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18.事故

 住宅街の一角にあるアパート。

 同じような形状をしたものがいくつか連なっている。

 ヴェッタシュトランド社の社宅だ。

 その駐車場に見覚えのある車を見つけた。


 松浦修二の車。

 紺色のコンパクトカーで街中でよく見る車種だが、それが松浦の物だと決定づけたのは、フロント部分に大きなへこみがあったからだ。

 近づいていくと、松浦の車を見つている人物がいた。


「こんなところでお会いするとは思いませんでした」


 ヴェッタシュトランド社の従業員である清水智行だった。


「お久しぶりです、木下さん。いや、田中……今は清水さんとお呼びしたほうがいいですか?」


 そう声をかけると清水が苦笑いを浮かべた。


「できれば清水と呼んでいただけると助かります」


 すでに公安の者だと知っている俺に対して、清水は変に取り繕おうともせずにサラッとそう答えた。

 話が早くて助かる。 


「ここで何を?」


 ここはヴェッタシュトランド社の社宅だ。社員である清水がここに居ても何の不思議もない。


「それはこちらのセリフですが」


 当然と言えば当然の言葉だ。

 適当に返事をするのも一考だが、変に隠しても得るものはないだろう。

 相手の持っている情報を引き出すには、こちらも少しは情報を出さなければ食いついては来ない。

 まずは手始めにエサを投げてみる。


「実はある人物を探してほしいと依頼がありまして」


「そういえば、探偵さんでしたね」


「ええ、一応」


 清水の眉がピクリと動いた。

 こちらが誰を探しているということも知っていそうだ。


「松浦修二という人物を探しているのでは?」


 清水がズバリ聞いてきた。

 遠回しな言い方が嫌いなのかもしれないが、ストレートに聞いてきた清水にこちらも直球で返す。


「ええ、そうです」


 そう答えると、清水はやっぱり、というように頷いた。


「ここ何日かで何人もの探偵に彼のことを聞かれたので……やはりそうでしたか。彼の行方を執拗に探している人物がいるという事ですね」


 そりゃあもう、警察官ですらひれ伏すくらいのしつこさだ。


「誰が探しているんですか?」


 そう訊ねてきたが、すでに思い当たる人物が居るような顔つきの清水。


「心当たりがあるのでは?」


「こちらがその人物の名前を言ったところで、あなたは正解を教えてはくれないでしょ?」


 腐っていても探偵だ。


「そうですね。守秘義務ってやつです」


 これで飯を食っている以上、簡単に正解を口にすることはできない。

 とはいえ、清水は正解を聞きたいわけではなさそうだ。

 すでにその人物について正解を求めるまでもないのか、はたまた別のことに関心があるのか、こちらの答えを待つことなく口を開く。


「この車の凹みは何でしょう。どこかにぶつけたというには少し不自然なんです」


 ボンネットの凹みを見て違和感を覚えるとは、さすがというべきか。

 松浦は泰雅を車で撥ねた。

 撥ねたといっても、相手はロボットだ。

 死んでもいなければ、ケガも追っていない。

 どちらかといえば車のほうが重症だ。


「どう不自然なんですか?」


 この凹みを見て、何がわかるというのか。

 俺には単なる凹みにしか見えないが、清水には何かが見えているようだ。


「人を撥ねたような痕跡があるのに、人ではない別の何か……鉄のようなものにぶつかったようにも見えるんです」


 驚いた。

 この凹みを見てそんな事が分かるのか?

