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21.催促

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン……。

 西垣がインターホンを鳴らし続けている。


 それにしてもイラっと来る。

 待ってろッて言ったのがきけないのか? 

 ったく、こちらが出るまで押し続けてる気か?


 インターホンが反撃できたとしたら、『押しすぎだよッ!』とブチ切れるに違いない。

 案外いいかもしれない。押しすぎる相手にブチ切れるインターホン。

 今度木南に造ってもらうか。


 なんて、そんな呑気なことを考えている場合じゃない。

 気が狂いそうなほどにインターホンの音が鳴り続けている。


「壊れてしまうので、それ以上押さないでくだ――」


 こちらの言葉を最後まで聞かずに、ドアを開けた途端こじ開けるように部屋に入ってきた西垣。

 相変わらず香水がキツイ。さっきから強烈な臭いばかりで鼻がおかしくなりそうだ。


「猫はどこ?」


 部屋に一歩入ったところでキョロキョロと部屋の中を見渡す。

 先ほどの勢いだとズカズカ部屋に入ってきて、部屋を荒らように探す勢いだったのに、息巻いている割にはどこか様子がおかしい。

 何かを探っているような、見たくないものを見るような恐る恐るといった感じだ。


「確かにネコが見つかりましたが、それはあなたが探しているネコではありません」


「ネコがケガしてるのを気にしてるんだったら大丈夫よ。ケガしてようが死んでようが見つかればいいのよ」


 ついに本音が出た。

 そもそも西垣が飼っているネコではない。

 飼い主でなければネコに情が湧かないのはわかる。


 けれど、『松浦が戻ってきたときに居ないと寂しがるから』とか、『人見知りするネコだから、きっとどこかで怯えているわ。お腹もすかせているだろうから、早く見つけてあげなきゃ可哀そう』なんて言ってなかったか?


 それに、何故ネコがケガをしているなんて思ったのか。

 実際にはネコは死んでもいなければ、ケガもしていない。

 血みどろのネコでも見なければ、そんなセリフは出てこないだろう。


「何故ネコがケガをしていると?」


 口が滑ったことに気付いたのか、西垣がしまったというような顔をした。


「あ、あなたが、あなたが隠すからでしょ。何か後ろめたいことでもあると思うでしょ」


 すぐさま取り繕うが、いったん出てしまった言葉を取り消すのはそう簡単ではない。

 でも、本人はそう思っていないのか、もしくは騙せると思っているのか、手を変えてきた。


「実は彼、すごくネコを可愛がっていたの。妬けちゃうくらいに。だから、つい嫉妬で嫌なこと言っちゃったの。このことは彼には内緒ね」


 甘えるような仕草で寄り添ってきた。

 息を吐くようにウソをつけるのはある意味、才能かもしれない。

 見習いたいくらいだ。

 しかも色仕掛けでどうにかなるとでも思っているのがひと際腹立たしい。


 香水の臭いが鼻をつく。

 耐えきれそうにない。

 茶番に付き合うのもバカらしくなってきたし、そろそろ頃合いだろう。

 とにかく臭いがきつすぎて吐きそうだ。


「失礼……これ以上は近づかないで頂きたい」


「あら、意外と奥手なの?」


 やんわりと拒絶の意を込めてしがみつかれた腕を振り払ったが、何を勘違いしているのか西垣はさらにすり寄ってくる。


 まるで犬にマウンティングをされているようだ。

 不快でしかない。


 こちらはすでに我慢の限界をむかえているというのに、西垣はこちらの心情など察する気配さえない。

 ウソだとハッキリした以上、西垣に本当の目的を吐かせてもいいが、松浦がここにいる以上西垣を留めておくのは得策ではない。


 ある程度西垣の目的も見えてきた。

 それに西垣に話を聞くより、松浦に話を聞いた方が、ウソを取り除く作業をしなくてすむ。 

 そうとなったら、とっとと帰ってもらおう。


 そう思った矢先に、西垣が机の上に置いてあったイチゴを目ざとく見つけた。

 それどころか俺のイチゴをひとつ手にとり、口へと入れようとする。


「あら、おいしそうなイチゴ――」


 条件反射というべきか、護衛本能というべきか、イチゴを持った西垣の腕を捻り上げていた。


「キャッ! ちょ、ちょっと、何すんのよ。痛いじゃない! 放してッ!」


 西垣の手からイチゴが床に落ちた。

 そして、そのイチゴは西垣に踏みつぶされてしまった。

 ああ、俺の大切なイチゴがひとつ無駄になった。


「無神経な人ほど煩わしいものはないですね」


 思わず隠し持っている銃を突きつけてしまいそうになり、必死でこらえた。

 けれど、こちらの苦労も知らずに、西垣の口は閉じることはない。


「イチゴくらいでそんなに怒らないでよ。私は依頼人よ」


 イラッ! イライライライラ……。俺の怒りが増していく。


「だから何です?」


「イチゴと依頼人、どっちが大切かって事よ!」


 愚問だ。

 答えはすでに出ている。


「当然、イチゴです」


「はぁ~? ちょっとあなた、頭おかしいんじゃない?」


 イチゴを無駄にされた俺が怒るのは当然の権利だが、何故、西垣が怒るのか理解に苦しむ。まさに逆切れの西垣に、俺の怒りはすでに限界値に達している。


「頭がおかしいのはどちらです? ボロが出ても色仕掛けでどうにかなると思うその鈍感さに脱帽です」


「はぁ~? 何言ってんのよ」


 我慢もここまでだ。

 隠し持っている銃に手をかけた時、のんびりとした声が飛んできた。


「何言っても無駄だよ。その人、イチゴが絡むと見境ないから」


「ヒャッ!」


 西垣が小さな悲鳴を上げた。

 西垣の視線の先に泰雅が居た。


「ッチ」


 思わず舌打ちが出てしまった。

 出てくるなって言っただろッ! 何で人の言う事が聞けないんだッ!

