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17.逆鱗

 ソファで横になっている泰雅にチラリと視線を移す。

 まだまだ起きる気配はない。

 木南の言うとおり、目を覚ますのは明日になるかもしれない。


 ここはリビングだ。

 邪魔でしかないが動かすのは面倒だし、ここで寝かせておくことにする。

 木南のおかげで、部屋は豊潤なイチゴの香りが漂っている。

 そのおかげで頭痛も和らいでいく気がした。


 すると、ギュルルと腹の虫が鳴った。

 泰雅が頭から血を流しているのを目の当たりにしてからというもの、飯がなかなか喉を通らず飯らしい飯を食っていないことを思い出した。


 時計を見ると十六時を過ぎたばかり。

 呑むにはまだ早い時間だが、おいしそうなイチゴを目の前にして我慢するのもバカらしい。

 確かこの前買ったシャンパンがあったはずだ。


 とは言え、少し資料に目を通しておきたい。

 せっかくのイチゴだ。思う存分堪能したいが、結奈のことも気になる。あまり時間はかけられないだろう。

 気乗りしない案件だが、イチゴを食べながらなら少しは気も晴れるかもしれない。

 そう思って、イチゴを肴にシャンパンを飲みながら資料に目を通す。


 男の名前は松浦修二。年齢は二十八歳。

 ヴェッタシュトランド社の研究員で、実家を出て今は社宅にてひとり暮らし。


 口数が少なく、研究に没頭するタイプのようで、あまり社交的な性格ではないらしい。

 社内で彼のことをよく知る人物は少なく、プライベートなことに関しては誰も知らないようだ。

 けれど、唯一松浦と親し気にしている人物がいた。


 同僚の清水智行、二十六歳。

 半年前に転職してきたばかりだが、彼とは結構気が合ったようだ。

 清水と談笑している姿を多数目撃されている。


 この清水という男。何年か前に別の施設で会ったことがある。その時は田中と名乗っていた。

 本来の彼の職業は公安の潜入捜査官だ。


 この男が絡んでいるということは、この会社には何か裏があるに違いない。

 そのキーパーソンが松浦なのだろう。


 松浦が姿を消して一週間。

 その行方を探している西垣。この女はどうもきな臭い。


 松浦の彼女だと言い張っているが、松浦の彼女は宝生の店で働いている佐々木結奈だ。

 そして佐々木結奈も姿をくらませた。

 謎は多い。


 なぜ松浦は行方をくらましたのか。

 なぜ西垣は彼女のふりをして松浦を探しているのか。

 佐々木結奈の失踪には西垣やよいが関わっている。

 おそらくその時に逃げ出したネコ。

 そのネコも探せという。

 何故だ?


