青かった夏、熱かった涙
1
誰よりも先へ、誰よりも速く少女はハードルを飛び越えて行く。陸上部に所属するその少女の名前は沙織。肌が浅黒く、美しい肢体を持つ今どきのJK。県大会を七日後に控えた彼女は陸上部のエースとして大変な期待をみんなにかけられていました。
しかし彼女はまだ若い。高校一年生らしく箸が転がってもおかしい年頃。県大会までの七日間は彼女の秘密の七日間でした。
「さーおり部活終わったらカラオケ行こ」同じ部活の智子が声をかけて来た。
「ごめーん。智子今日私バイトあるから」
「あーあのいかがわしいお店でしょ?」
「いかがわしくなんてないって。歪んだ性欲の持ち主たちの生け贄になるだけなのだ」
「それをいかがわしいっていうんでしょ」
「お触り無しだもん。いらっしゃいませーご主人様って言えばいいだけだもん」
「うーん。沙織って変わってる。私オタク嫌いだから」
「人気があればいいのだ。ネットアイドルにハマる男達よりは健康的だよ。私IKHだから男にチヤホヤされたいだけなんだ」
「ふーん。まぁ頑張ってね。それじゃ」
メイド喫茶「ファニーマスク」
ギャル曽根みたいな顔をした妹系の女の子達をウリにしているお店の中で、沙織はちょっと浮いていた。
「ねぇねぇモエモエジャンケンしません?勝ったらわたし手作りのストラップあげます」
お客さんにそう言ってケロロ軍曹のストラップを見せる。
「私勝ったら萌えるフルーツパフェ頼んで下さいね」
「いや、俺ケロロ軍曹に興味ないんだよね。初音ミクが好きなんだけど」
「えーケロロ軍曹超萌えじゃないですか?」
「ゴメン、アイスコーヒ―でいいや」
沙織はまたもオタクの心を掴み取れなかった。
「愛沢さん、ちょっと。」
「なんですか~? せ~んぱい」
「悪いんだけどこの店JKの軽いノリでやられると困るの。ご主人様にご奉仕するお人形みたいな娘じゃないと…… あなたお客さんのツボってわかる? 顔が違うのよね。勝ち気な娘にお客さん引いてるでしょ。何度も言ってるけどあなたこういう仕事向かないわ。辞めてもらいたいんだけど」
「え、でも」
「だいたい三日もすれば分かるのよね。ここに来るお客さんはオタトーク求めてないの。わかる?癒しが欲しいのよ。あなたにはそれを求めても無理みたいだから」
「わかりました。辞めます。短い間でしたけどお世話になりました!」
沙織は半べそかいて店を飛び出した。
「私は勝たなくちゃいけないのよ」沙織は家に帰って勉強を始めた。
「高校一年だからって甘えてちゃ駄目。絶対良い大学に入らないと。部活だって上手くいってるんだし。ミクシィなんてやってる場合じゃないんだから」
独り言のように呟き沙織は食事を部屋で一人でとって(沙織は母が苦手だった。継母なのだ。)そしてやる事は机に突っ伏して参考書によだれを垂らすのだった。若い体は眠りを欲する。食欲よりも性欲よりも大切なのだ。
2
次の日、父も母も仕事に出かける午前七時半まで眠っていた沙織はシャワーを浴びる。
「ニキビ出来てないかな?」
一日汚れをほおって置いてもその肌はキメが細かく美しい。鏡で全身をくまなくチェックする。
「よし!」と声をかけて登校。思春期の女の子は案外独り言で脳内を構成している様な節がある。
途中で智子を見つけた。いたずらしてやろうと思ってこっそり後ろから近づき「だ~れだ?」をしようと思ったが、「沙織、もう子供じゃないんだよ」智子に前を向いたままピシっと言われた。
「ごめん。私、心の底から友達だと思えるの智子しかいないの」
すると「よし、俺が守ってやる」男の声色で「っていう人がいつか現れるよ。沙織なら」智子は力強く言った。
「ホント?そう思う?智子の言う事信じてるから」
「よしよし、沙織はいい子だから大丈夫」
「なんかお母さんみたい」
「キャハハ、愛情に飢えてるんだね。沙織は」
そういう智子だって母子家庭だ。しかし父親がいない寂しさなんて微塵も感じていない。むしろ楽しんでいる様にさえ見えた。自由の翼、それが沙織には心地良い。
沙織は国語の授業中だけ居眠りをする。古文と漢文がつまらないから。歴史にも興味がない。未来は自分で変えるものだと信じてる。
