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19.泥棒

 玄関のドアノブに手をかけた瞬間、違和感を覚えた。

 何がどのように違和感があるのかと言葉で言い表すことはできない。

 空気が違うとでも言えばいいだろうか。

 チリチリと俺に何かを伝えてくる。


 音を立てずにドアを開け中に入ると、やはりというべきか、人の気配を感じた。

 気配はふたつ。


 リビングの方で物色してる気配がひとつ。もうひとつはキッチンの方からだ。

 荒々しい気配を発してはいるが、それほど恐れることもないだろう。


 でも、手ぶらで行くのは味気ない。

 その時、ビニール傘が目に留まった。

 これで十分か。


 片づけが面倒だから、加減には気を付けなければ……。

 そうっとビニール傘をつかみ、鋭い殺気を感じるキッチンのほうへ足をむける。


 真っ暗な部屋の中、一か所だけうっすらと青白い光を放っている。

 その光が相手の顔を照らしていた。

 無精ひげを生やしたむさくるしい男が、冷蔵庫を開け物色している。

 空き巣か。


 にしても、空き巣がどうして冷蔵庫を漁る?

 どう考えたって、冷蔵庫の中には空き巣が好みそうなものは入っていないだろ。

 と思っていたが、空き巣の後ろのポケットに何か入っている。


 何を盗んだ?

 あれは木南が俺にくれたものだ。

 じゃあ、いいか。

 盗まれても支障はない。


 とは言え、人の家の冷蔵庫を漁る奴を放っておくわけにはいかない。

 男は自分の家の冷蔵庫のようにまさぐっている。


 そして、よりによって男は俺が一番大切にしているモノに手をかけた。

 俺の中でブチリッと何かが切れる音がした。


 気が付いたら男の頭を鷲掴みにして調理台の上に押し付け、ビニール傘の尖った先を男の口の中に加えさせていた。

 ほんの数秒の出来事に、男は自身の身に何が起きたのか理解できなかったようだが、すぐさま自分の置かれている状況にうめき声を上げる。


「うごぉごごごぉぉぉがぁぁぁああ」


 口の中に傘が入っていて何を言っているのかわからない。

 それが怒りに拍車をかける。

 調理台に押し付ける手に力が入るのと同時に、男の目が血走る。

 薄暗い部屋の中で、うめき声だけが響く。


「ごぉがぁあああ……」


 何かを訴えているようにも思うが、男の話などはなから聞く気はない。

 俺の大切なイチゴが、男の手の中で無残にも潰れてしまったのだから。


「ああ、なんてことをしてくれたんですか。それ相応の罰は受けていただきますよ」


「がごぉおおおおうううぁぉぉぉ」


「耳障りな声ですね。少し黙っていただけますかッ!」


 男の腹に膝でケリを入れると、短いうめき声を漏らして崩れ落ちた。

 ようやく静かになった。

 見れば、男は白目をむいて気を失っていた。


 ったく、この程度で気絶するなよ。

 俺のイチゴに手を出しておいて、これだけで済むと思うな。

 くわえさせていた傘を抜き、イチゴを潰した手めがけて傘を振り上げた時、リビングに居た仲間が声をかけてきた。


「おい、あまり物音をだ……」


 キッチンに入ってきた男の頭を、傘で思いっきりぶん殴った。

 男はドスンと音を立て、仰向けに倒れた。

 こいつもたったの一撃で気を失ってしまった。


 憂さ晴らしすら満足にできない。

 床に転がっているふたりの侵入者をみて、思わずため息が漏れた。


 何なんだよこいつら。

 いったい何なんだ?

