24.戯言
「いらっしゃいませ」
泰雅が笑顔で客を迎える。
エトワール。
前に比べて女性客が増えたような気がする。
結菜が見つかり、無事に出勤するまでは店の手伝いをする事になった泰雅が、いつも以上にキラッキラの笑顔をするもんだから、客たちの顔もほころぶ。
それを見つめる宝生も嬉しそうに声を漏らした。
「彼が無事に碩夢と仕事できるようになってよかった」
その言葉に木南が頷く。
「ホントホント、頑なに拒んでいたからどうなることかと思っていたよ」
「仕方ないだろ、約束しちゃったんだから」
半ばやけくそ気味に言い放つと、バーボンを口に含んだ。
ほんのりとしたバニラの香りを感じるのと同時に、スパイシーな刺激が口の中に広がり喉を刺激する。
この瞬間、ようやくひと息付けたと思った。
空き巣に入られ、部屋の片づけが終わったと思ったら心臓に風穴開けた泰雅が現れ、それを追うように松浦、そして西垣が台風のごとくやってきた。
ようやくキーパーソンから話が聞けると思った矢先に、銃弾がぶち込まれ俺の大事なイチゴが犠牲になってしまった。
今更ながら沸々と怒りが湧いてくる。
俺のイチゴ――。
「そういえばオレが渡したヤツどうした?」
「ああ、あれか。空き巣に盗まれた」
「え? 空き巣に? そういえばお前の事務所の近くで爆発騒ぎがあったな。そうかそれはちょっと可哀そうなことしたな」
「可哀そう? 俺のイチゴを食おうとしたんだぞ。俺の手でとどめをさせなかったのが残念なくらいだ」
もう二度と人の物に手を出さないようにキツイ仕置きをする必要があったのに、逃げやがった。
俺の胸中を読めたのか、木南は空き巣犯に同情するように憐れむような表情をする。
「碩夢のイチゴに手を付けたのか? なら、爆発の方がまだましか」
「何の話をしているの?」
泰雅が口を挟んできたとき、客が一人入ってきた。
「いらっしゃいませ」
弾むような声で対応する泰雅の後に、聞き覚えのある声が飛んできた。
「こんなところでお会いできるとは奇遇ですね」
しらじらしい。
出会ったときの常套句を口にしたのは、須賀警部だった。
「そんな怖い顔で睨まないで下さい。今日は客として来たんですから」
別に睨んではいないが、俺の憩いの場所がどんどん侵されていく気がした。
何もこの店に来なくても、とは思ったのは事実。
それが視線として現れてしまったのかもしれない。
客として、とういうのが胡散臭い気もするが、相棒の相田の姿が見えないところを見るとプライベートできているというのもまんざら嘘ではなさそうだ。
とはいえ、必要以上に関わりたくない。
そう思ってる矢先に、カウンター席に座っていた俺の隣、そのひとつ席を開けたところに座った。
何でその席選ぶかな。
思わず睨みたくなるのをグッと堪える。
話しかけるなオーラを醸し出しているにも関わらず、須賀は遠慮なく話しかけてきた。
「最近、あなたの周りが賑やかなようですね」
賑やかなんてそんな可愛いもんじゃない。
泰雅に会ってからろくなことがない。
でもそれは俺の周りに限ったことではない。
「それはそちらも同じなのでは?」
相棒が潜入している会社で立て続けに人が襲われ、つい先日その相棒も襲われた。
「暇であることを望んでいるんですが、悲しいことに毎日が忙しなくて嫌になりますよ」
確かに、警察官は暇であることこそが好ましい特殊な職業だ。
忙しいことを喜べないというのもやるせない。
でも、苦手な人種ランキングのトップに君臨している者に同情する余地はない。
そんな人の話に興味もないから、会話を続ける気にもならない。
「そうなんですね」
会話を終わらせたい感を満載に込めての受け答えをしたにもかかわらず、須賀はなおも話しかけてきた。
「そうそう先日なんて、血みどろの男が男性を抱えてウロウロしているっていう通報を受けて探したんですけど、全く見つからないし、昨日もネコを抱えた人物が血だらけで走り回ってるという通報があったんですが、どんなに探しても見つからないんですよ。病院に搬送されていないし、遺体も発見されていないんですよ」
「へぇ~、不思議ですね」
無関心を装ったが、当事者が聞くには耳の痛い話だ。
しかも『血だらけ』だった人物は、キラキラの笑顔を振りまいて接客している。
須賀の見透かしたような目つきが気に入らない。
あ~、すっげぇ~居心地が悪い。
家に帰って新しい物件でも探すか。
帰ろうと立ち上がりかけた時、須賀が独り言をつぶやくように言葉をこぼした。
「限りなく人間に近いロボットがいるらしい」
思わず動きが止まってしまった。
「この話には興味があるようですね」
すかさず須賀が突っ込んでくる。
「別に」
平静を装いその場を立ち去ろうとするが、須賀の言葉が後を追ってくる。
「武器を売買している組織とマネキン工場の社員、それとヴェッタシュトランド社の研究員が結託し、殺人用ロボットを製造した。だが、データは全く使い物にならずロボットは殺人どころかピクリとも動かなかった。そして、マネキン工場の社員は工場長に見つかり警察に通報されそうにり工場長を殺害し工場に放火し逃走。その後組織に消された。組織にデータを売った研究員は、同じ研究をしていた研究員を脅しデータを作り直させロボットを完成させた。だが、脅された研究員はデータを持って逃走し未だ行方不明。製造されたロボットは最初の任務としてある人物の殺害を指示された。が、このロボットも失踪」
