、彼も納得の上で契約したんですから、違法性はありませんよね」


 きちんとネコを探し出したわけだし、詐欺でもない。

 なのに、相田は気に入らないらしい。


 「違法性って……保護者の同意もなく、分別のつかない小学生相手に契約って、常識ある大人のする事ですか?」


 鬱陶しいくらいに真面目で職務に熱心な相田。

 そんな相田と接していると、からかいたい欲がムクムクと育ってきて、つい意地の悪いことを言ってしまう。


「子どもだからと言う理由だけで物事の判断ができないと決めつけるあなたのほうが、彼のことを愚弄しているんじゃないですか?」


 案の定、相田は怒りを爆発させた。


「何ッ!」


 相田が俺の胸ぐらを掴んで来ようとしたところを、須賀がすかさず止めに入った。


「こんなところで言い合いをしていても仕方ない。相田、少しは場をわきまえろ。熱くなる相手が違うだろ。あなたも相田をからかうのは止めてください」


 須賀にはバレていたようだ。

 不貞腐れる相田の隣でクスクスと清水が笑っている。


「ボクの可愛い後輩をあまりいじめないでください」


「いや、いじめられてるのは私の方ですよ。善良な市民が三人の警察官に囲まれてるんですか……ら?」


 遠くの方から車のエンジン音が聞こえてきた。

 皆その音に顔を歪ませた。


 バリバリバリ…………。


 エンジン音が普通じゃない。

 他人の迷惑を顧みず危険な運転をする族かと思うような騒音をまき散らしながら、一台の車がこちらへ近づいて来る。

 このタイミングで煩わしい。


 しかも何故こんな何もない牧場を走るんだ?

 誤って入ってきてしまったか? と思ったものの、ものすごい勢いでこちらへ向かってくる様子から迷いは一切感じられない。


 当然と言えば当然なのだが、須賀たちの表情がさらに険しくなった。

 すかさず須賀が相田に指示を出す。


 3人の命が関わる重大な局面に、この爆走してくる車は邪魔でしかない。

 車は全くスピードを落とす気配はなく、猛スピードでこちらに向かってくる。

 爆音が近づいてくるとともに、その車の全貌も明らかになってきたが、その車をみて須賀たちの表情が厳しいものから困惑へと変わった。


 誰もがド派手な車を想像していたが、目の前を通り過ぎていったのは普通の車だった。

 過度に装飾されていたり、交通ルールをあざ笑うかのような仕様が施されているわけでもなく、見た目はごくごく普通の地味な車だ。


 爆音を好んで走る族の車と思いきや、マフラーが壊れた車のようだ。

 スーパーの駐車場に停まっていても何の違和感もない車が、耳を塞ぎたくなるほどの爆音とともに猛スピードで走り抜けていった。

 その車を運転していた者の顔を見て、思わず叫んだ。


「泰雅⁉︎」


 どうした?

 何で?

 何やってんだ?


 怒り、驚き、苛立ち、いろんな感情と疑問が次から次へと湧き上がってくる。

 マフラーがイカれた車を運転していたのは、泰雅だった。


 もうすぐ合流すると連絡がきたけど、あの派手な登場はありえないだろ。

 警戒されて侵入しにくくなる……って思ったそばから施設のほうから爆発音が聞こえてきた。


 見れば車は大破、炎上している。

 門の手前にトラップが仕掛けてあったようだ。

 それにしても、炎の上がり方が尋常じゃない気がするが……。


 どんな攻撃されたらあんなに車が燃えるんだ?

 暗視スコープで見たがよくわからない。


 でも、車から少し離れたところで人が動く姿を発見。

 泰雅だ。


 その腕の中にはネコもいる。

 どういう反射神経をしているのか。

 爆速で走っていたのにネコを抱いて車から脱出するって、人間業じゃない。


 ……人間じゃなかった。

 って、そんなアホなこと言ってる場合じゃない。

 泰雅のせいで、敵陣が騒ぎ出した。


「今通り過ぎって行ったのはあなたのお知り合いですよね」


 お知り合いではない事を望んだが、名前を叫んでしまった以上、シラを切るのは難しい。


「あ、まあ、そうですねぇ」


「何してくれてるんですかッ!」


 それなッ! と俺も思う。


「何がしたかったんですかね」


 逆に質問すると、相田の怒りを助長させてしまったようだ。


「あなたの仲間でしょ! もしかして妨害が目的ですか?」


「まさか。私も驚いているところです」


 と言いつつ、もしかして裏切ったのか? という思いがよぎったのも確か。

 こちら側だと思っていたが、本来泰雅は俺とは相反する組織に属していた。

 そもそも『裏切った』のではなく、それも計画のうちだとすればこの行動にもうなずける。


 現に、車は大破したが無防備な泰雅を攻撃してはこない。

 それが良いのか悪いのか、判断しかねている状況だ。

 こんな状況の中で、のんびりとした声が聞こえてきた。


「あなたが誰かと組むなんて意外ですね」


「やはり失敗だったかもしれません。慣れないことはするものではないですね」


 この後どう対処していいのかもわからない。

 それは須賀たちも同じのようだ。 


「あなたの仲間のせいで、すべての計画が台無しです」


 こちらも同じだ。

 何パターンか救出の方法を考えていたが、泰雅の派手な登場のせいですべて使えなくなった。

 だが、須賀たちはこうなった時のことも想定していたのか、それぞれの役目を果たすべく一斉に散った。


 泰雅はチャコを抱いたまま、施設へと歩いて向かっていく。

 おいおい、いったい何考えてんだ?

 もう、うだうだ考えている暇はない。


 とりあえず、施設に潜り込む。

 後のことはそれからだ。


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