 泥棒にしては間抜けすぎるだろ。


 そう思っていたところに、また一人侵入者が訪れた。

 この状況に不似合いなのんびりした声が飛んできた。


「あ~あ、イチゴに手をつけちゃったんだ。そりゃあ、切れるよね」


 見るとキッチンの入り口に泰雅が悠然と立っていた。

 なぜこうもうちには無断で入ってくる奴が多いのだろうか。

 思わず泰雅を睨みつける。


「すごい殺気だね。今にも殴られそうだ」


 泰雅は俺が持っている傘を顎で指した。


「ええ、躊躇なく」


 招いてもいないのに勝手に人の家に入ってくる奴を傘で殴って何が悪い。

 それなのに泰雅は全く悪びれる様子がないどころか、おどけているようにさえ見える。


「ヒドイなぁ~」


 返ってきた言葉が何と軽いことか。

 頭のてっぺんから突き刺そうが、腹を貫こうが泰雅にとっては何ひとつ堪えない。

 だからなのなのだろう。

 泰雅の声からは一切恐怖心が感じられない。


「ねぇ、チロもそう思うだろう?」


 言いながら、泰雅は腕に抱いた子ネコを撫でた。

 ネコは気持ちよさそうに目を細めた。


 期限は二日だったが、ひと晩で目的のネコを捕まえてきたようだ。

 哺乳類の言語が分かると言っていただけのことはある。


 真っ黒い毛にブルーの瞳。

 首には赤い首輪がついている。

 依頼人、黒崎学のネコだ。


 普通の人間が見つけてきたのなら俺も疑問に思うところだが、泰雅が見つけてきたのなら、そのネコは『チロ』に間違いはないだろう。

 その時、気絶したと思っていた男の一人が、泰雅の足を掴んだ。


「うわッ!」


 その瞬間、ネコが泰雅の腕の中から逃げ出してしまった。

 泰雅は足を掴んだ男を苛立ちも露わに睨みつけた。


「ああもう、チロがびっくりして逃げちゃったじゃんッ!」


 言い終わらないうちに、泰雅は男の顎をサッカーでシュートをするかのように蹴り上げた。


「グエッ!」


 男は醜い声を漏らすと、後ろへひっくり返ったかと思うと、這いずるように慌てて家から出ていった。

 ひとり片付いた。

 そう思っていると、泰雅が不思議そうに首を傾げた。


「追わないの?」


「不要です」


 その時、近くで爆発音が聞こえた。


「何の音? 爆発音のような音がしたけど」


「さあ、なんでしょうね」


 それより、床に転がっている男をどうするか、そちらの方が俺としては問題だ。

 しばらくしてサイレンが聞こえてきた。

 窓の外を見ると、救急車に消防車、パトカーまで揃っている。


 インターホンが鳴った。

 見るとモニターに映し出されていたのは、須賀警部とその相方の相田だった。

 何で今日は来てほしくない奴ばかりが集まるんだ。


 とはいえ、律儀に出る必要はない。

 幸運にも電気もつけていないし、居留守を使ってもバレないだろう。

 無視する気マンマンだったのに、何故か須賀の緊迫した声が聞こえてきた。


「どうされました? 無事ですか?」


 須賀と相田が慌てて部屋に入ってきた。

 『どうぞ』と言っていないにも関わらず。


 そして、相田が部屋の電気をつけた。

 こっちは暗がりに慣れていたから、急な明るさに目を閉じた。

 すぐさま目を開けた時、部屋の全容が明らかになり、思わずうんざりする。


 部屋は思いっきり荒らされていた。

  引き出しという引き出しはすべて開けられ、中の物が床に散乱していた。

 おまけに、男が倒れている。


 これはもうどうにも取り繕えない状況だ。

 けれど、かけられた言葉は思っていたものとは違った。


「何か手伝う事はありますか?」


 須賀が落ち着いた声でそう聞いてきた。

 思いっきり疑いのまなざしを向けてきた相田とは対照的に、須賀の声はどこか気遣うような響きが込められていた。


「そうですね……。とりあえず引き取って頂きたいモノがあります」


 床に転がっている男たちに視線を落とすと、須賀が納得した声を漏らした。


「なるほど……」


 須賀が相田に目くばせして合図する。

 不服なのか何か言いたそうにしていた相田だったが、須賀の指示に素直に応じた。

 転がっていた男に手錠をかけると、相田はスマホを取り出しどこかへ電話をかけた。

 数分もしないうちに警察官たちがどやどややってきて、相田と共に床に転がっていた男を連れていった。


