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16.賜物

 部屋はまだ香水臭い。

 臭いが消えるまでこの部屋には居られないな、と思いつつ隣の自室へ向う。

 ドアを開けると、そこには床に転がっている泰雅がいた。

 そういえば放置してたんだった。


 あああああああああ!

 ホント、面倒くさい。


「起きてください」


 泰雅はピクリとも動かなかった。

 顔をのぞくと、真っ青だ。

 まさか、本当に気分が悪かったのか?


「大丈夫ですか?」


 泰雅はうんともすんとも言わない。

 なんだ? どうした? 体調不良なのか? それとも故障?


 どちらにしてもここへ寝転がしといても邪魔なだけだ。

 足をズルズル引っ張って運ぼうとしたが、さすがに死体ではないので気が引けた。

 仕方なく背中に担いで運ぼうとしたが、思いの外重かった。


 やはり機械だからだろうか。普通の一般男性の死体より重い気がする。

 まあ、死体を担いで運んだことはないから、比べられないが。


 ソファまでたいした距離ではなかったのに、移動させるだけでこちらの体力は随分消耗した。

 ドサッとソファに横たわらせたが、泰雅はいっこうに目覚める気配がない。

 けれど、さっきより顔色が良くなってきた気はする。


「さて、どうするか」


 本来なら医者に診せる所だが、泰雅を医者に診せても問題は解決しないだろう。解決するどころか、大騒ぎになりそうだ。


 このまま放置しておいても良い気もするが、故障だった場合は面倒だ。

 静置していいのはワインだけと相場が決まっている。

 それ以外のモノを放置しておいて、いい結果になることはめったにない。


「やはりここは木南にみてもらうのが無難な選択か……」


 そう思った時、スマホがブルブルと振動した。

 着信だ。

 ポケットから取り出し液晶を見ると、運よくそこには『木南』と表示されていた。


「はい」


 電話の向こうから驚いた声が聞こえてきた。


『お、碩夢か?』


「俺の電話にかけておいてそれはないだろ」


 かけてきたのは木南のほうだ。

 それなのに疑問形で尋ねてくるのはおかしいだろ。と思ったが、木南は木南で言い分があった。


『いつも20回以上はコールしないと出ないのに、今日はすぐに出たから、かける相手を間違えたかと思った』


 なるほど。確かにいつも電話に出るのは遅い。

 ヘタすれば面倒だからと出ないこともある。


「ちょうどお前に電話しようと思っていたところだったからな」


『そうか。で、要件はなんだ?』


「かけてきたのはそっちだろ。そっちの要件を先に聞くのが筋だろ」


『なるほど。でも別に、俺の要件はたいしたことないが、結論から言うと、これからお前の事務所に寄っていいか?』


 なんというタイミングだろう。


「それは願ってもないことだ。俺もお前に来てもらいたいと思っていたところだ」


『そうかじゃあ、あと十分くらいで着くから』


 ブチっと電話が切られた。

 こちらの要件もきちんと聞かずに電話を切るのは木南らしい。


 まぁ、とりあえずここに来てもらえるなら問題はない。

 事務所に戻ると、西垣の香水の臭いがまだ充満している。


 本当に頭が痛くなる臭いだ。

 これじゃあ彼氏も逃げ出したくなる。

 つくづく不憫な彼氏だと思うが、実際には松浦修二は西垣やよいの恋人ではない。

 厄介なヤツに目をつけられたものだ。

 探し出すのが可哀そうなくらいだ。

 西垣が置いていった資料をみるとつくづくそう思う。


 俺のところへ依頼する前に、ざっと見ただけでも三社の探偵事務所に依頼している。

 これだけ探してもいないのなら、やはりこの世にはいないのではないだろうか。

 もし存命してるのなら、その身の隠し方をぜひとも聞いてみたいものだ。


 西垣が置いていった資料に目を通していると、インターホンがなった。

 思ったより早く木南が到着した。


 木南は両手に大きな荷物を抱えて入ってきた。

 自室に通し、ソファで横になっている泰雅を見て驚いた。


「どうした? 昼寝ってわけじゃなさそうだな」


「ああこれか、いきなり気持ち悪いってぶっ倒れた」


 木南が驚いたように泰雅を指さして聞いてきた。


「俺に来てほしいって、もしかしてこれか?」


 大正解。


 すべてを言わなくても分かってくれるっていうのは、ありがたい。

 木南は荷物を机の上に置くと、すぐさま泰雅の様子をみてくれた。


「う~ん……。これだけの高性能なヒューマノイドを見たことがないから、実際のところよくわからんが……、碩夢、香水つけるようになったのか?」


 木南が訝し気に聞いてきた。


