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13.隣人

 佐々木結奈、25歳。

 両親は二人とも健在で、7つ下の高校生の妹がひとりいる。

 専門学校を卒業しバーテンダーを目指して上京。

 今はアパートでひとり暮らしをしている。


 宝生の話では、彼氏はいるようだが同棲はしていないということだ。

 勤め先の店からひと駅、そこから十五分くらい歩いたところに彼女のアパートはあった。

 2階建ての白を貴重としたわりと新しめの建物で、いかにも女性が好みそうな外見だ。


 203号室。


 彼女の部屋の前まで来て異変に気付いた。

 扉が少しだけ開いていた。

 女の子のひとり暮らしにしては不用心すぎる。


 耳をすまし中の様子を伺ったが人の気配はない。

 ドアノブに手をかけようとしたとき、隣の住人が玄関から出てきた。


 咄嗟に袖口を伸ばし直接触れないように気を付けながら玄関のドアを閉めた。

 変に誤解をされると面倒くさい。


 隣人は30代前半の女性で、一見したところ夜の商売をしている雰囲気のある女性だ。

 目が合ったので軽く会釈すると、思いっきり不審人物を見るような視線を俺に向けてきた。


「あの、佐々木さんいらっしゃらないようなんですけど……」


「はぁ~」


 だから何? というような口調。


 なるべくなら関わりたくないというのがひしひしと伝わってくる。

 けれど、ここで引き下がるわけにはいかない。一応これでも探偵なんだ。家に居ませんでしたという報告だけじゃ、探偵家業は勤まらない。


「勧誘ならお断り」


 話しかけようとする俺をシャットアウトするかのように、隣人の女性は手を前に突き出した。


「いえいえ、そんなんじゃないですよ。この近くに喫茶店とかファミレスってありますか?」


 何でそんな質問? という顔をしたが全く無視する気はないようだ。


「喫茶店もファミレスもこの近くには無いわよ。コンビニならそこの角を曲がったところにあるけど……、そうだ」


 何か妙案が浮かんだのか、女性はバッグの中からカードのようなものを一枚取り出した。


「喉が渇いているんだったら、これから私のお店に行かない?」


 女性の目つきが、不審者を見るような怪しげな視線から、妖艶な色香漂うものへと一変した。

 さながら獲物を狩る女豹といったところだ。


 見れば、女性が取り出したのは名刺で、黒い台紙に金色の文字で『美音』と書かれていた。

 女は嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ。


 酒も好きだ。毎晩呑みたいのを堪えるのが苦痛なくらいには好きだ。


 けれど、両脇に女を侍らせ酒を呑むより、口説いた女と静かに呑むほうが性に合っている。

 興味を惹かれないといったら嘘になるが、今は仕事中だ。誘いにのるわけにはいかない。


「お店に行きたいところですが、呑みに行ってしまっては黒木さんに会えなくなってしまうので……」


 さも残念そうに言ってみると、美音の口から思いもかけない言葉が出てきた。


「当分帰ってこないと思うわよ」


 だからお店に行こうと、胸を押し付けるように腕に絡んでくる美音。


 やわらかな感触が腕に伝わってくるが、それよりも美音の言葉の方が気になった。


「帰ってこない?」


「ええ、昨日だったかな。お姉さんと旅行に行ったわよ」


 姉?


