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15.香水

 この臭い……どこかで嗅いだことのある臭い。

 次第に濃くなる臭いに、思考が停止する。


「ここは探偵事務所でよかったかしら?」


「ご依頼ですか?」


「探してほしい人が居るの」


 客なら仕方ない。 鼻をつまみたくなるのを必死に抑え部屋に招き入れる。


「どうぞ」


 中に入ると、女はすぐさま泰雅を見て反応した。


「あら、とても素敵な方。あなたの部下?」


「いいえ」


 香水の臭いに思わずむせそうになり、短く答えた。

 女は自分の香水が害を与えているとは思いもしないのか、臭いを巻き散らかすように髪をかきあげた。

 鼻を抑えようとする泰雅の足を蹴飛ばす。


「探偵にしておくにはもったいないわね」


 にこやかに近づこうとする女に対し、泰雅はあからさまに顔を歪め逃げ腰だ。


「あの……僕、さっそく探しに――」


 そう言って部屋から出ていこうとした泰雅だったが、突然その場にしゃがみっこんだ。


「どうしました?」


 慌てて駆け寄ると、泰雅の顔は真っ青だった。


「気持ち……悪い」


「え?」


 ヒューマノイドだぞ。ロボットだぞ。平たく言えば機械だ。気持ち悪いってどういうことだよ。


「あの人どっかやって……、臭いがきつすぎて……無理」


 ぼそりと俺にだけ聞こえるように泰雅が言った。


 頭に銃弾ぶち込まれたって平然としていたやつが、香水の臭いがきついからって気持ち悪くなるか?


「吐きそうぉ~」


 吐くって……。何を吐くんだよ。

 飯を普通に食うのか? そんでもって消化されて人間同様に排泄されるのか?

 ウソだろ……。


「ちょっと! 客そっちのけで何やってんの?」


 お前のせいだぞッ!

 叫びたくなるのをグッと抑え、必死の思いで笑顔を浮かべる。


「申し訳ありません。体調を崩してまして、別室で休ませますので少々お待ちいただけますか?」


 疑わしい目つきでこちらを見たが、血の気が引いた泰雅の顔を見て、女はフンと鼻を鳴らした。


「具合が悪いんじゃ、仕方ないわね」


「申し訳ありません。そこのソファにかけてお待ちください」


 女に言いおいて泰雅に向き直る。


「大丈夫ですか?」


 俺の言葉に首を振り、泰雅はしゃがみ込んで口元を抑えた。


 ぁぁぁあああああああああ――ッ!


 なんで、俺がコイツの面倒を見なきゃならないんだよっ!

 めんどくせぇ~。


 でも、さすがに依頼人を目の前にして、体調の悪い人間を放置するのはマズい。

 仕方なく隣の部屋へ泰雅を押し込む。

 隣の部屋は居住空間でリビングルームになっている。

 他人を入れたくはないが、仕方ない。


「気分がよくなるまでそこのソファで横になっていてください」


 足元がおぼつかない泰雅を部屋へ押し込み、俺は依頼人の元へと向かった。

 部屋は女の香水の臭いが充満していた。

 鼻をつまみたくなるのをグッとこらえ、笑顔を張りつけた。


「今、お茶をお持ちしますね」


 新鮮な空気を吸いに給湯室へと急いだ。

 さすがにここまでは空気が毒されていなかったので、深呼吸してから依頼人と対峙するべく気合を入れた。


「お待たせいたしました」


「私、あなたのような暇人とは違うのよ」


 泰雅のせいで俺が怒られるのは腹立たしいが、反論するのも鬱陶しい。

 とっとと依頼内容を聞いて、帰ってもらおう。

 じゃないと、俺も身が持たない。


「申し訳ありません。では、早速ですが依頼内容をお聞かせ願いますか?」


 女が一枚の写真を出した。

 研究室のような場所で5・6人の男女が白衣を着て写っていた。

 そのうちの一人、女の隣に写っている男を指さした。


「彼を探してほしいの。名前は松浦修二」


 この男……。


 俺を車で送ってくれた男だ。正しくは俺が運転したが今はそんなことどうでもいい。

 そして、結奈の部屋で見た写真に写っていた男でもある。

 こいつは結奈の恋人じゃないのか?