「さぁ部活、部活っと」
沙織は走る。跳ぶ。リピドーを昇華させる為? いやもっと高尚な理由が彼女にはきっとあるのだ。グラウンドの端っこの水飲み場で水を飲んで「ああ、美味しい。この一杯の為に生きているような物だわ」仕事帰りのサラリーマンが家に帰ってきてビールを飲んだ後のセリフだ。
「スポーツ科学の進歩に乾杯!昔だったら水なんて口にしちゃ駄目たったんだから。」
後ろに智子が立っていた。「また独り言言ってる。私もお水飲もうっと」続けて言う。「さぁ部活も終わる事だし今日こそカラオケ行こう!」
沙織は智子には理解できない行動のプランを口にする。
「ごめ~ん。今日駄菓子屋でバイトなんだ。」
「はぁ?駄菓子屋?バイト代時給いくら?」
「0円だよ。一人暮らしのお婆ちゃんがやってるんだもん。商品なんて五円、高くても三十円なんだから」
「なんでそんな所でバイトするのよ!?」
「うーんお婆ちゃんと友達だから?って言うか子供達のアイドル的存在かな」
「沙織の目立ちたがり屋ぶりには呆れてものが言えないよ……」
そう言って智子はため息をついた。
「ごめんね。また今度!」
駄菓子屋「日々花」
「あらこんにちは。沙織ちゃん。今週は早かったわね」
「おばあちゃん、こんにちは」
七十歳くらいの老婆は目尻に皺が目立つ。沙織を柔和な笑顔で迎え入れた。
店内にはソースカツのような高級品から、ふ菓子のような懐かしい物まで所狭しと並んでいる。
たちまち小学生達が群がってくる。「沙織姉ちゃん、こんちは」
「よお、諸君元気だったかね。今からおばあちゃんに代わって私がこの店の看板娘だ。沢山買っていくように」
「おやじくせえ。沙織姉ちゃん、絶対彼氏いないだろ。顔は可愛いけど」小学生の一人、一番ませてる奴が言った。
「お前、今度から無視」沙織はふてくされた。
「あ、ごめん姉ちゃん。これ買うから許して」
そう言って五円の巾着袋のような形をしたサワークリームみたいなのが入ってるお菓子を少年は購入した。
「よしよし。それでいいのだ。おばあちゃん売れたよ~」
「ありがとうね沙織ちゃん、そろそろ店閉めるから上がってお茶でも飲んでいったら?」
「ありがとうございます。またおじいちゃんの話聞きたいです。じゃあ少年達良い子に育つんだぞ。そしてお年寄りを大事に」
「わかってるよ」
「沙織姉ちゃん彼氏出来たら教えてね」
「お婆ちゃんありがとうございました」
小学生達は帰っていった。
「あの、前から疑問に思っていたんですけどどうしてこのお店日々花っていうんですか。普通○○商店ですよね」
「お爺さんが日々花好きだったのよ。毎日新しい花に咲き変わる。それが不死鳥のようだ、って言ってね。死ぬまで生きてやる、それがお爺さんの口癖だったわ」
「そうだったんですか。」
「私たちは子供も出来なかったし、戦後の焼け野原で親を失った子供達を沢山見てきた。だから子供達に喜んで貰おうと思って駄菓子屋を始めたの。沙織ちゃんの事は孫みたいに思っているのよ。できればこの店を継いでもらいたい位」そう言ってお婆さんは笑った。
「さあ、お茶菓子があるから食べ終わったら帰りなさい。ご両親が心配するから」
「美味しいでふ」沙織は一気に頬張って口をモゴモゴさせながら感想を言った。
「じゃあお婆ちゃんまた来週来ます。ホントにここに来るの楽しみなんです」
「私も楽しみだよ。沙織ちゃん元気をくれるから」
「それじゃあ。御馳走様でした」
家に帰り「さてと、寝るか」
「おいおいまだ八時だよ」
「いいの、いいの。明日も忙しいんだから。じゃあね、お父さん、ママ」
二階へ上がる。
「あいさつもしっかりできないみたいね。勉強してるの?あの子」
「いいんだ。君は黙ってなさい」
そのやりとりをぼんやりしながら聞いていた。
3
朝、「金曜日だ~。今日で学校も休みか」「うちの学校土日部活も休みなんだよね。珍しくない?県大会4日後だよ」智子が言う。
「リフレッシュしなさいって事じゃない?まぁ余裕だよ」
「そうだよね。今日1日ガンバ!」
「うんそうだね」
キーンコーンカーンコーン。授業が終わった。沙織は早速部室へ。パッパッパと着替える。制服の中に練習着を着ているのだ。「沙織、今何月か分かる?」
