20.来客
近くで銃声が聞こえた。
悲鳴も聞こえる。
なんだか最近周りが騒がしくなってきた。
空き巣にも入られる始末。
そろそろ引っ越すか。
昨日、空き巣に入られてようやく片づけが終わりソファに腰を降ろそうとしたとき、勢いよくドアが開いた。
泰雅が猫を抱きかかえて入ってきた。
しかも、血みどろだ。
それなのに、泰雅の顔には何故か笑みがこぼれている。
「それ以上近づくなッ!」
「見て! チロを捕まえたよ。これで僕を雇ってくれるでしょ」
俺の言葉なんか全く聞いていない。
泰雅は満面の笑みで猫を抱えて近づいて来る。
抱いている猫にもべったりと血がついている。
視界がグラリと揺れて、慌てて目を逸らす。
「待て待て待て待て」
「え? 約束だよ。僕が2日で猫を探せたら雇ってくれる約束でしょ」
泰雅はあくまでも猫を捕まえたことを主張してくる。
俺としては今は猫よりも、血みどろになった経緯を知りたい。
けれど、誤解は早いうちに解かないと。
「私は考えますと言いましたが、雇うとは言っていませんよ。しかも、猫は生きていないと意味がありません。死体を差し出しても依頼人は喜んではくれませんから」
「チロは大丈夫だよ。どこもケガしてないよ。ね、意地悪言わないで僕を雇ってよ」
どっちが意地の悪いことをしてるんだよッ!
普通猫を捕まえるだけでそんなに血みどろになるか?
もしかして必死さをアピールしてるつもりか?
だったら逆効果だ。
イラつきが顔に出ていたのか、泰雅が口を尖らせる。
「そんなに睨まないでよ。大丈夫だよ。僕を撃った人たちはちゃんと始末してきたから」
何気に物騒なことを言う。
「その血はお前のじゃないのか?」
「心臓を撃たれた。見る?」
「見るかッ!」
だから、何故猫を探すだけで銃で撃たれなきゃならなんだ。
「もう~。そんなに怒らないでよ。何が気に入らないの?」
「全部だッ! 全部」
興奮して自分を失いそうになったので、いったん言葉を切り深呼吸。
改めて泰雅を見据えて……、血が見えないように視線は逸らす。
「お前が――あなたが血みどろで部屋に入ってきた事、猫にもべったり血がついている事、心臓を撃たれた事。すべてに腹が立つんですよ。なんで猫を捕まえるだけで撃たれるんですかッ!」
「だって、この子はチロだって言ってるのに、チャコだって言って連れて行こうとするやつらがいるんだもん」
ここで少し話が見えてきた。
西垣が探している猫の名前もチャコだ。
チャコを探している人間はどれだけいるんだ?
まさか魚を奪われたわけじゃないだろ?
命を奪ってまで欲するほどだ。
かなり重要なキーを握っているんだろうが、猫がいったいどんな鍵を握っているというのか。
マネキン工場の男。
松浦の失踪。
松浦の彼女である結奈の失踪。
松浦の行方と猫を執拗に探す西垣。
空き巣。
泰雅を襲った族。
これらはすべて繋がっている。
でも、だからといって俺の部屋に血を持ち込むことは許さない。
「とりあえず、その血を流してきてください。シャワールームはあちらです」
「僕を雇ってくれるって事?」
だ~か~ら~、どうしてそうなるんだよ。
「とにかくッ、血を流してきてください。話はそれからです」
「うん」
ようやく俺の言葉が届いたのか、素直に返事をした。
「すぐに猫をゲージに入れてください。飛び回ってそこら中血だらけにされたら悲惨ですから」
「うん」
「あ、そうそう。一滴たりとも血がついていないように奇麗に掃除して出てきてくださいね」
「わかった」
これで少しは落ちつけるかと思ったのも束の間、泰雅がシャワールームから声を上げた。
「ねぇ~。この血だらけの服はどうする?」
「ねぇねぇ、心臓の穴を塞ぐもの何かない? 血が止まんないんだけど」
「うわぁ~、タオルに血がついちゃった。どうしたらいい?」
