大聖女の転生の巻
マキがお城や大聖堂で教えられた先代の大聖女に関する物語は終わった。歴史の事実を淡々と話すだけで、そこにマキの意見や感想は一切入らなかった。マキは先代についてまるで興味がないようで、教えられたことをそのまま私に伝えただけだ。
「なかなか厳しい人生だったんだね。最初の婚約者は悪い人に奪われて、結婚した人も戦争で死に別れ。それでも人を憎まず穏やかに生きる……私にはできないかも」
「わたしにはその心配はないね。お姉ちゃんと結婚して幸せに生きるのが決まってるもん」
私もマキも婚約を破棄された。大聖女の力を持つ人間はそうなる運命にあるのだろうか。
「でも500年くらい昔の話……どこまでほんとうの話なのかわからないけどね」
「確かに。大聖女に都合のいいようにうまく脚色されてるかもしれないよ」
どうせ当時の人間は全員死んでいる。嘘ではないとしても、他の登場人物を悪く書いて大聖女の評価を上げても誰も指摘できない。
「確かめようがないんだから何でもあり!こんなくだらない話よりわたしたちの将来の話をしようよ」
「そうだね。真剣に考えないと……」
場所を変えるために椅子から立ち上がろうとした。するといつからいたのか、背後に人が立っていた。
「……どうも、お久しぶりです」
「うわっ!だ、誰……あ、トーゴーさん!」
その正体はトーゴーさんだった。気配を消すくらいこの人なら簡単だろうけど、私たち相手にそんなことをする必要はないはずだ。
「ト―――ゴ――――――ッ!!」
突然の登場に私はびっくりした。そしてマキは激しく怒った。憎しみのこもった顔と声、私が止めなければ今にも襲いかかりそうだ。
「あっ……し、失礼しました。お二人が楽しそうにしておられたので挨拶がしたい、しかし邪魔になってしまうかも……そう悩んでいるうちに結果として驚かせる形に……」
マキが怒っているのは驚いたからじゃない。私と二人だけの時間に割り込まれたからだ。
「こらっ!マキ!トーゴーさん、すいません!」
「いえ、私が悪いのです。気にしないでください」
トーゴーさんはとことん器が大きい。こういう人と結婚できれば幸せな生活が約束されている。
「大聖女の物語もつい聞いてしまいました。どこまでも清く美しい方だったのですね」
「数百年前の話ですからね、どこまで正確なのかわかりませんよ」
真偽がはっきりしない過去の大聖女よりも目の前にいるトーゴーさんから大事なことをたくさん学びたいと思う。弟子入りをお願いしようかなと考えていると、全く予想していなかった展開になった。
「いいえ、全て正しかったです。私が聞いた伝承と全く同じでした。信頼できる人間から聞きましたから、疑う余地はありません」
「信頼できる人間?」
「はい。先代大聖女………本人から同じ話を聞きました。本人が語ったのですから間違いないでしょう」
「………え?」 「ハァ?」
耳を疑った。本人から話を聞いたなんてありえない。冗談としか思えなかった。
「あの〜〜〜………」
「わかっています。もちろんその大聖女は寿命で死んでいます。ですがその記憶を持った転生者がいるとしたら………本人から聞いたことになるのでは?」
「て、転生者!」
前世の記憶、場合によっては能力まで引き継いでいるのが転生者だ。当然普通の人間より戦闘力や知力が高く、何をするにしても有利な立場にある。
「彼女と出会い……私はオール・エリート・ギルドを離れました。悲劇の大聖女が蘇ったとなれば放っておけません。残念ながら記憶しか残っていませんが、損得抜きに彼女を支えてあげたいと思ったのです」
「素晴らしいですね。オール・エリート・ギルドにいれば成功間違いなしなのに……トーゴーさんらしいです」
前世が世界を救った偉大な勇者でも、腕力も魔力も凡庸だから農家として一生を終えたという例もある。栄光に満ちた前回の人生との違いに落胆することも珍しくないそうだ。
「いずれお二人に彼女を紹介しますよ。新旧大聖女が出会うと何が起こるのか、とても興味深いです」
トーゴーさんと別れてから、マキの無礼な態度を叱ろうとした。ところがマキの様子がいつもとは違い、とても真剣に何かを深く考えているようだったから、マキのほうから話すのを待つことにした。
「……お姉ちゃん。スポイラー・トーゴーには気をつけて。絶対に心を許しちゃだめだよ」
「そんなに私とトーゴーさんが仲良くしてるのが嫌なの?マキだけじゃなくてサキーたちも、トーゴーさんの何が気に入らないのかな?」
「………あいつらはそうだろうね。でもわたしは違う。トーゴーから底のない悪と漆黒の闇を感じた。大聖女として警告してる……それを忘れないで」
「……………」
あの人が悪人のはずがない。マキの言うことは信じられなかった。でも愛する妹の忠告だから、頭の片隅に留めておいた。
マキとのお出かけから数日後、ギルドで大きな仕事があった。初心者向けとされているダンジョンで事故が続いていて、強力な魔物が新たに拠点としたのではないかと言われていた。
それを確かめるために合同チームでダンジョンを攻略することになった。私たちのギルドに加え、ダブジェ島から来たザ・グレーテスト、聞いたことのないギルド『ハウス・オブ・ホーリー』と王国から派遣された兵士が参加する大規模なチームだ。
「わざわざ王国の闘魂軍が来たのか?」
「調査が目的らしいが、真の狙いは宝の横取りかもな」
私たちのギルドからは5人がダンジョンに向かう。私、ラーム、サキー、それにサンシーロさんとコーチンさんだ。マユがいないのは、ザ・グレーテストのメンバーの中にスライムの集落を襲撃したカツがいたからだ。あんな人間とチームは組めないと仕事から降りてしまった。
「ジャクリーンさん!またお会いできてうれしいです!コツコツとではありますが順調に前へ進んでいます!」
「それはよかった。マシガナさんが元気そうで何よりです。今回の任務、いっしょに頑張りましょう!」
マシガナさんは外で待機だ。本来なら戦闘能力のない人がいても、守りながら戦えるくらいこのダンジョンはレベルが低い。しかし今は原因不明の事故が起きている。マシガナさんを連れていくのは危険だった。
「あの………よろしくお願いします」
「あなたは………あっ、ハウス・オブ・ホーリーの?」
知らない顔の冒険者が二人いる。一人は私と似た身体つきで、年齢も同じくらいかもしれない。もう一人は小柄だけど全身がしっかり鍛えられていて、二人とも女性だった。
「は…はい。私の名前は……『エーベル』です」
「……『シヨウ』です」
声が小さく、緊張しているようだ。私たちがうまくサポートしてあげよう。
某拷問の館、某キングオブダークネス、某マーダーマシンはあまり関係ありません。