「え、8月」
「いくらスカート長いからってさ。暑いでしょ」
「めんどくさいからいいの」
「はぁー」
「よし行こう、智子」
「ちょっと待ってよ。私準備できてるわけないじゃん。行っちゃった……」
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
沙織の飛び方は独特だ。
「そんな飛び方で怪我すんなよ」
「え?」
ボンバーヘッドの男は去って行った。
「誰あれ?男子陸上部みたいだけど。ま、いっか」
沙織はグラウンドに体育座りをして両手を腰の後ろ側についた体勢で空を見上げた。
雲が流れてく。太陽を隠したり、見せたりしながら。「太陽はきっと女性名詞だ。自分で光を放つけれど雲にまとわりつかれて照ったり陰ったりして。雨が降るときには隠れてしまう。雲が男性名詞だとしたら雨は男の涙ね。女には男の涙は見えない、なんて」
そんな事を考えていたら狐の嫁入りが来た。
10分も続かなかったがグラウンドが少し荒れた。
「よーし、怪我をしたら大変だ。みんなあがれ」顧問の先生が言った。
「練習中止になっちゃたね」
「う~ん、最終調整したかったんだけどな」
「ねぇ、沙織この後予定ある?カラオケでも……」
「あ、智子マンキツ行こう!今はまってるネトゲあるんだ」
「え、ネトゲ?私やった事ないけど」
「面白いよ。最初見てるだけでいいから」
「うーん。まぁいいけど」
「よし行こう!」
マンガ喫茶「じょいふる」
「これこれカップルシート。ここに座ろう」
「うん……」
「?」
沙織がパソコンの電源を入れる。
「面白いんだよ。ファイターエムブレムっていうゲームなんだけど、パスワードとID保存しておけば続きから出来るんだ。チャットもOKのシミュレーションゲーム。ちょっとマニアックだけど」
「へ~」
早速ゲームを開始する。ジョブはパラディン。攻撃も出来て、回復魔法も使える。
「ここまで育てるの大変だったんだから」
「ふーん。今どこまで進んだの?」
「王家の墓っていう裏ダンジョン。ここにパラディン最強の武器が眠っているらしいんだけど。私宝箱開けられないから盗賊の人探さないと。でも流石に盗賊でここまで来れる人いないよな~ ジョブチェンジ難しいし」
「何こいつ?」
「え?」
「ほらこの頭爆発しちゃってる制服着た奴」
「ホントだ。初めて見る人ね。ちょっとこの人凄いわ。Lv.55のマスターシーフ!どれだけやりこんでるのかな。話し掛けてみよ」
「すいません。初めまして。パラディンの最強武器について何か知りませんか?」
「パラディンの最強武器?さっき取ったよ」
「え、本当ですか?じゃあこのゼウスの涙と交換してもらえませんか?100万ルキアで売れます」
「嫌だ」
「え~なんで?あなた装備できないでしょ」
「嫌なもんは嫌」
「ドけち!制服着てるけど何?学生?ちょっと場違いなんですけど」
「お前らも学生みたいだけど勉強した方が良いぞ。じゃあな」盗賊は去って行
った。
「く~くやじい。2つないかな?」
「ね~沙織、あの爆発頭に学ランどこかで見た事無い?」
「え?」
「いや、勘違いよね。全国からプレイヤー集まってくるんでしょ。偶然ね」
「誰か心当たりあるの?」
「うーん。まさかとは思うけど、うちの男子陸上部の常田かも」
「常田?」
「ぶっきらぼうな感じがそっくりだったんだけど。髪形も同じだし。この県内学ランなのもうちだけなんだよね。いいや忘れて。沙織」
「ふーん。分かった。帰ろうか」
「そうだね」
2人は店を後にした。
常田……?「嫌な奴!」
4
土曜日、沙織は午後まで寝ていた。
「今日は……」
携帯が鳴った。智子からだ。
「よ~沙織今日暇?」
「なんで?」
「いやカラオケ行こうかなと思って。沙織と」
「昨日マンキツ行ったじゃん」
「うーん……そう?」
「どうしたの?最近カラオケ、カラオケって大会でもあるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどダメかな?」
「今日はちょっと用事あって、ゴメンネ」
「そっか、じゃあいいんだ。こっちこそゴメンネ。カラオケ、カラオケって」