泰雅が叫ぶたびに、代わりの服を持っていったり、絆創膏を探したり、ゴミ袋を持っていったりと、忙しなくシャワールームを行ったり来たり。
ようやく泰雅の呼ぶ声が止まった。
害された気分を直したくて、冷蔵庫からイチゴのパックを取り出した。
疲れてドカッとソファに腰を降ろした時、電話が鳴った。
「金城探偵事務所です」
『西垣です』
名前を聞いた途端、むせかえるような臭いを思い出してしまった。
「なんの御用でしょうか」
『客にたいして失礼な言い方ね』
意図せずに感情が声と言葉に出てしまった。
「申し訳ありません。今少し立て込んでおりまして……、どうされました?」
依頼人から連絡が来るのは大抵が催促で、まだ見つからないのか、どうなっているんだ、分かったことはないか、などなど……、こちらの連絡を待てずに催促してくる依頼人は多い。
たまに気の長い依頼人もいるが、大抵4日でしびれを切らし連絡してくる。
けれど、西垣の依頼を受けてまだ1日しか経っていない。
さすがに催促の電話ではないだろう。
となると、新しい手がかりを見つけたか。
『猫を見つけたらしいという情報を得たんだけど、今からその猫を引き取りに言ってもいいかしら』
想像もしていていなかった西垣の言葉に、思わず言葉を失った。
どこでそんな情報を得たんだ?
泰雅が猫を連れて帰ってきたのは、10分くらい前だぞ。
相変わらず恐ろしいほどの探索能力だ。
俺よりよほど探偵としてむいているかもしれない。
『もしもし? 聞こえてる?』
「あ、ええ、聞こえています」
『じゃあ、すぐ行くわ』
通話を切られそうになって、慌てて引き留める。
「待ってください!」
『何?』
あからさまに機嫌の悪い声が帰ってきた。
「確かに猫を見つけましたが、これはあなたの探している猫ではありません。別の依頼人の猫です」
『そんなはずないわ。赤い首輪をした黒猫よ。ウソついても無駄よ。こっちの情報は確かなんだから。隠し立てするなら窃盗罪で訴えるわよ。そうなれば探偵なんて胡散臭い職業、すぐに廃業になるわよ。10分くらいで着くわ』
そう言うと電話は切れてしまった。
どんな情報網だよ。
泰雅が血みどろで帰ってきたことを考えると、西垣もそいつらの仲間か。
あぁぁぁぁぁああああああああ! もう、どうしてこう面倒なことばかり起こるんだ。
俺はさざ波さえも立たない平穏で穏やかな日常を過ごしたいのに……。
5分としないうちにインターホンが鳴った。
ピーンポーン。
10分と言っていたわりに速い到着だ。
「随分速い到着ですね」
言いながらドアを開けると、立っていたのは西垣、ではなくひょろっとした男だった。
「どちら様――」
目の下にはクマ、痩せこけて髪もボサボサ。
何日風呂に入っていないのか、体臭もかなりキツイ。
一瞬誰だか分からなかったが、よく見てみれば一度会ったことのある男だった。
松浦修二。
行方をくらまし、西垣やよいに執拗に追われている男だ。
「探しましたよ、松浦さん」
言った瞬間、松浦も俺のことを思い出したのか、目を見開いた。
かと思ったら、松浦は回れ右して慌ててその場から去ろうとした。
「待ってください。なんで逃げるんですか?」
すぐさま腕を引っ張り部屋に入れて鍵をかけた。
それが良くなかったのか、松浦は真っ青な顔でブルブルと震えだした。
「ボボボボボクは誰にも言っていませんよ。だから、殺さ――」
「殺しませんよ」
脅しがしっかり効いていたようだ。
それはそれで良かったが、今のこの状況では少し厄介でもある。
「でででででも……」
「お互い忘れましょうと、言ったじゃないですか」
ニッコリ笑顔で言ったのに、松浦は余計に恐怖で怯えた。
「ななななななんで、ボクを探して? やっぱりボクを殺そ――」
「殺しませんって」
しつこいな。
こちらは笑顔を絶やさずほほ笑んでいるっていうのに、なんで松浦はこんなに怯えているんだ?