 潜入捜査官という点を差し引いても、柔和な表情に親近感を抱きやすい人柄のせいで、見誤りそうになる。

 けれど、彼は相当優秀に違いない。


「もしかして人を轢いてしまって行方をくらましているとか?」


 それらしく言ってみたが、思いの外清水が驚いた顔を見せた。


「まさか。松浦はバカがつくほどお人好しです。人を轢いて行方をくらますなんてありえない」


 確かに泰雅を撥ねた松浦は、すぐに警察に通報しようとしていた。

 それを阻止し、その出来事を忘れるよう執拗に迫ったのは何を隠そう俺なのだが、そんな事は口が裂けても言えない。


「とはいえ、彼も人間です。絶対はありえません。罪の意識に苛まれながらも何かを成し遂げなければならないことがあったのかもしれませんよ」


 すると清水は何か思い至ったのか、軽く唇を噛んだ。


「そういえば、あなたが今いる会社では、サイバー攻撃を受けたとニュースになっていましたね。それと彼は何か関係があるんですか?」


 押し黙る清水に探りを入れてみると、案外あっさりと頷いた。


「おそらく」


 松浦修二が行方をくらました理由はやはり、この事件に関係があるようだ。


「彼が不正にアクセスし、研究データを持ち出し逃げている――」


「松浦はそんなことをするような奴じゃない!」


 清水が声を張り上げて否定した。

 否定されるまでもなく、俺も彼がそんなことする人間だとは思わないが、事実は事実。


「彼は相当真面目な性格で研究一筋。そんな彼を見込んで、会社も彼の研究に協力的だと聞きました。そんな彼が会社を裏切るとは思えません。でも、彼がデータを流出させたのは事実。しかも内部の人間にしかできないそうですね。松浦さんの仕業だと社内で噂になっているようですが?」