「智子、話したいことでもあるの?二人っきりで」
「え、いやいや違う、違う。あの、そう、あれ、常田の友達から聞いたけど、昨日マンキツでゲームやってたんだって。常田と。丁度私達いた時」
「へーじゃあ、あの盗賊やっぱり常田って奴だったのかもね。アリガト智子。これですっきりした」
「うん、いいの、いいの、じゃあね」
今日は学校の掲示板で見たホームレスの炊き出しのボランティアに沙織は参加するのだ。「よし、汚い格好して行こう。朱に交わって赤くなれ!」一番汚くてダサい服を来て沙織は炊き出しの行われる公園へと出掛けた。
「よろしくお願いします」
沙織は丁寧に挨拶した、がその男はホームレスだった。沙織はホームレスなんて見た事ないので、誰が活動家で誰がホームレスかなど見分けがつかない。ただ顔を見て偉そうな人に挨拶しただけの事だった。
「なんだい? 君は」
壮年の男は落ち着いた口調で言った。
「え、今回の炊き出しに参加します、A高校一年の……」
「聞いていないよ。ふん、学生か。話のネタにでもするつもりか?」
「え、あの責任者の方じゃないんですか?」
その言葉を聞いて男は怒った。
「ふざけるな!ホームレスと炊き出しの人間の区別もつかんか!お前みたいな若造に何が分かる!」
沙織は戸惑った。ホームレスは保護しなきゃならない種族の人種。そう思い上がっていたからいきなり怒鳴られて泣きそうだった。
そこへ炊き出しにやってきたボランティアのオバサンがやってきた。
「すいませんねぇ。Kさん。もうすぐ出来上がりますからそう怒らないで下さい」
そう言って男をなだめて沙織をテントの中の仮設調理場に連れて行った。
「あなた学生?Kさんはねああ見えても昔学校の先生だったの。だから学生、特に女子高生が嫌いみたい。ところであなたその格好どうしたの?ずいぶん汚いけど……」
「郷に入れば郷に従えって言いますし、わざと汚い格好してきました」
「困ったわね。いい、ホームレスってほとんど男なのよ。そりゃお婆さんはいるかもしれないけど。分かる?」
「ええ、それが?」
「男は見栄っ張りな生き物なの。誰も好き好んでホームレスなんてやってないわ。あなたみたいな若い娘がわざと汚い格好してきたらプライドが傷つくの。今度からは綺麗な格好してきなさい。その方がみんな喜ぶから。今日はいいわ。帰りなさい」
またも勘違いの沙織。「すいませんでした」「わからなくても仕方が無いわ。それより社会勉強したいなら明日そこの大通りで生活保護受給の条件緩和に関係するデモがあるの。参加してみたら?」
「生活保護ですか。でも私みたいなのが行ったら……」
「今丁度問題になってるのよ。ホームレスとも関連がないわけじゃないから。あなたきっと弱者について勘違いしてる。治して来なさい」
「わかりました」
沙織は家に帰ってもやもや、もやもやしながらおばさんに言われた事を反芻して眠りについた。
5
家が無くても生活保護を。借金があっても生活保護を。市役所の前を50人くらいの集団が大きな声で弱者救済を呼びかけていた。沙織も一緒になって声を
張り上げていた。
「ちょっとこれ片端持ってくれるか」
声をかけて来た男。常田だった。
「常田、何してるのこんな所で?」
しまった、みたいな顔をして常田は2メートルくらいの横断幕の端を持つように沙織に頼んだ。
「おまえはなにしてるんだよ」
「私? 昨日ホームレスの炊き出し行ったらあなたは弱者の事まるでわかってないって言われたから勉強よ」
「ふーん、そうか。良い心掛けじゃん」
何か照れくさそうにしている常田。
「そういうあんたは?」
「俺は私怨さ」
そう言って黙ったかと思うといきなり沙織の手を引いて市役所の中に入った。
そして生活保護担当の人間に、「お前らのせいで叔父さんは死んだんだ」と怒気を込めて言った。
「何だい、君は! 警察呼ぶよ」
「叔父さんはな真面目だったんだ。安アパートに住んで貯金が趣味のような人だった。でも友人の連帯保証人になってそいつは逃げて借金を背負ったんだ。貧しい実家に帰って鬱になり働けなくて、保護を必要としてたんだ。それなのに自分の作った借金でもないのに!自殺したんだぞ」