「でも」
「でもじゃない!」
思わず声を張り上げてしまった。
俺は自慢じゃないが気が短い。
面倒なことも厄介なことも大っ嫌いだ。
「そんなに殺してほしいですか? 毒殺、撲殺、絞殺、射殺、焼殺どんな殺し方もご希望に添えますが、どれをご所望ですか? こちらにも事情がありますので、今すぐにというのは難しいですが、用が済めばいつでも――」
「大丈夫です」
きっぱり真顔で断られた。
「それは良かった。で、あなたはなぜここに?」
ようやく本題に。
「ボクは猫を追ってここに……」
またネコか。
さっきからネコが何だっていうんだ。
「泰雅を襲ったのはあなた?」
違うとは思うが、一応聞いてみた。
「泰雅?」
「ああ、失礼。ネコを抱えていた人物です」
「襲った? ボクが誰を? そういえばネコを抱えていた青年はケガをしているようだったけど……」
ウソをついている様子はなさそうだ。
「泰雅が……ネコを抱いていた青年が銃で撃たれたのを見ました?」
松浦は臭う頭をブンブン振った。
「ボクはネコを抱いた人がこの家に入っていくのを見ただけです」
臭いがきつくて思わず鼻をつまんでしまった。
「ぞうでずが……。ざんねんでずが、ごごにるのばあなだがざがじでいるネゴではありまぜん」
「そんな……」
こんな風呂も入っていないようなヤツ、捜索していた人間でなければ追い返しているところだ。
仕方なく部屋に……。
けれど、こんなに臭くては話にならない。
気が進まないが仕方ない。
「イロイロ話を聞きたい所ですが、とりあえずその……、臭いがきついので風呂に入ってもらっても?」
「あ、すみません。その、ずっとネコを探していたので。違うのであればボクはここで」
帰ろうとドアに手をかけた時、再びインターホンの音がなった。
ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン……。
連打されるインターホン。これは西垣に違いない。
西垣が探している松浦がここに居る。ここで西垣を松浦に引き渡せば依頼は完了だ。
でも、今はその時ではない。
「少々、お待ちください」
インターホンごしに伝え、すぐさま松浦の首を捕まえてシャワールームへ引っ張っていく。
「今、ひとりシャワーを浴びてますが、仕方ない一緒に入ってください」
「え? あの……」
突然人の家でシャワーを浴びろと言われて戸惑わない奴はいない。
しかも、男と一緒なんてマジでありえない。
けれど、今はそれ以外なかった。
「今はそこしか隠れることころがないんです」
「でも」
「西垣やよいに捕まりたいですか?」
その言葉に松浦の顔が強張った。
それが答えだった。
シャワールームのドアをノックする。
「もう一人洗ってほしい人がいます。臭いがなくなるまでキレイにしてください」
身体中から湯気が立っている泰雅が顔をのぞかせた。
「ひィ」
松浦が短い悲鳴を上げた。
ああそうか。
泰雅はゾンビだったっけ。
今も心臓に銃弾がぶち込まれている。
絆創膏で隠されてはいるが、隠しきれていないし血もにじんでいる。
頭に銃弾ぶち込まれても平然としてるし、心臓に銃弾を喰らってもピンピンしてるんだからゾンビに違いないか。
「安心してください。彼は無害なゾンビですから」
「ヒドイな。僕はゾンビなんかじゃないよ」
心臓に銃弾がぶち込まれてピンピンしているヤツが言ったところで、まったく説得力がない。
けれど、玄関のドアを叩いているヤツよりは無害に違いない。
ドンドンドンドン。
『ちょっとぉ~、どんだけ待たせるのよ! 隠そうとしても無駄よ』
西垣がしびれを切らし喚きだした。
「彼女の香水にアタリたくなければ、大人しく私の言う事を聞いてください」
泰雅にはそれだけで十分だった。
「オッケー。僕が足の爪までキレイにしてあげるよ」
ニッコリ笑顔で招き入れる泰雅に恐怖を感じたのか、松浦が尻込みする。
「だだだだだ大丈夫です。自分で洗えますから」
「とにかく。私が『いい』というまで出てこないでください。声も出さないように」
松浦を押し込むと、シャワールームのドアを閉めた。




