先代の大聖女の巻
約500年前、今より聖女の数が少なく貴重な存在として扱われていた時代。ある王国の王子、彼は長男だったので次期国王となる人物が人々の前で叫んだ。
「この偽聖女め!私だけでなく我が国が崩壊するところだった!」
「な……何のことでしょうか?」
「無駄だ、もう騙されんぞ!お前は聖女などではない、私の隣にいる彼女こそ真の聖女であり、お前が偽物だと証明してくれた!」
偽物だと断罪された女は清楚で慎ましく、どこにでもいるような見た目だった。本物と認められた女はそれとは逆に、最高級の服装と装飾品で身を飾っていた。全て王太子が買い与えた物だった。
「当然婚約は解消だ!死に値する大罪人だが、偽物なりにこれまで働いてきた功績は評価してやろう。国外追放で済むのだ、私に感謝しろ!」
一切の弁明を許されず、突然王国から追い出されることになった彼女を家族は慰めるどころか罵倒した。家に泥を塗った報いとして悪名高い隣国に嫁がせることに決め、ここでも彼女は何も語らせてもらえなかった。
(竜人の国の冷酷な兵士長………)
妻ではなく生贄が欲しいのではないかと噂されるほどだった。野蛮で武力だけが発展している国、不安しかなかった。
「あれ?この人だかりは………」
「ようこそ聖女様!」 「我らの女神!」
想像に反し、国境を越えた途端に大歓声で迎えられた。すぐに重臣たちが現れ、彼女の乗る馬車の前で身をかがめた。
「あ、頭を上げてください。私は聖女ではないので追放された人間です」
「いいえ、あなたは聖女様です。我々が望んでいた救世主が来てくださったのですから、これでも足りないほどです。さあ、城へご案内します」
竜人の国は密かに調査団を送り、彼女のそれまでの活躍と不当な追放劇を見ていた。この機会を逃さず、大量の金貨を用意して兵士長との縁談を持ちかけたところ、拍子抜けするほど速やかに成立した。
「おや、私の足が?この間の戦いで痛めてから常に違和感があったのですが……聖女様、まさか治癒魔法を?」
「いいえ、私は何もしていません」
これこそただの聖女ではなく、大聖女がここにいることの証明だった。癒やすつもりがなくてもある程度の傷なら無意識のうちに治してしまう。
しかしこれが大聖女の力によるものだと見分ける術は彼女の故国、そしてこの国にもなかった。彼女が大聖女だったと皆が知るのはまだ先のことだった。
「………お前が例の………この家では適当にくつろぐといい。俺とお前は一応夫婦だが形だけのものに過ぎない」
兵士長だけは愛想がなく、近づき難い人間だった。
(この人、呪いに蝕まれている……えいっ!)
「はっ!?身体が軽く………お、お前が!?」
彼が人を遠ざけるのは敵の魔術師に呪われていたのが原因だった。常に身体が重く、他者と接する余裕もないほど苦しんでいたところを大聖女に助けられ、彼は変わった。
「俺に幸せなど無縁だと思っていたが……」
「私もあなたに、そして神様に感謝しています」
愛など知らない非情な男だったはずが、彼女を溺愛するようになった。互いに爽やかで満たされる毎日だった。二人だけでなく竜人の国全体が大聖女の力により心身の健康と平和を楽しんだ。
「ぐう………」
大聖女を捨てた王国は悲惨だった。あらゆる災厄から国民を守る結界が消失し、魔族の襲撃や疫病の流行に悩まされていた。王位を継承した大聖女の元婚約者も、これまで通り王族や貴族をひたすら肥えさせている場合ではなくなった。
「あの女を手放したのは最大の失敗だった!」
健康と平和が当たり前のことすぎて、追放した女によってもたらされているものだと思えなかった。聖女の仕事など誰にでもできると考えたが、間違いだったと頭を抱えた。
新たに迎えた聖女、王妃となった女は明らかに力が劣る。浪費癖や立場の低い者への虐待もあるほどだが、女としての魅力が王を虜にしていた。証拠もなく「あの女は聖女じゃない」と言ったのがすんなり受け入れられたのがいい例だった。
「それなら連れ戻せばよいではありませんか。もちろんあなたの妻は私なのですから、奴隷として」
「………そうだな。早速準備に入ろう」
それから間もなく、聖女を返すようにと竜人の国に使者が遣わされた。それを拒否すると一月もしないうちに戦争が始まった。しかも一対一ではなく、東西南北敵に囲まれていた。周辺の同盟国を参戦させ、物量で押し切ろうという作戦だった。
国民に愛されている大聖女を渡すわけにはいかないので、竜人たちは戦った。しかし戦況は悪化する一方で、優秀な兵士たちが次々と倒れた。兵士長の兄弟や同年代の仲間たちも命を落とした。
「………ここまでのようだ。お前は生まれ育った国に戻る時が来た。それ以外に道はない」
「……はい。あなたと過ごした日々はこの生涯で最も幸福な時間でした」
兵士ではない一般人まで巻き込む前に決断した。兵士長も大聖女も永遠の別れを受け入れた。
「俺は救われた。この先何が起こるとしても、安らかな気持ちでいられる………さらばだ」
竜人の国は降伏し、大聖女は自分を捨てた国へ送られた。彼女が追放されてから環境は悪くなる一方だったので、人々は涙を流して帰還を喜んだ。
「本物の聖女様が帰ってきたぞ!これで助かる!」
「無能な王とバカ聖女は民を虐げることしかできない!ようやく闇の時代が終わるんだ!」
臣民たちの人気が真の聖女に集中していることに激怒した王によって、彼女は牢屋のような場所で暮らすことになった。食事も生きていくために最低限必要な量しか与えられなかった。
しかしそれが幸いだったこともある。地下に閉じ込められていたので、最愛の人の処刑と晒し首を目にしなくてよかった。
やがて王たちが大聖女を酷く扱っていることや、戦勝に浮かれてますます悪政に走っていることを嘆く人々の声が周辺の国々に届いた。かつて仲間だった同盟国が敵となり、勝敗は明らかだった。
王と王妃は民を捨てて逃げたがすぐに捕まり、長い拷問を受けた末に死んだ。一方大聖女は救い出され、他国の大聖堂に保護されることとなった。そこで正式に彼女が数百年に一度現れるという大聖女だとわかった。
その後、大聖女が生きている間に大きな戦争はなかった。皆が彼女を愛していて、世界は平和だった。望めばどんな贅沢な暮らしもできたが、彼女は自分のために金や物を集めることはしなかった。
死ぬまで独身を貫き、血を遺さなかった。しかし彼女の発明した魔法や教えの言葉は現代まで受け継がれている。そして今、次代の大聖女が新たな歴史を刻もうとしていた。
オーカーン様、奇跡の予選通過まであと1勝!