 結奈には7つ下の妹しかいない。


 いくら最近の女子高生が大人びて見えたとしても、7つも年下の女の子を姉だとは思わないだろう。

 考え込む俺に、美音は探るように聞いてきた。


「……もしかしてお姉さんの旦那さん?」


 居ないはずの姉。


 俺のことをその姉の旦那だと思うには、それなりの根拠があるはずだ。

 情報を得るにはいいチャンス。


「何か聞いてます?」


 すかさず尋ねてみたが、そこはやっぱりプライベートな話だからなのか、言葉を濁す。


「ん……、聞いてることは聞いてるけど……」


 さて、どうやって聞き出すか。

 イチかバチか、鎌をかけてみる。


「その……喧嘩をしてしまって……結奈ちゃんのところに来ているんじゃないかと思って探しに来たんですが」


 それらしいことを口にしてみたら、思いの外マッチしたようだ。


「やっぱりそうなんだ」


「勇気をふり絞って来てみたんですが……」


 すかさず話を合わせてみると、美音がニヤリと笑った。


「ははは……、奥さんに家出されちゃったんだぁ」


「お恥ずかしい限りです」


 できるだけ情けない男を演じると、可哀そうだと同情してしてくれたのか、警戒心が薄れ饒舌に話し出す。


「せっかくむかえに来て可哀そうだけど、けっこう大きなキャリーケースだったから当分帰ってこないんじゃない?」


「え? そうなんですか?」


「残念だったわね」


 うなだれる俺の肩を隣人がポンポンと叩いた。結構気さくな人柄のようだ。


 今のご時世隣にどんな人が住んでいるのかも知らない人が多い中、隣人が旅行に行ったことを知っているくらいだから、普段からそれなりに付き合いがあったようだ。


 けれど、家族構成を把握していないところをみると、さほど踏み込んだ付き合いはしていないのかもしれない。


「あれ? でもチャコちゃんどうしたのかな」


「チャコちゃん?」


「ああ、結奈ちゃんちのネコちゃんの名前よ」


「このアパートはペットを飼ってもいいんですね」


「そうなの私もネコを飼っているんだけどね……」


 そう言ってスマホを取り出し写真を見せられた。


 しばらく美音のネコの話をさんざん聞かされ、ひと段落したところで本題に話を戻す。


「きっと旅行へ行ったのは私への当てつけなのでしょう。付き合わされた結奈ちゃんには申し訳ないことをしました」


「彼氏も仕事が忙しくてあまり会えないって愚痴ってたから、結奈ちゃんもお姉さんと一緒に旅行へ行けて良かったんじゃない? ああそうか、だからチャコちゃんあんなに怒ってたんだ」


「怒ってた?」


「ほら、ネコ特有の『シャァーッ』ってやつ。珍しくチャコちゃんが怒っていたからどうしたのかなって思っていたんだけど、今はペットと一緒に宿泊できるホテルもあるから、きっと連れて行ったのね。チャコちゃんが怒っていたのは、ゲージに入れられるのを拒んでいたからだわ」


 ひとり納得していた美音だったが、ふと首を傾げた。


「あれ? でもお姉さんゲージを持っていなかった気がするけど……」


「ネコは主人である結奈ちゃんが連れていたのでは?」


「ううん、結奈ちゃんは仕事が終わってから直接行くって。現地で待ち合わせするんだって言ってたわよ」


「え? 結奈ちゃんとは会っていないんですか?」


「ええ、ちょうど仕事から帰ってきたときに偶然キャリーケースを持って出かけるお姉さん――あなたの奥さんに会って、その時に『結奈と旅行に行ってくるので留守をお願いします』って挨拶されたの」