 結奈の行方を松浦修二に聞けば何か手がかりを得られると思っていたが、この男も行方不明とは一体どういうことなのだろうか。


「研究室のような場所のようですが」


「ヴェッタシュトランド社の研究室よ。名前くらいは聞いたことあるでしょ? 彼も同じ研究員よ。何日も無断欠勤しているの」


 女は名刺を差し出してきた。

 ヴェッタシュトランド社、研究員。

 西垣やよい。

 名刺にはそう書かれていた。

 単なる同僚である西垣が、何故松浦を探しているのだろうか。


「何故あなたが同僚である――」


「恋人よ」


 女が食い気味に俺の言葉を訂正した。

 恋人?

 結奈の彼氏ではないのか?

 松浦修二は二股をかけていたという事か?

 松浦はそんな男には見えなかったが、ほんの少し話しただけでは人間の本性なんて分かるはずもない。

 それに西垣の言葉を否定するには、材料が足りない。

 否定するより、ここは慎重に話を進める必要がある。

 西垣が結奈の失踪に絡んでいる可能性もある。

 上手く情報を引き出せば、結奈の失踪の手がかりを掴む事ができるかもしれない。


「なぜ、恋人のあなたが彼の行方を探しているんですか?」


「電話も出ないし、家にもいないの」


 西垣はさもつらいという表情をするが、なぜか白々しいと思ってしまう。


「彼女からの連絡に一切応じないんですか?」


「ええ、ちょっとケンカしちゃって」


「ケンカしたから彼女との連絡に一切応じないと?」


 西垣が無言で頷いた。

 ケンカしたくらいでそんなことがあるだろうか。

 あるとすればよほどの理由に違いない。

 西垣がウソをついている可能性もあるが、仮に西垣と松浦が恋人関係だったとして、松浦が西垣の前から姿をくらます最大の理由は――。


「とても言いにくいことですが、彼に女性の影は見えませんでしたか?」


「その線は真っ先に疑ったわよ。会社の女性社員からよく行くコンビニ店員まで片っ端から調べたわ」


 あっけらかんと話す西垣だが、内容はかなりヤバい。

 ストーカーもひれ伏すくらいのストーカーっぷりに言葉が出ない。

 通常ならありえないだろ。

 ちょっとケンカしただけで音信不通になるか?

 でも、松浦は姿を消した。

 よほどの理由があるのだろう。

 まあ、相手が西垣なら姿をくらましたくなるのも分からないでもない。

 そっとしておくのが彼のためだと思う。


「ゆっくり考えたいこともあるのではないですか? すこし距離を置くのもいいものですよ。互いの大切さを見直すこともできます。箸休めみたいなものですよ。好きなものでも毎日食べていれば飽きるといいますし」