「おや? そちらの方は?」


 須賀が泰雅に気付いて首を傾げた。


「僕はここで働くことに――」


「まだそうと決まったわけではありません。ネコは逃げてしまいましたから」


 泰雅が勝手に従業員と名乗る前に、言葉を攫った。

 否定する俺に、泰雅は頬を膨らませた。


「せっかく捕まえてきたのに……。じゃあ、僕チロを探してくる。まだこの近くにいるかもしれないから」


 そう言うと、泰雅はそそくさと部屋を出て行ってしまった。


「あなたが誰かと組むなんて珍しいですね。グリムリーパーは一匹狼だと思っていました」


 俺をグリムリーパーだと信じて疑わない須賀。

 ある意味、泰雅より面倒かもしれない。


「私をからかいに来たんですか?」


 そんな事はしないだろうと思いながらも、腹立たしさに任せて言葉を発した。

 須賀は大仰に首を振った。


「近くで爆発があって、一瞬あなたが被害にあったのかと思って肝を冷やしました」


 俺の大切なイチゴがひと粒犠牲になったんだ。

 多大な被害を被った。


「爆発には巻き込まれませんでしたけど、この有様です」


「ずいぶん派手にやられましたね」


 須賀が部屋の様子に苦笑いを浮かべて言った。


「ホントに後片付けするのも嫌になります」


 荒らされた部屋を眺めため息を吐き出した。


「それにしてもタイミングよすぎません? 私の家に空き巣が入ることを予測していたみたいですね」


 あまりにもタイミングが良すぎる登場だ。疑いたくもなる。


「先日お預かりした拾得物についてのご報告をしようとこちらに向かっていたところ、爆発事故がこの近所であったので」


 須賀は一枚の紙を懐から出し、それを俺に差し出してきた。

 見ると、何かの設計図や公式のような計算式のようなものがいくつも書かれていた。


「これは?」


「兵器の図面とそれを動かすためのプログラミングです」


 兵器と聞いて、真っ先に清水とのやり取りを思い出した。

 須賀の部下である清水が潜入している会社で、手術用のロボットを殺人用ロボット兵器として造り変え闇取引をしている人間がいるという話だった。


 でも俺が拾ったのは、マネキン工場の従業員だった男が落としたものだ。

 マネキン工場の男が何故そんなものを?

 ふと泰雅の顔が頭に浮かんだ。

 まさか……。


 天使のような容姿に人なつっこい笑顔。

 あれが兵器? とは思うものの、時折見せる冷めた表情は背筋がゾッとするほどの怖さを感じる。

 マネキン工場なら人間そっくりなロボットを造る事は可能だろう。

 そのロボットに殺人用のデータを埋め込めば、殺人ロボットの完成だ。


 なるほど。

 泰雅を見る限り殺人兵器には見えないが、それが思惑だとすれば成功なのだろう。

 だとしても、だ。


 何故俺の家をあさる必要がある?

 すでにモノは警察の手に渡っている。

 それなのになんでこんな面倒くさいことになっているのだろうか。


「そんなに睨まないでください」


 そう言われても睨まずには居られない。

 俺のイチゴが犠牲になったんだ。


「これと私の家が荒らされた事と何の関係があるんです?」


「あなたとマネキン工場の男性がぶつかったのをコーヒー店の客が何人か見ていたようです。そこであなたの荷物と入れ替わったとわかり荷物を回収しようとしたのでしょう」


 何てはた迷惑なことを。

 そう思っているのに、さらに須賀が面倒な提案をしてくる。


「被害届を――」

「結構です」


「拾得物の権利を――」

「結構です」


 これ以上面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。 

 もう用はない。


「せっかく来ていただいたのにお茶のひとつも出さなくてすみません。なんせ部屋がこんな状態なので」


 さっさと帰れと言わんばかりの言葉だが、須賀は気分を害した様子を見せるどころか逆にクスッと笑い声を漏らした。


「お構いなく。もう帰りますから」


 そう言うと須賀は部屋から出ていった。

 ああ、そうだ。

 USBを渡しそこなった。

 いろんなことに腹が立ったが、俺は舌打ちするしかなかった。


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