「常田、止めなよ」
沙織は基本男の怒りを怖がらない。
「わかるよ、わかるけど逃げた人が悪いんだよ。法律の問題!変えられない」
「わかってるよ。それでも言いたいんだ」
沙織はペコリと頭を下げ、「すいません。どうか弱者に優しい制度を作ってください。お願いします。常田横断幕貸して」そう言うと50人程いたデモ隊の参加者の名前を全てフルネームで書いた。
「署名とかじゃありません。でも私と彼の気持ちをわかって下さい」
沙織はデモに参加しているみんなと話してその名前を全員分暗記していたのだ。
「さぁ行こ」
常田は毒気を抜かれたように大人しくなった。
「沙織ちゃん偉いよ」
外でデモしていたみんながその話を聞いて言った。
6
「いよいよ明日だね」智子が言う。
「うん、明日に向けて元気バリバリ!」
「練習軽めにしときなよ」
「わかってるって」
沙織はアップランを始めた。
「さぁ今日もいってみよー」ハードルが並べられる。
3.2.1.「GO!」
パーン、ピストルが鳴った。
沙織はハードルを飛んでいった。だが……
四つ目のハードル。「あれ、ちょっと高い!?」
そう思ったときにはもう遅かった。沙織はハードルを引っ掛けて転倒した。
「痛い……」
「沙織!」
智子が駆け寄る先に常田が沙織の側にいた。
「大丈夫か?」
「常田……」
「保健室行こう。おんぶしてやる」
「え?」沙織はあっという間に背負われた。
「どうですか?先生」
「かなり酷く捻ったようね。タクシー呼んであげるから病院にすぐ行って。あなた付き添いしてあげて。肩貸さないと歩けないでしょうから」
常田に肩を借りながら沙織は病院の診察室に入る。
「重度の捻挫だね。二週間は運動出来ないでしょう。入院した方がいいね」医師は言った。
「そんな…… 明日県大会なんですよ!」
「……」
「愛沢……」常田も医師も絶句した。
「明日……」沙織が呟く。
「明日また来る!」常田は弾け飛ぶように診察室を飛び出していった。常田は実は前々から沙織が好きだった。
7
県大会当日、沙織は病院のベッドの上にいた。窓からぼんやり外を眺めていた。外は悲しい位晴れている。学校では常田が学校を休んでいた。智子は友
達に聞いた常田の携帯に電話する。
「常田?」
「本田か。どうしたよ」
「あんた今日沙織の所見舞いに行くつもり?」
「え!?」
「知ってるんだから。あんたが沙織の事好きなの。行ってあげなよ。私大会あるから。じゃあね」
パタン。智子の目から涙が流れる。
「恋しちゃったんだ、たぶん♪気付いてないでしょ?沙織? 恋のキューピッドの任務完了しました!」そう独り言を言って智子は誰ともなく敬礼した。
コンコン。
「ハイ」沙織は無機質に返事した。
ドアを開けて入ってきた男は抱えきれない程の花束を抱えていた。
「なんだ、常田か……」
「ここ座っていいか」
「何よ、花束なんて似合わない」
「おめでたい事じゃないのにな」
「そうよこのKY! 出て行って欲しいわよ! ねぇ常田? どうしてこの大事な時期に私」
そう言って涙を流す。
「ねぇどうして、どうして、どうしてよ!」
常田は声にならない。ノドがカラカラだ。搾り出すように「愛沢、俺お前の事……好きになった」
沙織の表情がハッとなる。今まで見せた事のない女の顔が一瞬、見えた。
「何? 何よ こんな時にいきなり…… いきなりだよ~」
続けて言う。
「ねぇ、なら証拠を見せてよ。私今弱ってるの。ここでキスして」
「キス!?」常田は豆鉄砲を喰らった。
「キス、してよ。ビビッてるの?」
「じゃあ、じゃあ目つぶれよ」
「いいよ」ベッドの端に腰掛けて唇を突き出す沙織。
常田は実は凄くシャイだった。
「いくぞ」
「うん……」
チュ!おでこにキスした。
「ちょっとなにしてんのよ!」
「いや、きっと髪の毛がくすぐったいだろ。髪切ってからにするよ。ハハハ」
「フ、フフ」
「ハハハ」
(来年こそは絶対……)
「そんなこんなのファーストキス?ハズイよね」
「いい思い出だよ」
一年後の話。
誰よりも先に、誰よりも速く少女はハードルを飛び越えて行く。
競技場、優勝した沙織は客席に向かってVサイン。常田が笑顔で見つめていた。




