裏切りのトーゴーの巻
エンスケさんが棄権して試合は終わった。私たちの明日の相手はハウス・オブ・ホーリーに決まったけど、今はそれどころではない。
「ギャハハハ!見たかお前ら!戦士だろこいつは!?普通やらないだろ、股をくぐるなんて!」
「恥ずかしくないのかよ!バカだよ、バカ!」
人質まで使ってほぼ強制的に試合放棄させたのに、ハウス・オブ・ホーリーのメンバーは言いたい放題だ。その暴走は止まらなかった。
「大観衆の期待を裏切ったこいつらには制裁が必要だと思わないか!?おい!」
「わかってるって!ほらっ!」
酒瓶を持った女が残った中身を飲み干すと、空になった瓶でアッキーラさんの顔面を振り抜いた。
「ギャ――――――ッ………」
「ババアは用済みなんだよ。仕上げといくか、トーゴー!」
エーベルの呼びかけと同時に、トーゴーさんの姿をした悪魔が再び柱の上に立つ。この形、今度はとうとうあの必殺技だ。
「そりゃ――――――っ!!」
「ぐへっ!!ごぼぼぼ………」
勝敗が最初から決まっていた試合の時とは違い、本気のダイビング・セントーンがエンスケに炸裂した。口だけでなく目や耳からも出血させるほどの恐ろしい威力だった。
「こいつら雑魚すぎやったな。明日も楽勝やろ、なあエーベル!」
「当たり前だ!おい、明日のドラマチックなんとかの連中もこうなるんだから、さっさと負けを認めたほうがいいぞ。身の程を知りなさい」
シヨウやエーベルが挑発の言葉を並べても、今の私には届かない。トーゴーさんのふりをした悪人の正体を暴くことだけを考えてリングに上がった。
「はぁ……はぁ………」
「おっ、来たな?大聖女の姉とやら。この私、エーベルとお前なんかじゃ格が違うんだよ、わかったか!よく、思い知れ!」
エーベルを無視して目的の人物の前に立つ。
「トーゴーさん……いや、お前は誰だ!どうしてトーゴーさんの皮を被っている!?」
「………」
試合直後のリングに飛び込んだせいで、私は敵に囲まれている。それでも偽者以外は見ずに、何を語るのか待っていた。
謎だらけのこの事態、真相はとてもシンプルだった。そして私にとって最悪の事実が告げられた。
「最初から私は私、スポイラー・トーゴーだよ、このバカが!」
「………え?」
「善人を装ってお前らに近づいたに決まってるだろ!大聖女の姉であるお前とその仲間の実力を見るためにな。そして信じ切っていた人間が実は悪党だと知った時のお前の顔が見たかったからだよ!」
頭の中が真っ白になった。敵たちが距離を詰めてきても、私は動けずにいた。
「絶望、悲嘆……いいねぇ!私たちにとっては最高のハッピーエンドだ!楽しませてもらった礼に、極上の拷問をプレゼントしてやる!やれ!」
「へへへ………あっ!」 「これはまずい!」
一斉に私に襲いかかってくる……はずだった。しかしハウス・オブ・ホーリーのメンバーは逃げるようにしてリングを下りていった。
「危なかったな、ジャッキー!」
「だからトーゴーに気をつけろって言ってたんだよ。でもこれではっきりわかったよね!」
サキーにマユにラーム、それにマキも助けに来てくれた。真っ向勝負では勝ち目がないとわかっているのか、敵はリングからかなり離れた場所に集まっている。
『ジャクリーンの危機を救ったのは彼女の仲間たち、そして大聖女マキナ・ビューティ!』
奇襲に備えて私の前にはサキー、後ろにはラーム、左はマユに右はマキと、完全に守られていた。敵の標的は私だと考えたからだ。
「お前がジャッキーを狙っていると疑ってはいたが、まさか命を奪おうとしていたとはな。なかなか回りくどい真似を続けていたようだが……」
「ははは……確かにジャクリーン・ビューティを排除できればよかったが、真の目的は別にある。こいつのそばにいれば大聖女の実力と人間性を観察できる!我々は今日、重要な真理に到達した!」
私やマキの命すら二の次と言い切る、トーゴー率いるハウス・オブ・ホーリーの恐ろしい野望が明らかになった。
「マキナ・ビューティ……お前は大聖女として0点だ!神聖さ、強さ、慈愛の精神……何もかもカスだ!」
「は?」
「やはり大聖女にふさわしい人間はこのエーベルしかいない!エーベルは先代大聖女の生まれ変わりだ!クソ以下の姉妹の代わりに世界を救うために転生した真の救世主だ!」
大闘技場が大きなどよめきに包まれた。『大聖女の記憶を持つ転生者』はエーベルのことだった。
「ゲンキ・アントニオ国王!あんたもわかっているはずだ!マキナ・ビューティに大聖女の資格はない。息子との婚約を解消させたのがその証拠だ、違うか?」
「いや、それとこれとは話は別だ。マッチョの結婚相手としては不適格だが、彼女が大聖堂の信頼できる者たちによって大聖女だと認められた事実は曲げられない!」
「それが間違っているとしたら?誰がジェイピー王国で一番強いか、明日にはわかる。そう、エーベルよ!」
トーゴー、そしてハウス・オブ・ホーリーが求めていたのは大聖女の座だ。マキを降ろしてエーベルを真の大聖女にする、許されない野望だ。
「だから明日の決勝戦、もし我々が勝てばエーベルが新たな大聖女ということでいいな?マキナとジャクリーンは闘技大会で互角の戦い、つまりジャクリーンを圧倒すればマキナを倒したも同然!」
「そんなわけあるか!認められると思っているのか!?」
「ならば決勝戦は大聖女への挑戦権をかけた試合にすればよいのでは?ハウス・オブ・ホーリーが順当勝ちした後にエーベルとマキナが一対一の勝負、勝ったほうが正式な大聖女だ!」
大聖女の立場を軽々しく扱いすぎだ。こんなことはありえないといつもなら大きな声で抗議していた。でも今の私は裏切られたショックで放心中だったから、何もできなかった。
「……いいんじゃない?そのルールで」
「だ、大聖女様!?」
私が止めないとマキは暴走する。とんでもない約束をしてしまった。
「話がわかる!さすが大聖女様!あなたが大聖女でいられるのは明日までとはいえ、感謝しますよ!」
「……無価値な害虫の集まりがお姉ちゃんに勝てると本気で思ってるの?面白いなぁ」
相手はマキを怒らせようとしているけど、マキは自然に煽っている。エーベルたちの顔が赤くなっていった。
「さっきの試合もばからしかったし、お笑いの才能があるよ。大聖女になるのはやめて旅芸人になったほうがいいよ!」
「こ、この偽大聖女が!実の姉と子作りしようとする狂人のくせに……大きな口を叩けるのも明日までだ、わかったか!よく、思い知れ!」
エーベルたちは悪態をついて去っていった。私もサキーたちの肩を借りながらよろよろと大闘技場を後にして、選手のために用意された宿屋に向かった。
よく思い知れ→よく覚えとけ
大聖女の座を狙う→社長の座を狙う
今さら説明する必要もないでしょうが、エーベルの元ネタは某闇の王です。
今日の新日本プロレス両国大会で、ついにディック東郷がペディグリー&セントーン解禁!面白くなってきました!




