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23.条件

 黒崎少年からもらった飴を嬉しそうに見つめている泰雅の肩のあたりに突然、赤い小さな光が灯った。

 灯りは肩から首へと這うように登っていくと、泰雅の額の真ん中でピタリと止まった。


 俺は咄嗟に泰雅を突き飛ばした。

 プシュンという音が耳をかすめたと同時に、右腕に焼けるような痛みを感じた。

 そして、壁に小さな穴が開いていた。


 銃弾だ。

 ホッと息を吐く。

 もしも泰雅の頭を貫いていたら……。


 考えただけでも吐き気がする。

 よかった家じゅうが血だらけにならなくて済んだ。

 けれど安心してはいられない。


「松浦さんッ! 机の下にもぐって! 早く!」


 訳が分からずといった様子だったが、机の上に置いてあったペットボトルが弾け飛んだのを見て察しがついたようだ。

 けれど、俺の指示には従わず、よりによって玄関から逃げ出そうとした。


「おいっ! まだ話が終わって――」


「すみません。ホントごめんなさい。このご恩はきちんとお返しします。でも今は……ボクにはやらなきゃいけないことが」


 そう言われても、こちらも『はいそうですか』とあっさり言う事を聞くわけにもいかない。

 慌てて松浦の後を追うとしたが、すぐ目の前に銃弾がぶち込まれた。


 そして、出しっぱなしになっていたイチゴが銃の犠牲になった。

 目の前で無残な姿になったイチゴを見て、 プチンと頭の中で何かが切れた。

 気づけば泰雅が呆けたように俺の顔を見ていた。


「ぼうっとしてないで、お前も隠れろッ!」


「なんで? 僕は死なないから――」


 死ぬ死なないは問題じゃない!


「死ななくても無駄に血は出るだろッ!」


「でも……」


「でもじゃないッ! 血をぶちまけたいならここから出ていけッ!」


 そうこうしている間もプシュンプシュンと銃弾が撃ち込まれている。

 ったく。うっとおしい。

 銃弾が飛んでくる方を探すと、隣のビルの屋上でキラリと光った。


 狙撃手らしい人影を発見。

 位置を詮索されるとは思っていないのか、狙撃手は隠れようともせずに銃口をこちらに向けていた。 


「あそこに居る狙撃手が見えるか?」


「うん。ちゃんと顔を覚えたよ。僕あいつのこと絶対許さない」


 何で顔まで見えるんだよって思ったけど、愚問だった。

 1万キロ離れたところまで透視ができたんだっけ、そりゃあ顔も見えるよな。


「僕あいつ殺ってくる」


 事も無げに言うが、死人が出ると厄介だ。


「必要ない」


「でも、僕のことを狙ってきた」


 泰雅が口を尖らせた。


「死んでないんだからいいじゃないか。こっちは大事なイチゴが台無しだ」


「僕よりイチゴ?」


 泰雅が拗ねたように言った。


「当然だ」


 きっぱりと言い放った俺の言葉に、泰雅がクスリと笑った。


「そういうとこ、嫌いじゃないよ」


 お前に嫌われようとどうでもいい。

 それよりも、俺のイチゴを無駄にしておいてただで済むと思うなよ。


「あそこまで何メートルある?」


 問われた内容が理解できないのか、泰雅は小首をかしげて俺の顔を見た。


「高性能なロボットなんだろ? ビルの屋上までの距離くらいわからないのか?」


 案外使えないなと思ったとき、泰雅がぼそりと言った。


「29.8メートル」


 ズボンの裾をまくり隠してあった銃を出した。

 コンバットマグナム。

 有効射程距離は25メートル。

 上手くすれば届くかもしれない。


 右手から左手に銃を持ちかえる。

 この銃で命中させることは難しいが、威嚇にはなる。


「風は?」


「南南東、2m/s」


 照準を合わせ迷わず引き金を引いた。

 威嚇出来ればいいくらいにしか思ていなかったが、運よくスコープに命中。

 狙撃手が顔を押えて慌ててその場を去るのが見えた。

 泰雅が俺の顔をじっと見つめてきた。


「何だ?」


「もしかしてグリムリーパー?」


 これまで見たこともない冷めた表情で俺を見つめる泰雅。

 そういえば、グリムリーパーを探しているんだった。

 が、今更隠しても仕方ない。


「だとしたらなんだ? 俺を売る? それとも殺るか?」


 黙ってやられるつもりはないが、これまで生身の人間しか相手にしたことがないから、対処の仕方が思いつかん。

 そう思っていたら、突然泰雅に抱きつかれた。


「ほんとにホントに本当? マジで感動! 今のクッソカッコ良かった! なんで左手に持ち替えたの? 右腕をケガしたから? 左でもあそこまで照準合わせられるってすごい! もしかして左利き?」


「左利きってのは結構記憶に残るんだよ。大抵の動作は右でいけるが結構距離があったからな。思わず左に持ち替えちまった」


 左利きであることを隠すため人前では右利きを装っている。

 左利きというのは一つの特徴として扱われるからだ。


 最近は左右どちらでも扱える銃が増えてきているが、操作するレバー類やボタンの配置、自動銃の場合は排莢する方向など、ありとあらゆるものが右利きであることを前提として設計されている銃は多い。


 銃を扱う者は右で撃つことを強いられることが多いから、銃を左で扱うとそれが特徴として捉えられてしまう。

 だから、人の目に触れる場所で左手を使う事はしなかった。銃を使う仕事の時も極力右で扱うようにしていたのに、イチゴを台無しにされたせいで、そこまで理性を保つことができなかった。