「いや、俺がそういったものはつけないって知っているだろ」


「なら、あの臭いはなんだ? 芳香剤か何かか?」


 随分臭いが薄らいだと思っていたが、まだ西垣の香水の臭いが残っていたようだ。

 臭いが強烈すぎて、俺の鼻もイカレタか。


「いや、これは依頼人の香水の臭いだ。他人に不快な思いをさせていると気付いていないようだ」


「なるほどな。香水はつけていると慣れてしまって感覚が鈍くなる人もいると聞くからな。ハラスメントになっている事に気付いていないんだな」


 だからといて、なかなか注意できない。自分はいい香りだと思っているのなら尚更言いにくい。


 「で、香水がなんだ? 確かに頭が痛くなりそうなほどキツイが、気絶するほどじゃないだろ」


 いくらなんでも香水の匂いで気絶するなんて聞いたことがない。

 でも、木南は首を振る。


「いいや、泰雅の場合、犬並みに鼻がいいから相当キツイだろうな。碩夢でさえ頭が痛くなりそうなくらいの臭いなら、気絶してもおかしくはない」


「じゃあ、故障じゃないのか?」


「ああ、そうだな。おもちゃみたいに背中のネジを外して中をのぞくことはできないが、弾丸喰らっても自己修復能力でピンピンしている奴だ。香水の臭いくらいじゃ故障はしないだろ。明日になれば元気になるだろ」


「明日? それまでコイツをここに寝かせておくのか?」


「あれ? お前んとこで面倒見るんじゃないのか? 碩夢のところで働くって張り切ってたぞ」


 あ~、やっぱり誤解されてる。

 そういえば、昨日宝生の店でそんなこと言い張ってたな。


「だから、まだ雇うと決まったわけじゃないし、一緒に暮らすなんてごめんだね」


「そんなこと言うなよ。すっげー慕ってんじゃん」


 それが意外なんだが、どういうわけだか懐かれているようだ。

 俺、コイツに何したっけ?


「こちらとしては迷惑以外のなにものでもないけどな」


「だからって、放り出すなよ。見た目は人間でも機械だ。誰かの所有物である可能性が高い。勝手に破棄すれば器物損壊罪になりかねないぞ。いや、これだけの高性能なヒューマノイドだ。窃盗罪に該当するかもしれないな」


「だったら尚更、こいつがここに居たら俺は犯罪者になるだろ」


「まあ、これが口もきけないただの機械の塊ならそうだが、幸い彼には感情がある。彼がここに滞在することを望んでいるかが焦点になるな」


「だから、なんで俺が罪に問われるんだ? それが腑に落ちん」


 向こうから勝手にやってきたんだろ、どちらかといえば俺は被害者だ。

 相当不満そうな顔をしていたのだろう。

 木南がなだめるように、俺の肩をポンポンと叩いく。


「世の中の九割は理不尽な事ばかりだよ。今更そんなこと説明しなくても分かっているだろ? でも理不尽なことも見方を変えれば結構面白い。腐るなよ」


 腐りたくもなるが、文句を垂れたところで状況は何も変わらない。

 それならいちいち考えていても仕方がない。


「そうそう、もし泰雅の調子が悪くてどうにもならなくなったら、首の根元を思いっきりぶっ叩け」


「年寄りがテレビが映らなくなったりしたときとか、バンバン叩いている要領か?」


 叩いて直れば楽でいいが、高性能なアンドロイドがそんなことで直るのか?

 逆に壊れそうなイメージだが。


「物事は単純なほうがいいだろ?」


 木南がニヤリと笑った。


「ずいぶんアナログな方法だけど、まあ、それで直るならいいか。まあ、壊れたことろでどうでもいいけどな」


「そんな可哀そうなこと言うなよ」


 思いっきりぶっ叩けっていったヤツが言うなとは思ったが、こういう雑なところが木南らしい。

 それより木南が持ってきた荷物の方が気になる。


「で、いったいこれはなんだ? さっきからここの臭いを洗浄してくれるほどのいい香りがただよってきているんだが」


 西垣の香水の臭いを帳消しにしてくれそうないい香りが、その荷物から匂ってくる。


「ああ、これか。俺のクライアントがイチゴ農園をやっていて、傷があって出荷できないイチゴだらしい。ジャムにするほど崩れていないからって持ってきてくれたんだ。でもそれがすごい量で、俺一人では消費しきれない。で、宝生のところに持って行ったが、こんなに要らないって言われて、イチゴといえば碩夢、お前の顔が浮かんだってわけ」


 店を営んでいる宝生だが、主に酒の提供を主軸としている店では大量のイチゴは消費しきれないかもしれない。

 で、俺に白羽の矢が立ったってわけか。


「俺を思い出してくれて嬉しいよ」


 木南はイチゴを机の上に置くと、もうひとつ小さな箱を差し出してきた。


「お前に渡したかった本命はこっち」


 そう言って渡されたのは茶色いリボンで結ばれた小さな箱。

 指輪でも入っていそうな箱だ。

 渡す相手を間違っていないか?

