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大聖女の姉  作者: 房一鳳凰
第二章 スポイラー・トーゴー編
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ルリと理性の勝負の巻

(………このまま放っておくのはまずいよね……)


 私の仲間たちは全員、私との子どもを産むと決心している。性別、年齢、種族の壁を壊す魔法の存在を知った時から、その思いは強くなる一方だという。


(こうなったらこれがずっと未完のままなのを期待するしかないのかな)


 それならいつまでもみんなと今の関係を維持できる。そのうちそれぞれ別の人といっしょになっても、友情はずっと続く。理想の形の一つだ。



「そうですか、順調に………いよいよ最終段階、細かい調整が終われば……」


 望みもむなしく、私を悩ませる魔法は完成が目前に迫っていた。世界を変える秘術の研究家、ルリさんが言うのだから間違いない。


「ふふふ……わたくしの悲願が目前に!」


 この人も私と結婚して子どもがほしいと公言している。いや、その思いで魔法の研究と実験を重ねてここまできてしまったのだから、全ての始まりと呼べる存在だ。ルリさんの魔法がどれくらい仕上がっているかを確かめるために、今日は様子を見に来ていた。


 動物や魔物、モンスター人間といった被験者たちに一切の問題はなく、ついに人間同士で試す時が迫っている。私に猶予はない。




「いい感じに進んでいるみたいだね」


「はい。ジャクリーン様の活躍に負けられません。あなたの妻にふさわしい者となるために、ここからが重要です」


「いやいや、前から言ってるけど私のほうがルリさんといっしょになるには足りないよ。タイガー家を捨ててまで選ぶような人間じゃないって」


 ルリさんは外見も内面も非の打ちどころがない。こんな人とずっと暮らせたら最高だけど、私にはもったいない。どうして私だったのか、理由を聞いてもいまだに不思議だ。



「幼い日に初めてあなたを見た時、わたくしの世界は変わりました。ただの聖女ではないと思ってはいましたが、その予感は正しかったです」


「……悪い意味でね。聖女じゃなかったんだから」


「謙遜する必要はありません。ジャクリーン様は大聖女だった、その事実はすでに明らかになりました。僅かな力しか残っていないとしても、慈悲の心と深い愛は真の大聖女であることを示しています」


 こんなことを口にしたら正式な大聖女のマキが不快に思うからと、以前までは強く止めていた。でも闘技大会後はそのマキがそうすることを推奨しているから対応に困る。



「もちろん聖女だから、大聖女だからという理由であなたに惹かれたわけではありません。それでは忌むべきタイガー家の者たちと同じですから」


 ルリさんはタイガー家と完全に縁を切っている。私たちといっしょにいるのがわかっているのにむこうが何も言ってこないことからも、互いに決別の思いが固い。


「あの家も余裕がある時は平和でしたが、窮地になると人の本性が出てしまうものです。ジャクリーン様との婚約を破棄したかと思えば、大聖女がもたらす利益を狙って復活を試みる……見限るのも当然です」


 タイガー家ではいまだに男尊女卑の考え方が強く、あまりいい記憶はないとルリさんは話していた。家族の失態を何度も口にするのはつらかった日々の恨みが相当強いからで、私がそれを和らげることができるのなら何でもしてあげたい。


(でもそんなことを言ってると……)


 それならわたくしと結婚して家庭を築きましょうと押し切られる。だから軽はずみに喋るのは危険だ。いや、私が何も言わなくても……。



「ジャクリーン様を遠くから見るだけでわたくしの心は晴れ、ほんの一言二言言葉を交わせば活力に満たされましたのを思い出します。そして今でもそれは変わりません」


 幸せそうに語るルリさん。この笑顔を守ってあげたいと感じるのは自然なことだ。100人中100人がこの人と結婚したいと思うに決まっているし、その愛を独占する私を除き去りたいはずだ。


「もう少しです。わたくしの魔法が完成すればすぐにでもジャクリーン様と一つになれます。お義父様とお義母様も祝福してくださるでしょう」


「………いや、仮に明日魔法ができたとしても結婚なんてずっと先の話だよ。もちろん子どももね」

 

 だからここでルリさんの誘いに乗らないなんて普通に考えたらありえない。誰もが自分の耳と私の頭を疑うだろう。



「………え?ど、どうして………」


「私自身がまだ自立できていない子どもだからね。自分のことで精一杯な子どもが子どもを育てたらどこかで悪いことが起こる、当たり前の結果が見えている」


 ルリさんと話していて咄嗟に思いついた、それでもしっかりとした理由だ。私は経験も知識も足りない。今すぐ結婚してもパートナーや子どもを守れる自信がない。


「………そうですか。あなたほどの方がそう仰るのならわたくしは何も言いません」


 どうやら納得してくれたようで、ほっとした。これなら残りのみんなもこう言えばひとまず落ち着いてくれるかもしれない。そうでないと困る。


「……確かにわたくしたちの仲はまだその領域に達していませんでした。将来への不安、様々な懸念を振り払って情熱と勢いに任せる……そこまでのものではなかった」


「………ん?」


「ジャクリーン様がもっとわたくしを愛していただくように努力いたします。理性が邪魔をしなくなるほどに」


 変な方向に突き進んでいる。ルリさんは常識人に見えて実は真逆だ。私なんかと結婚しようとしていることも、そのためだけに世界を揺るがす魔法が完成目前だということも。



「そう、残る壁は理性だけです。ジャクリーン様、わたくしはわかっているのですよ」

 

「………?」


「わたくしにじっと見つめられるとつい目を逸らしてしまう、逆にわたくしを見る時はこの胸に、背後から眺める時は腰から下に熱い視線を向けている………まさか隠せているとでも?」


 思っていました。最悪だ。恥ずかしすぎる。



「ジャクリーン様。わたくしはいつでも大歓迎です。この顔も身体も、心も全てあなたのものなのですから」


「ううっ………そ、それはひとまず置いておこうよ。そんな過激なことをしなくても距離を縮める方法はあるから……ねっ」


 早く話題を変えたい。全く別の提案でごまかそう。


「どんな方法があるのですか?」


「呼び方をもっと親しい友達みたいにするとか。例えばジャクリーン様っていうのを『ジャクちゃん』に、私のほうは『ルリちゃん』なんて………」


「………」


 さすがに軽すぎるかと思っていたら、ルリさんの反応はまたしても意外なものだった。



「……それなら呼び捨てで呼んでもらっても……」


「え?いいけど……ルリ」


 その瞬間、ルリさんの身体が跳ねた。


「うっ……こ、これは効きますね。試しにもう一度言ってみてください。今度は『ルリ、私のものになれ』でお願いします」


「………ルリ、私のものになれ!」


「………っ!!」


 ルリさんの鼻から血が流れた。驚いた私が動けないでいると、にやりと笑いながら手を取ってきた。



「ル、ルリ………さん?」


「うふ、うふふふふ。さすがジャクリーン様。自分ではなくわたくしの理性を破壊させようとしてくるなんて………素晴らしいお方です」


 魔法の完成と欲望に負ける日、はたしてどちらが先なのか。

 ジャッキーはまだ逃げ道があると心のどこかで思っているようですが、もう無理です。



 ミニ・スカイウォーカーのスペースを聴きましたが、声がシュン・スカイウォーカーにそっくりだったのは気のせいでしょうか?

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