 箸休めならいいが、口直しとなると穏やかな話では無くなってくる。

 まあ、口直しではなくすでにうんざりしているなら、箸を再び持つことはない。

 とは、さすがに言えない。

 出来れば俺は松浦側につきたいのだが、そうもいかないようだ。

 西垣がじろりと睨みつけてきた。


「私ほどのいい女、そうそういないわよ。それなのに彼は私に――」


 私に振り向きもしない、とい言葉が続きそうだ。

 西垣も失言に気付いたのか、口を閉ざした。

 けれど、すぐに気を取り直し威勢よく喚いた。


「いいから、彼を探して!」


「恋人なら彼が行きそうな場所くらい見当がつくのでは? 案外友達の家に転がり込んでるとか」


「探したわよ。彼の実家から学生時代の友人、元カノにも聞いたけど、誰も彼の居場所は知らなかったわ」


 それは恐ろしい。


「ビジネスホテルとかカプセルホテル――」


 そこは警察も事件性がなければ使用客を調べるのは難しい、と思ったが西垣は警察よりも上手だった。


「ネットカフェやスーパー銭湯、思い当たるところは全部探したわ」


 個人情報保護法は完全無視されてる。

 どんな手を使ったら調べられるのかぜひ教えてほしいものだ。今後の参考にしたい。加えて松浦にも上手に姿を消す方法を伝授してほしい。

 もうここまでくると泥沼状態だな。

 こうなったらとことん逃げてくれと、何故か松浦を応援したくなった。


「これ以上どこを探せと?」


「あなた探偵でしょ? 素人の私が探せないところを探してよ」


 いやいやいやいや、玄人でも入り込めないところまで土足でグイグイいってますよ。

 あとは山か海しかないだろ。土を掘り起こすシャベルか、ウエットスーツに酸素ボンベが必要かもしれない。


「お金なら糸目はつけないわ」


 そう言うと、帯のついた札束をひとつ机の上にポンと置いた。


「着手金としては十分のはずよ。彼を探し出せたらこの倍は払うわ」


 大手の探偵事務所ならわかるが、個人の事務所でこれだけの着手金を支払うのは異例だ。 しかも、成功報酬もかなりの高額だ。

 そうまでして探したいという事なのだろうが、簡単に『見つかりませんでした』じゃ、済まされないだろうな。

 六文銭を渡されて、三途の川の向こう岸まで探して来いと言いかねない勢いだな。

 少し方向性を変えた質問をしてみる。


「そういえばあなたが務めている会社、最近サイバー攻撃を受けたとニュースになっていましたね。彼が不正にアクセスし開発データを奪ったという可能性は?」


 女の顔が一瞬だけ歪んだ。


「会社の人たちは彼が何か関係しているんじゃないかって噂してるわ。だから行方をくらましたってね」


 松浦がその件に関わっているとすればありえない話ではない。

 西垣との関係に嫌気がさし行方をくらましたという話より信憑性はある。


「あなたはどう思っているんですか?」


「彼がそんなことをするはずないって思っているけど、でも人間魔が刺すことだってあるでしょ」


 そりゃすべての人間が聖人君主なわけじゃない。善良そうな顔をして平気で悪事に手を染める人間はいくらでもいる。

 でも、どんな理由があれ信じぬくのが恋人ではないのか? という言葉は飲み込んだが、別の言葉が飛び出してしまった。


「で、彼とはどういうご関係ですか?」


「恋人です。最初からそう言ってるでしょ」


 ああ、そうだった。


「失礼しました。彼はどんな開発を?」


「あまり詳しくは言えないけど、手術支援ロボットの開発よ。より繊細でより高度な技術をもった手術用のロボットなの」


 ロボット……ね。


「より人間に近いロボットの開発ですか?」


「そうね。近い将来そういうロボットが出来るかもしれないわ。介護用にそういうロボットを開発することも目的のひとつよ」


 なるほど、泰雅のようなロボットがそのうちゴロゴロ出てくるというわけか。


「ところで、警察には相談しましたか?」


「警察に相談すると大事になるでしょ。もし本人に後ろ暗いところがあったら余計姿を隠してしまうんじゃないかと思って相談してないわ。会社の方もあまり騒ぎだてしてほしくないみたいだし」


 それらしい言い訳ではあるが、西垣の言葉に首を捻ってしまう。

 大切な人が行方不明になったら、真っ先に警察へ相談しに行くのが普通ではないだろうか。

 事件に巻き込まれているかもしれないし、事故にあった可能性もある。意識不明でどこかの病院に運ばれたかもしれない。


 探偵に相談するより警察や消防へ問い合わせしたほうが実りは多いだろう。

 ましてや万が一犯罪に手を染めていたとしたら、罪悪感から自ら命を立つことだってあるし、もしかしたら共犯者がいて、仲間に裏切られ命を奪われたかもしれない。

 こういう時は大抵悪い方にばかり想像してしまいがちだ。


 本当に大切な人ならば、真っ先に警察へ駆け込むものだと思っていたが、そういう行動をとらない人間もいるのか、もしくは警察に絡んでほしくない事情があるのか……。

 いずれにせよ、西垣と松浦の関係はあまり好ましくないという事だろう。


「では、彼がよく行く場所はどこですか?」


「えっと……コンビニ?」


 コンビニねぇ~。しかも疑問形で答えた。

 そりゃあ誰でも行くだろ。俺の質問が悪いのか? 主婦に野菜をどこへ買いに行くかと尋ね、『スーパー』と答えるくらい愚問だっただろうか?