 思わず顔が歪む。


「なんだ?」


「泰雅の中に入っていたものだ」


「それを何で俺に? 泰雅に返せばいいだろ」


「うーん、泰雅に渡そうかと思ったけど、そんなものが自分の中に入っていたって知ったら可哀そうだろ?」


 木南はすっかり泰雅に情が移ってしまったようだ。


「で、俺はこれをどうしたらいいんだ?」


「俺には使いこなせないから、お前が好きに使ってくれ。そうだ、お前のことが大好きで追ってくる奴らがいるだろ。そいつらに渡したらどうだ?」


 なるほどね。


 ずいぶんと物騒なものが泰雅の中に入っていたもんだ。

 何のためなのか……、いやいやいや考えるのは止めよう。

 嫌なことしか思い浮でこない気がする。


 木南は、用は済んだとばかりにそそくさと帰ろうとしていた。


「もう帰るのか?」


 てっきり一緒にイチゴを食べるのかと思っていた。


「ああ、イチゴを届けたかっただけだ。まだ仕事も残ってるし。泰雅と食べたらどうだ? 味覚はきちんとあるようだし、親睦を兼ねて一緒に食べるのも悪くないだろ」


 木南は良かれと思ってそう言ってくれたんだろうが、こちらとしては不要な気づかいだ。


「なんでこいつと一緒に食べなきゃいけないんだ?」


「この量だぞ。ひとりじゃ無理だろ」


 確かに、スーパーで売っている透明なパックにイチゴがビッシリ入っている。

 そのパックが4パック入っている箱が3箱もある。

 この量はなかなか買わない量だ。贅沢な景色に見ているだけでもテンションが上がる。

 それなのになんで先日会ったばかりのヤツと一緒に食わなきゃならん。


「はぁ~? なんで俺がヤツと親睦を深める必要があるんだ? しかもこの量は俺一人でも十分食べ切れる量だ。ロボットごときに分け与えてたまるかッ」


「ウソだろ……。この量をひとりで食うのか? 一週間はかかるだろ。ヘタすりゃイチゴが腐るぞ」


 うんざりというように木南は顔を歪める。

 一週間? そんなにかからない。

 得体のしれないロボットにくれてやるほどの量ではない。


「酒の肴にちょうどいい量だ。二日で食べ切れる。安心しろ」


「イチゴが酒の肴になるっていうのが未だに理解できんが、碩夢ならこの大量のイチゴを腐らせないだろうと思ったのは間違いじゃなかったな」


「これならいつでも大歓迎だ。それに今日は来てくれて助かったよ」


 木南が来てくれなければ、俺はとっとと泰雅を放り出していたに違いない。

 少なくても犯罪者にならなくてすんだ。

 木南は振り向きざまに手を振って部屋を出ていく。


 と思ったが、突然立ち止まって慌てたようにポケットをまさぐり始めた。

 どうせ車の鍵でも探しているのだろう。

 そう思って机の上を見てみれば、案の定見知らぬ鍵が置いてあった。


「探し物はこれか?」


 鍵を見せると、木南の顔に安堵の表情が広がる。


「あ、俺の鍵。見つけてくれたのか?」


 見つけるもなにも、そこに置いてあっただけだ。


「忘れものだ」


 木南に鍵を投げて渡した。

 鍵を受け取ると、木南は恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。


「大切なものはポケットにしまうようにすれば失くさないと思ったんだけどな」


「そう思っただけでも大きな進歩だ」


「でも、未だにポケットに大事なものが入っていたためしがない」


 ある意味これも1つの才能か。

 頭がよく、仕事もそつなくこなす完璧人間の木南が人間臭いのは、こういうところなのかもしれない。


「老後はお前が失くしたものを探す旅にでるのも楽しそうだな」


 からかい半分に言った俺の言葉に、木南が苦笑いを浮かべた。


「すべて探し出すまでに四半世紀はかかりそうだ」


 大げさだと言ってやりたいが、木南は毎日何かを探している。


「老後とは言わず今からでも旅に出ないと寿命が尽きるな」


 そう言うと、木南は大きく頷いた。


「確かに」


 そう言って笑うと、木南は部屋を出て行った。

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