 たががネコだろ。

 この猫が何か鍵を握っているという事だろうか。


 そしてなにより、松浦は俺を車で送ってくれた人物でもある。

 何という偶然だろう。

 できればこれ以上関わり合いたくないが、宝生の店員が絡んでいる以上無視はできない。


「んんん……」


 ソファで横になっていた泰雅が声をもらした。

 泰雅が目を覚ましたようだ。

 明日の朝になるかと思ったが、思いの外早く目覚めた。


「気が付きましたか?」


「あれ? 僕どうしちゃったんだろう」


 泰雅はまだ自分の状況を把握できていないのか、まわりをキョロキョロと見渡している。


「気持ちが悪いって気を失ってしまったんですよ」


 その言葉ですべてを思い出したのか、泰雅は顔を歪ませる。


「あのお姉さんの臭いが強烈すぎて、気持ち悪くなっちゃったんだよね。ショートしちゃうかと思ったよ。あ~でも、今はすごくいい匂いがする」


 泰雅は机の上に置いてあったイチゴに目を留めた。


「あ、イチゴだ。美味しそう」


 すると、泰雅は徐に手を伸ばし、イチゴを掴んだ。

 泰雅がそれを口に入れようとしたしたとき、カチリと撃鉄を起こす音がなった。

 ゆっくりと泰雅がこちらを見る。それもとても驚いた眼で俺を見た。


「あ、そういえば、俊さんにイチゴには気をつけろって言われてたっけ。僕を撃つの?」


「え?」


 泰雅に言われてハッとなる。

 時計の針は二十一時をさしている。机の上には酒の瓶が二本空になっていた。

 それほど弱くはないと思っていたが、酔っぱらってしまったのかもしれない。

 すきっ腹に呑んだのが効いたか……。


 だからだろう。思わず泰雅のこめかみに銃を突きつけていた。

 イチゴで命までは奪わないと断言したが、それは誤りだったようだ。

 認識を改めなければならないが、泰雅にも非はある。


「人のものを勝手に盗れば、撃たれても文句は言えないのではないですか?」


「そうかもしれないけど、イチゴを食べようとしただけで撃たれるとは誰も思わないんじゃない?」


「そうでしょうか。枯渇した土地ではコップ一杯の水が紛争の原因になることもありますよ」


「それは生命の危機に瀕しているからでしょ」


「食欲が減退していた私には、このイチゴは大切な命をつなぐ生命線です」


「そうなの? それなら撃たれても仕方ないか」


 意外とあっさりと納得した泰雅。

 でもお言葉に甘えて撃つわけにはいかない。


「頭から血を垂れ流しながらニコニコされても気色悪いだけですからね。ようやく食欲が戻ってきたところだし、せっかくのイチゴを台無しにはしたくありません。持ってきてくれた木南にも申し訳ないですし。今日のところは木南に免じて撃つのは止めておきましょう、それに……」


 泰雅の頭から銃を離し、慎重に撃鉄を戻してから銃をしまう。


「横から手が伸びてきたから思わず撃ちそうになりましたが、あなたの分は別にとってありますよ」


 泰雅の分をちゃんと分けて冷蔵庫に入れておいた。

 そうしないと全部食べてしまいそうだったからだ。

 冷蔵庫から取り出してくると、泰雅は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「僕の分もあるの? え? こんなに?」


 そう言うと、泰雅は美味しそうにイチゴを頬張る。

 頭に弾丸を喰らって平然としている姿を目にしていなければ、ヒューマノイドと言われたところで信じられなかっただろうなと、泰雅の姿を見てつくづく思ってしまう。


「はぁ~、イチゴってこんなに美味しかったんだね。僕、今まで何を食べても美味しいって感じたことなかったから、食欲の機能だけは不要だなって思ってたんだけど、今初めて食欲とか味覚とかあってよかったなって思う」


 ニコニコニコニコ、無邪気な笑顔で言われると、泰雅の分をちゃんと残しておいて正解だったと思った。

 泰雅は残しておいたのは一パック。そのうちの半分だけ食べたころ、何かを思い出したかのように泰雅がスッと立ち上がった。


「これは碩夢さんにあげる」


「もういいのか?」


 思わぬ申し出に顔がほころぶ。


「うん、元気になったし、僕、ネコを探しに行ってくる」


「今から?」


 何度かネコの捜索をしたことがあるからわかることだが、夜も更けたこの時間から探し出すのは難しい。

 野良猫は人や車が少ない夜に行動することが多いから夜行性だと思われがちだが、実はそうではない。


 飼い猫の場合は飼い主と同じように、昼に行動する傾向が強く、夜は物陰に隠れていることが多いから見つけにくい。

 だから、今からネコを探すという泰雅の言葉に、つい反応してしまった。


「うん、明日までに探さないと碩夢さんに雇ってもらえないからね。これ以上時間を無駄にするわけにはいかないよ」


 そもそも二日でネコを探すというのが無謀だが、泰雅には難題でもなさそうだ。


「夜は野良猫たちの集会が開かれるかれるから、話を聞くにはちょうどいいんだ」


 そうか、泰雅は哺乳類の言葉が話せるから、昼夜関係なく探せるのかと納得してしまう。

 それなら探すネコが一匹増えたところで、そんなに大変なことではないのかもしれない。


「もう一匹探してほしいネコがいる」


 どうせネコを探すんだ。一匹も二匹も変わらんだろ。

 西垣やよいが持ってきた写真を渡す。

 同じ黒猫だが、微妙に色が違う。それにこちらのネコは少年のネコより大人だ。


 「二匹を二日で探すの?」


 少しだけ不服そうな顔をする。

 それもそのはず。普通ネコを探すなら最低でも一週間はかかる。

 でも、動物と話ができると豪語する泰雅ならきっと楽勝に違いない。


「難しいか?」


 少し意地悪のつもりで言ったのに、泰雅には全く響かなかったようだ。

 泰雅はニッコリほほ笑んだ。


「いいや。約束。ちゃんと守ってね」


 二日で探すのは簡単すぎたかもしれないと後悔したが、すでに泰雅はスキップするように事務所を出て行ってしまい、訂正することは叶わなかった。


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