「松浦は……松浦は意味もなくそんなことはしない」


「なぜそう思うんですか?」


 いくら同僚だとはいえ、清水は警察官だ。

 松浦の人柄だけで判断しない。

 何か根拠があるはずだ。

 でも――。


「あなたに話すことは何もありません」


 いきなりのシャットアウト。

 清水はなかなか手の内を明かさない。

 けれど、こちらも『はいそうですか』と大人しく引き下がるわけにはいかない。

 公安である清水が侵入捜査をしているからには、何かしら裏はある。


 ヴェッタシュトランド社は大手の情報技術開発会社だ。

 近々新しいソフトウエアの発表があると噂されていたが、サイバー攻撃をうけデータが流出。

 新ソフトの発表は延期され、ヘタしたらそのソフトウエアはお蔵入りとまで噂されている。

 その開発チームの周りで不穏な動きがある。


「最近、あなたの周りが騒がしいようですが」


 新しいソフトウェアの開発には松浦、西垣、そして清水と他二名の5人の人間が関わっていた。

 サイバー攻撃を受けた直後、そのうちの2人が立て続けに事故にあっている。


 ひとりは交通事故で今も意識不明の重体。

 もう一人は階段から落ちて骨髄を損傷。命に別条はないものの、半身不随となり事故以来部屋に閉じこもり誰とも口をきこうとしないらしい。


 そして植松の失踪。

 その新ソフトウエア開発に何かあるに違いない。 

 それを公安は調べているのだろう。


 その渦中に居るのが松浦修二。

 だが、松浦が実際どう関わっているのかまでは掴めていない。


「あなたは何を掴んだんですか?」


 ズバリ聞いてみた。


「さて、何のことでしょう」


 当然といえば当然のことだが、清水が任務のことについて口にすることはない。

 それでも、これまでの流れから西垣やよいが怪しいのは明らかだ。


「西垣やよい、彼女が松浦さんの失踪に絡んでいると、私は思っているんですが……」


 俺なりの見解を少しだけ口にしてみると、清水がポツリと言葉をもらす。


「確かに彼女が何人もの探偵を雇ってまで、松浦の行方を探しているのはおかしいですからね」


 思った通り、西垣が松浦を探していることは清水も知っていた。

 でも、理由までは掴んでいないようだ。


「恋人だから?」


「まさか」


 やはり、西垣が松浦の彼女というのはウソだった。

 では、何故そうまでして西垣やよいは松浦修二を探しているのか。


 その時、ふと殺気のようなものを感じた。

 上を見ると不自然な位置に鉢が置かれている。

 そこに人影。

 俺は慌てて清水の腕を引いた。


「危ない!」


 次の瞬間ガシャンという大きな音。

 先ほどまで清水が立っていた場所に植木鉢が落ちた。

 続けざまに二個三個と植木鉢が落ちてきた。

 慌てて建物の中に避難した。

 事故のようにも思えるが、これは明らかに事故を装った犯行だ。


「「狙われる心当たりは?」」


 俺と清水の声が重なった。

 心当たりがありすぎてひとつに絞れない。

 それは相手も同じなのか、二人で顔を見合わせた。


 けれど、今回狙われたのは清水だ。

 開発チームの二人が事故にあっているのを考えれば、清水が狙われていると考えたほうが自然だ。


「ソフトの開発にいったい何があったんですか?」

「……」


 口を閉ざす清水。


「事故にあった二人。もしかして事故ではなく誰かに殺されかけたのでは?」

「……」


 固くなに口を開こうとしない清水に、俺は少し腹が立ってきた。


「私も巻き込まれているんですよ。少しくらい情報提供してくれてもいいでしょ」


 あえて笠にきせる言い方をすると、しばらく黙っていた清水だったが、ようやく情報を提供する気になってくれたようだ。


「確かに。二人は誰かに襲われたようです」


 命を狙われたというのに、さすがというべきか、清水は全く動揺していなかった。

 どこか他人事のように淡々とした話し方だ。

 まるで自分が襲われることを知っていたかのようだ。


「あなたを巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。あなたに助けて頂くのは奇しくも2回目ですね」


「恩に感じるんだったらもう少し情報をくれてもいいんじゃないですか?」


 貪欲に情報提供をねだる俺に、清水はクスリと笑った。


「命を狙われたばかりなのに、全く動じないんですね」


 皮肉を言われ、思わず言い返した。


「あなたも同じじゃないですか」


「普通の人はもっと動揺しますよ」


 ああ、そうか。そういうものか、とつい納得してしまったが清水もそれは同じだった。


「その言葉、自分のことを普通の人じゃないって白状してますよ」


 俺の言葉に、清水はあははと笑った。


「確かに! あなたには勝てないな……」


 清水はいったん言葉を切ると、小さな声でまるで独り言をいうかのようにぼそぼそと話し出した。


「松浦を主軸に、手術用ロボットのソフトを開発。でも、そのデータが殺人用ロボットとして改ざんされ、武器を売買している組織に売られました。松浦はデータの改ざんにいち早く気付きそれを告発しようとしました。でも、それと同時期に他の開発データが流出。どういうわけか松浦がデータ流出の犯人に仕立て上げられてしまいました。無実を主張しましたが、監視カメラの映像やIDを偽造しサーバにアクセスしたりと松浦を犯人だと裏付ける証拠が不自然なくらいいくつも出てきました。でもその証拠はお粗末なものですぐに偽造だとわかりました。ですがいったん向けられた疑惑は簡単にはぬぐえません。そんな状況で松浦が告発したところで誰も信じてくれません。そして、松浦は姿を消してしまいました。これが今僕が分かっている事のすべてです」


「開発チームの人間が襲われる理由は?」


「僕の想像ですが、松浦への警告でしょう。関係のない人間を襲う事で、松浦に何かを強いらせようとしているのかもしれません」


「何故、教えてくれる気になったんですか?」


 清水はどんなことがあろうと調査内容を口にはしない。

 例え銃を突きつけられたとしても。


 だから、自ら口を開く清水の顔をしみじみと見つめてしまった。

 すると、清水は苦笑いを浮かべた。


「助けていただいたお礼です。でも、これ以上は何も言えませんよ」


「それだけ聞ければ十分です。では、気を付けてください」


「あなたも。これ以上首を突っ込まないほうが身のためですよ」


 そう言うと、清水は足早に去っていった。


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