 まあいい、とりあえず次の質問。


「彼が職場で親しくしている人はいますか?」


「それなら彼が一番親しかったんじゃないかしら」


 西垣が写真の右端の写っていた男を指さした。

 コイツは見覚えがある。

 線が細く華奢な男。

 木下智絃、公安警察で須賀警部の部下だった男だ。いや、過去形ではなく現在進行形だろう。

 きな臭いにおいがしてきた。


「彼は?」


「清水智行くん。半年前に転職してきたんだけど、仕事はできるし気さくで優しい子よ。すぐに打ち解けて、プライベートでもよく遊んでたみたい。でも、清水くんも彼の居場所は知らないって」


 清水智行、別人だったか。いや、潜入する組織に本名で乗り込む事はしない。そもそも木下智絃という名前も本名とは限らない。

 公安の人間が絡んでくるとかなり厄介な案件になりそうだ。

 すると、西垣は持っていたカバンの中から大きめの茶封筒を取り出した。

 見ると他の探偵事務所で調べたらしい調査書だった。


「一応これが彼の情報よ。どんな状態でもいいから見つけて」


 どんな状態でも? おかしな言い方をする。


「まるで、彼が亡くなっているような言い方ですね」


「そ、そんなんじゃないわよ。ほ、他の女の所に入り浸っていてもっていう意味よ。そっちこそ変な事言わないで」


「失礼しました。では、正式に依頼をされるという事でよろしいのですね」


「ええ、もう1つお願いしたいことがあるの」


 注文の多い依頼人だ。

 内心うんざりだが、顔には出さないのがプロだ。


「なんでしょう」


「飼ってたネコが見つからないの。ドアを開けた途端出て行っちゃって、戻ってこないの」


 ペットも逃げ出すとは西垣やよい、強敵だな。

 西垣がネコの写真を見せてきた。

 松浦と女性が仲睦まじくネコを抱きかかえた写真だ。でも、どういうわけか女性側の顔のところが切り取られている。

 西垣の顔を見ると、少しバツが悪そうに目を逸らした。


「ケンカしたときに勢いで破いちゃったの」


 明らかにウソだとわかる。

 写真の女性は明らかに西垣と服装の趣味が違う。

 西垣ではない女性だとすぐにわかった。


 この写真、どこかで見たことがある。

 そんなに考えるまでもなく、すぐに思い出した。

 結奈の部屋で見た写真と似ている。

 だから、ここに写っているのは結奈で、西垣ではない。


 ここでようやく話が繋がった。

 どこかで嗅いだことのあるニオイは西垣の香水の臭いだ。

 結奈の部屋に行き、姉だと名乗りキャリーケースを持って『旅行に行く』と隣人に告げたのは、西垣やよいに間違いない。

 ウソがバレているとも知らずに、西垣は執拗に言葉を重ねる。


「黒くて赤い首輪をしているネコよ。彼がとても可愛がっていた猫だから、彼が戻ってきたときにいなんじゃ寂しがるでしょ」


 人はウソをつくとき饒舌になる。

 西垣も例にもれずしゃべるスピードが増し、聞いてもいないことをベラベラと話した。


「人見知りするネコだから、きっとどこかで怯えているわ。お腹もすかせているだろうから、早く見つけてあげなきゃ可哀そう」


 芝居がかった話し方が鬱陶しい。

 この臭いも鬱陶しい。

 早く帰ってくれと心の中で拝んだが、ネコについてどうでもいい話をずらずらとしゃべる。

 そしてようやく「じゃあ、頼んだわね」と言って、西垣は事務所を出ていった。

 急いで窓を全開にする。

 けれど、姿はなくても未だ臭いは健在だ。

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