 また臭いにやられて気絶されたら厄介でしかない。


 とりあえずあいつは無視するとして、今は西垣の方に集中しよう。

 松浦とは会わせたくない。

 早く帰ってもらいたいがなかなかしつこそうだ。


 けれど、西垣の様子が少しおかしい。

 西垣は怯えたように泰雅を見つめていた。


「どうかされました?」


「あ、あ、あああれ……」


 泰雅を指さす西垣の手は震えている。

 恐怖のあまり声すらでないようだ。

 挙句に腰を抜かしたようにその場にしゃがみこんでしまった。


「大丈夫ですか?」


 いったいどうしたというのか。

 泰雅が銃を突きつけてきたとか、恐ろしい形相で襲ってきそうとか、いっさいそういうことはない。

 こちらの心情も知らずに呑気な表情をしている。


 それが俺は腹立たしく感じるが、西垣が恐怖に腰を抜かす理由にはならない。

 風呂に入ったからか血色が少しばかりいいだけで、特に変わった様子はない。

 銃で心臓を撃たれたが、今は着替えて血も見えない。

 撃たれたのがウソのようだ。


 何をそんなに恐れる必要があるというのか。

 平然としている俺の方がおかしい、とでも言うように西垣は首を振る。


「なんで……なんで、あなたはそんなに落ち着いているの?」


 いったい西垣は何をそんなに恐れているのか、俺にはさっぱり分からない。


「逆に、私はあなたが何に怯えているのかが分からないんですが」


「ももももももしかして……あなたには見えていない……ウ……ソでしょ。ヒィッ!」


 西垣は短い悲鳴をあげると、四つん這いになって逃げ出した。

 俺には見えていない? 何が?

 振り向いて見てもそこには泰雅しかいない。

 泰雅も西垣が何をそんなに恐れているのか、全く分かっていないようだった。


「な、なんで? なんで心臓を撃たれたのに……なんで、なんで生きて……」


 西垣が独り言のように呟いた言葉に、ようやくその恐怖の理由が分かった。

ネコを捕まえたという情報を得たと言っていたが、それはウソだ。

 西垣は泰雅がネコを捕まえ、心臓を銃で撃たれたところを見ている。


 そして、血みどろになってこの事務所まで来たことも知っている。

 部屋を開けた時に恐る恐る入ってきたのは、泰雅の死体が転がっていると思ったからだ。


 それなのに心臓を撃たれたはずの泰雅は死人どころか、血色も良くピンピンしている。

 死んだと思った男が、平然と現れれば誰だって恐怖を感じる。


 加えて怒りに任せて泰雅を無視したせいで、俺には泰雅が見えていないと勘違いした。

 そりゃあ腰も抜かすはずだ。

 泰雅が銃で撃たれようが、何をされても『死なない』事を知っている身としては、血みどろで笑っていようが、全力疾走していようが驚きもしない。


 松浦でさえ最初こそ驚いていたが、『無害なゾンビ』だと理解すれば、一緒に風呂も入れるくらいだ。

 けれど、知らない者からすれば、泰雅の存在は恐怖でしかないだろう。

 西垣は運よく泰雅に恐怖を抱いた。

 それを利用しない手はない。


「いったいどうしたんですか? 何が見えているんですか?」


 とぼけて聞いてみると、それがさらに西垣の恐怖を誘う。


「何って……、なんで見えないの? こんなにハッキリ……」


 泰雅もこの状況を理解したのか、俺に合わせるかのようにニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。

 止めに服をめくり銃弾がぶち込まれた傷口を見せた。


「……イヤ、イヤァアアアアアアッ!」


 半ば狂乱したように叫ぶと、西垣は慌てて出て行ってしまった。

 傷は生々しく、鮮血がにじむ肉に埋め込まれたように銃弾がぶち込まれていた。

 そりゃ発狂して逃げ出すのも分かる。


 西垣を追い出せたのはよかったが、俺も危うく意識を手放すところだった。 

 未だに服を捲ってニヤニヤしている泰雅を睨みつけた。


「とっととその薄気味悪いものをしまってください」


 いつまでも服を捲り上げている泰雅を睨みつけた。


「あ、ごめん」


 慌てて服を下げたが、どこか楽し気な様子に腹が立つ。


「私がいいと言うまで出てこないで下さいと言ったはずですが」


「男の身体を洗うなんて、そんな悪趣味はないよ。それに僕が出てきてよかったんじゃない? あのお姉さんそこらじゅうのドア開けて調べそうな勢いだっじゃん」


 泰雅の言う事も一理ある。

 俺も男の身体を洗ってやる趣味はない。

 加えて西垣を追い払うのも一筋縄ではいかなかっただろう。

 それに西垣の立ち位置も分かった。


 昨日、空き巣に入った者たちとも仲間だろう。

 さて、これからどうするべきか……。


 悩む俺をよそに、何故か泰雅はニコニコとご機嫌だった。

 それがまた腹立たしかった。

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