 でも、泰雅はそこまで左利きにこだわってはいなかった。


「ねえねえ、僕役に立った? 役に立ったよね」


 抱き着いてきたかと思ったら、今度は顔を赤らめ興奮したように声を弾ませた。

 こっちは抱きつかれた拍子に、右腕に激痛が走り顔を歪めた。


「あ、血が出てる! 僕を庇って撃たれた……」


 別に庇ったわけではないが、見れば着ていたシャツが赤く染まっている。

 泰雅が慌てて風呂場からタオルを持ってきて俺の腕に巻き付けた。

 そして、不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。


「気にするな。自分の血は不思議と平気なんだ」


「そうなの? なんで?」


「知るか」


 それはこっちが聞きたい。


「どうして僕を庇ったの? 僕は平気なのに」


 そう、コイツは殺しても死なない奴だ。

 けれど勝手に体が動いていた。

 けど、理由はすぐに思いつく。


「家を汚したくなかっただけだ」


 そう言った俺の顔を何故かニヤニヤした顔で見つめてきた。


「何だ?」


「話し方。今までよそよしかったのに、俊さんや光希さんと同じように話してくれるから」


 何だそんな事か。


「探偵として働くんだろ? 仲間に敬語は必要ないだろ。それとも気が変わった?」


 そっちの方が俺としてはせいせいするが、そうもいかないようだ。


「ホントに? 僕を雇ってくれるの?」


「そういう約束だ」


 泰雅はきちんと約束通りに、二日でネコを探しあて依頼人へ渡し報酬ももらった。

 約束してしまった以上、それを反故にはできない。


「やったぁ~。マジで? すっげー嬉しい!」


 なんでこんなに喜ぶのか疑問だが、それ以上に気になることがある。


「なんでグリムリーパーを探してる?」


 事と次第によっては、先ほどの言葉は翻さなければならない。


「グリムリーパーって、超クールでカッコいいじゃん。さっきの射撃もマジでしびれた。この距離でスコープに命中するなんて神業だよ。それに愛用の銃がコンバットマグナムっていうのも渋いよね。僕、一生推せる!」


 なんだその一生推せるって。

 アイドルじゃあるまいし。

 思いもよらない言葉を聞いて、うんざりする。

 ある意味殺そうとしてくる奴らの方が扱いやすそうだ。


「グリムリーパーを殺すために探していたんじゃないのか?」


 泰雅は闇の組織に属していたはずだ。

 懸賞金目当てか、邪魔な存在を消すためか、どちらにしても推しに会いたくて探していたわけじゃないだろう。

 それを肯定するように、泰雅は渋い顔をする。


「僕、あいつらのこと嫌いだし、あいつらの言う事なんかききたくない」


 命令に反するとなれば、泰雅も追われる身となるわけだ。

 やっぱり雇うなんて言わなきゃよかった。


 すぐさま後悔したが、いったん口から出た言葉は戻らない。

 嬉しそうにはしゃぐ泰雅を見て、思わずため息が漏れた。

 こうなったら腹をくくるしかない。


「ひとつだけ条件がある」


「何?」


「俺の目の前で二度と血を流すな」


「流したら?」


「即刻、クビ」


 これだけは絶対条件だ。


「鼻血も?」

「ダメだ」


「切り傷とかは?」

「アウト」


「結構厳しいな」


 泰雅が唇を尖らせたが、何か妙案を思いついたのか、パッと表情が明るくなった。


「血を全部抜いちゃうのはアリ?」


 また随分と奇抜なことを言い出した。

 まあ、所詮アンドロイドだ。

 血を全部抜いたところで死にはしないだろうから、好きにしたらいい。


「お前の身体だ。どうメンテナンスするかは好きにしろ」


「血を抜くとゾンビみたいに顔色悪くなるけどそれでもいい?」


 騒がしい未来しか想像できん。


「ダメだ。ゾンビと一緒に組んでたら目立つだろ。それは避けたい。意外とモテるんだ、俺」


 懸賞金目当てにという注釈付きだが。

 それをすぐに察した泰雅がニヤリと口角を上げた。


「殺し屋限定でしょ?」

「モテることに変わりないだろ」


 すると、泰雅が人差し指を突き上げた。


「僕からもひとつお願いしていい?」


 図々しい奴だ。


「何だ?」

「死なないで」


 血を流すな、以上の難題を突き付けられた。


「それは無理だ。俺はお前と違って永遠の命を持ち合わせていないからな」


 すると、泰雅は腕を組んで難しい顔で考え出した。


「そしたら――」


 泰雅は俺の顔をジッと見つめた。


「僕が殺すまで死なないで」


 難しそうだが、できなくもない。


「努力はしよう」


「それともう1つ」


 さっきひとつだけって言ったのに簡単にそれを覆す。


「まだなんかあるのか?」


 ずいぶん厚かましい奴だ。


「僕の弱点は左目。ここを撃ち抜けば僕は二度と動けなくなる」


 万能で高性能なロボットにも弱点があったとはな。

 まあ、たいていの機械には緊急停止ボタンが備わっている。


 そういうのを作らないといられない性分なのだろう。人間という生き物は。

 でも、そんな大事なことをこんなにサラッと口にしていいのか?


「それを俺に話してもいいのか?」


 仮にも俺の命を狙っている奴だ。その相手に自分の弱点をさらけ出すなんて正気の沙汰じゃない。


「もし僕が暴走したら、あなたが僕を止めて」


「なぜ俺に?」


「あなたになら僕のすべてを委ねられるから」


「だから、なんで俺なんだ?」


「推しだから」


 そう言って、泰雅は満面の笑みを浮かべた。


 

 


 

 











 



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