これはまさに今起きている事件だ。
ある研究員というのはおそらく松浦のことで、殺人用ロボットは泰雅のことだ。
そして、ある人物というのは『グリムリーパー』のことを示してるのだろう。
須賀は殺人用ロボットが泰雅だという事に気づいているかはわからないが、なぜこんな話をするのか理解できない。
現職の刑事だ。
捜査情報を漏らしていいわけがない。
「何を言っているんですか?」
うっかり責めるような口調になってしまった。
こちらとしては情報を流してくれているのだから、こんなありがたいことはない。
けれど、須賀に限って口を滑らせたとか、誤って口走るなんてことはあり得ない。
何か意図があるに違い。
そんな思いが表情に出ていたのかもしれない。
須賀がクスリと笑った。
「独り言ですよ。お気になさらず。ああ、そうそう、先日、知り合いを助けていただいたようで、ありがとうございました」
なるほど……、そういうことか。
意外なことに須賀は義理堅いようだ。
だからと言って、提供されるばかりでは借りを作るようで心がざわつく。
「研究員は失踪、ではなく、ネコの首輪に隠したデータを探し回っています。ネコは恋人の飼い猫で、拉致された時に逃げてしまったようです」
「なぜそんな話を?」
「酔っ払いの戯言です。聞き流してください」
その時、またひとり客が入ってきた。
須賀の相棒、相田が血相変えて入ってきたと思ったら、須賀を見つけてすかさず耳打ち。
「分かった」
須賀は短くそれだけ言うと、会計を済ませそそくさと店を出ていこうとした。
明らかに事件が発生した様子に、つい好奇心で聞いてしまった。
「どうしました?」
聞いたところで素直に教えてくれるとも思えなかったが、須賀は一瞬考えた後口を開いた。
「少年がひとり、行方不明という通報が入りました。黒いネコを探していたようなんですが、未だに家に帰ってきていないという事です。探偵事務所にはペットの依頼が多いと聞きますが、何か知っていることはありませんか?」
黒いネコを探している少年。
心当たりはある。
胸がサワサワと騒ぎ出す。
「もしかして、その少年、黒崎学っていう子ではないですか?」
須賀の目が大きく見開いた。
ヒット!
「ネコを抱いてる彼を見たのは13時ごろ」
30分もかからず家に帰れるはずだ。
時計の針はあと5分足らずで22時を告げる。
須賀はすぐさまスマホを手に取り指示を出す。
「有益な情報ありがとうございました」
律儀に頭を下げると、須賀は足早に店を出ていった。
その後、俺の頭の中にはいくつもの疑問が浮かんできた。
黒崎少年はなぜ行方をくらませた?
どこにいった?
ネコは?
なぜ?
どうして?
ぐるぐると頭の中をいくつもの疑問がめぐる。
すると、あるキーワードがフッと浮かび上がった。
黒猫。
これだ!
「宝生、悪いが泰雅を借りていいか?」
「泰雅は碩夢の相棒だろ? 俺に許可は要らないだろ」
いつから俺の相棒になった?
「勘違いするな。行く当てがないっていうから雇うだけだ。相棒じゃない」
「はいはい。それはともかく、店も落ち着いてきたしこっちは大丈夫。それよりほしい情報は?」
宝生の情報網は正確で質が高い。
監視カメラをそこら中に仕掛けてあるかと思うほどだ。
「闇取引するのに最適で、子どもが騒いでも気付かれず、パソコンが使えて集中できる場所。それと松浦修二に関係する場所を何ヵ所かピックアップしてくれ」
「OK。5分時間をくれ。データで送る」
言ったそばから宝生はスマホを操作する。
すると今度は木南が口を開いた。
「何か必要なものはあるか?」
「高性能なヤツがひとつあれば十分だ。音が小さいものを頼む」
「それだけでいいのか?」
意外とばかりに木南は驚いた表情を見せた。
「ああ、あまり派手に動きたくない」
俺の言葉に、木南はすぐさま納得したように頷いた。
「なるほど。今持ってくる」
店を出る木南。
客と談笑していた泰雅は宝生と木南の様子の変化にすぐさま気づき、俺のところへ来た。
「どうしたの? 何かあった?」
「黒木結奈の飼い猫、チャコの特徴を覚えているか?」
唐突な問いかけに疑問を抱いたようだが、泰雅は質問することなくすんなりと頷いた。
「覚えてるよ。つややかな黒い毛並みの、美人のネコでしょ」
美人かは俺には分からんが、よく手入れされた毛並みだったったのは確かだ。
「1時間で探せるか?」
「1時間?」
驚いたように声を張り上げた。
さすがに無理か。
高性能とはいえ、一度写真でみたネコを探せというのはムチャぶりすぎたか。
そう思ったとき、泰雅が片方の口角を上げてニタリと笑った。
「30分で大丈夫」
「30分?」
マジか。
今度はこっちが驚きの声を上げてしまった。
「チロを探している時に、迷子の飼い猫が居るって話を聞いていたからすぐに見つかると思う」
「じゃあ、見つかったら連絡してくれ」
そうしている間に、宝生は俺が指示した場所を何ヵ所か探し出していた。
スマホがブルっと震えた。
さすが宝生仕事が早い。
それと同時に店に戻ってきた木南から紙袋を受け取ると、俺は店を出た。