「そう……なんですね」


 なるほどね。

 姉だと名乗る女性とキャリーケース。

 ネコの鳴き声に施錠されていない玄関のドア。


 事件の臭いがプンプンする。


 けれど、ここで騒いでも動きにくくなるだけだ。

 ここはいったん宝生に連絡をしておいた方がいいだろう。


 宝生の情報収集力は高く、樹液に群がる虫のごとく情報が集まる。

 しかもその情報は正確で有益なものばかりだ。


 俺があれこれ聞き出して不審がられるより、あとは宝生に任せた方がよさそうだ。


 考え込んでいる俺の様子を、落胆していると勘違いしたのか、美音が俺の方をポンポンと叩いてきた。


「一歩遅かったわね。でも二・三日もすれば気分もリフレッシュして帰ってくるわよ。もしお姉さんに会ったら『むかえに来てましたよ』って言っておいてあげる」


「よろしくお願いします」


 話がひと段落したところで、美音が時計を見た。


「いけない! 遅刻しちゃう。じゃあね」


 そう言うと美音はバタバタと走っていったかと思ったら、急に立ち止まるとこちらに向かって手を振ってきた。


「奥さんと仲直りしたら、お店へ遊びに来てね。サービスするわよ」


 店の宣伝をきっちりすると、美音は足早に立ち去った。


 さてと、ここからは少し慎重に行動しなければ。


 周りを見て人がいないのを確かめてから、ゴム手袋を取り出した。

 使うことはないだろうと思いながら、ここへ来る途中念のためにゴム手袋を購入しておいた。


 まさか使うことになろうとは……。そう思いつつ、玄関をあけた。


 サッと中に入り鍵をかけ、念のためチェーンをかける。

 ほんのりと香水の香りが漂っている。

 香水は嫌いではないが、この臭いはあまり好きな臭いではない。


 香りは味にも左右されるからと、宝生は店で香水をつけることは許可していないはずだ。

 だから結奈が香水をつけるイメージは無かったが、結奈も女性だ。

 仕事の時はつけなくても、彼氏に会う時くらいはつけるのかもしれない。


 違和感を覚えつつも部屋を見渡してみる。


 間取りはオーソドックスなタイプで、玄関を入るとすぐにキッチンがあり、その奥に居住スペースがあった。


 部屋の様子をみて思わずため息が出た。


 クローゼットの扉は開けっ放しで、引き出しという引き出しから物が出され部屋中を掻きまわし何かを探したような惨状だ。

 ネコのゲージも床に転がっている。

 決して結奈がだらしなくて部屋が散らかっているわけではない。

 これは、誰かに荒らされた跡だ。


 最初は空き巣かと思ったが、床に転がっているカバンから財布が飛び出していて、そこにはクレジットカードもキャッシュカードも入っている。

 現金にも全く手をつけていない所を見ると金品目的ではなさそうだ。


 荒らされかたをみると、何かを探しているような感じだ。

 それを裏付けるかのように、机の上に不自然な空間がある。

 大きさ的にノートパソコンがピッタリ収まるサイズだ。


 欲しかったのはこれか……。


 でも、パソコンが欲しかったのなら部屋をここまで荒らす必要はない。

 何しろ部屋に入って真っ先に目につく場所に机が置いてあるからだ。


 お目当ての物が探しても見つからず、仕方なくパソコンを持っていったのかもしれない。

 派手に荒らされてはいるが、争った形跡はないし、床や壁、風呂場にも血痕はない。


 シンク下の包丁ホルダーにはちゃんと包丁が納められていて、本数が足りないということもない。

 この状況からすると、連れ去られたと考えるのが妥当だろう。


 姉だと名乗った人間が持っていた大きなキャリーケース。たぶんあの中には旅行に必要なものではなく『結奈』が詰められていたことは想像がつく。


 血痕がないところをみると刺されたり殴られたりはしていないだろうが、生死は不明だ。

 それにドアが開いていたことを考えると、ネコはきっと逃げてしまったに違いない。


 棚の上に倒れた写真立てがあった。


 そこには笑顔の結奈と、その隣で優しそうな笑みを浮かべている男の写真が入っていた。


 この男……。


 健康的な結奈の笑顔とは対照的で、やせ形で猫背、青白い顔の目の下にはクマ。

 疲労感はあるが、それでも恋人の隣で笑っている男の顔は幸福感に満ちている。

 随分と印象は違うが、間違いない。


 牧場で会った男だ。


 あの男が結奈の恋人だったとは……。


 それはさておき、これはただ事ではない。


 いったい結奈の身に何があったのだろうか。

 今の時点では何も答えを見出すことはできない。


 とりあえずスマホを取り出し部屋の様子を写真に納める。

 長居は無用だ。五分とかからずに部屋を出た。


 宝生には気の毒だが、いい報告は出来なさそうだ。

 こんなことなら安請け合いなんてするんじゃなかった。


 ヒューマノイドに会ってからろくなことがない。

 あいつを雇うのはやっぱりやめた方がよさそうだ。

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