マユと里帰りの巻
「ジャクリーン・ビューティ様……本日はようこそお越しいただきました。心から歓迎いたします」
「は…はい。こちらこそお招きいただき……」
いろんな体型や体色のスライムたちに囲まれて、私は玉座に座っていた。隣には何十万というスライムを統治する女王がいる。
「あなたは我々を救ってくださった英雄です。さあ、遠慮なさらずに!どうぞ」
「あっ、どうも……」
見たことのない液体、おそらく飲み物が目の前に置かれた。人間の私が口にして平気なのか不安だったけど、スライムたちを信じてぐいっと飲んだ。
私が治癒魔法でたくさんのスライムを癒やしたのはしばらく前のことだ。あの時は成功したのか自分でもわからず、薬草の力で治ったんだと思っていた。
「どうしていまだに感謝の宴が開かれていないのかと、私が女王様に怒られてしまいました。いくらでも来てもらう時間はあっただろうと……」
マユが一人で里帰りしたところ、私を連れてこいとすぐに帰されたそうだ。いつかまた、と言っておきながらすっかり忘れていた私の責任も大きい。
「………おいしいっ!とてもおいしいです!」
「私たちが用意できる最高級の品……喜んでいただいて何よりです」
お世辞ではなく心から出た言葉だ。こんなにおいしい飲み物は生まれて初めてかもしれない。
「良質な水はスライム族が繁栄するために欠かせないものです。人間が立ち入らないので枯渇や汚染の心配はありません」
ここの水ならお酒や料理もすごいものに仕上がる。食の歴史が確実に変わるけど、スライムたちの平和のほうが大事だ。秘密のままにしておこう。
「救い主様は大聖女になれる資質を有していながら、妹のためにその力を譲ったとマユから聞きました。どこまでも高潔で聖なる方なのですね」
マユは私のいいところだけを話しているようだ。嘘や誇張はなくても、伝える情報をうまく選んでいる。
「アンデッドの村を浄化したり崩壊寸前の組織を救ったり、やはりあなたが大聖女なのでは?」
「私一人でやったことじゃないですよ。本物の大聖女……私の妹を見ればすぐに違いがわかります」
「いいえ、ジャッキーさんこそ世界を救う方です。誰よりも高められるべきはこの方だという真実を、女王様も年長の方々も受け入れてください」
嘘はないと思っていたのに早速嘘が飛び出した。マユは賢いはずなのに、たまにおかしくなる。このあとすぐに訂正させて、どうにか誤解が広まるのを避けられた。
「私の話はもういいですから……マユのことを教えてください。かなり優秀だと聞いていますが」
「ええ。同世代のスライムたちの間では抜けた存在で、この集落の未来を任せられる者です。皆から信頼されていますよ」
手足がないスライムや知性がゼロに近いスライムもいる中で、人間のような振る舞いができるだけで優秀だ。
「有能で強力なスライムは女王からしか産まれないという常識を覆した突然変異……どこまで成長するのかとても楽しみです」
普通のスライムも繁殖する。ただし女王の子どもたちに比べたら数が少ない上に弱いそうで、一族の中心的存在になることはないという。
「そんなマユですが……気になる点もあります。身体の色がかなり人間に近づいているようですね」
「私もそう思っていました。その時の感情によって青くなったり赤くなったりするのは変わりませんが、何もなければほとんど私たちと同じです」
この体色だと、もう強制的に服を着てもらうしかない。これで裸で歩いていたら皆をびっくりさせる。
「しかしこれも新たな時代の兆しかもしれません。人間と親密な仲になる者が現れる時、スライム族は進化するという伝説があるのです」
人間との接触を避けつつも、私とマユのように深い関係になることがある。その偶然をスライムたちはとても重要なものとして見ていた。
「先ほどの話の続きになりますが、女王の血統しか繁栄しないとなると、やがて血が濃くなりすぎる。他の群れや別の魔族と交わることでその危機を乗り越えてきました」
「しかしそれには毎回人間が関わっています。私たちの生態を調べる研究家や飼育しようと考える者……彼らと親しくなれたスライムがいるので種は存続し、発展を遂げています」
一歩間違えたらとんでもないことになりそうな相手だ。でも味方になってくれたらとても頼もしい存在の研究家や魔物収集家、私がそれ以上にスライムたちの力になれるとは思えない。
「……私はどんな役割を期待されているんでしょうか?」
「…………」 「…………」
女王は力強く立ち上がる。それと同時にマユが私に近づき、肩を寄せてきた。
「救い主様とマユが結ばれ、両親の優れたところを受け継いだ子どもが産まれる………」
「………え?」
「種族も性別も関係なく子孫を残せる魔法ができると聞きました。壁はなくなったのでは?」
確かにそこはいいとしても、もっと大切なことが色々あるような気がする。
「……ジャッキーさん。来てください」
マユに連れられ、宴の席を一度抜ける。やってきたのは草木で造られた家がいくつも並んだ場所で、そのうちの一つに入っていった。
「私の家です。狭いところですが、どうぞ」
「じゃあ失礼して……よいしょっと」
周りの家に比べたら広くて天井が高い。土の中や洞窟に住んでいるスライムもいるから、これは体の大きい人型のための家か。
「おお!あなたが!さあ、こちらへ」
「マユもこっちに座って、ほらほら」
私たちを迎えたのは、人型ではない普通のスライムたちだった。言葉が使えるだけでなく、片方はひげを生やし、もう片方はリボンをつけている。つまりマユの両親だ。
「せっかく実家に帰ってきたんだ。くつろいだらどうだ」
「あっ、そうだ。もっと早く脱いでもよかったな」
人間の社会に慣れたせいか、服を着るのが当たり前になっていたマユがあっという間に裸になった。
(…………)
「あれ?急にどうしたんですか?」
私が目を逸らした理由をわかっているくせに、マユは距離を詰めてきた。この大胆な行動をマユの両親は全く止めず、笑顔で見守るだけだった。
「まさか救い主様を捕まえてしまうとは……私たちの娘は思っていた以上に大物だな」
「幸せにしてくれること間違いなし!近いうちに孫の顔も見れそうだしこれで安心ね!」
これは参った。断れない場所と雰囲気を完璧に整えたのだから、マユはやはり優秀だ。
「末永くよろしくお願いしますね、ジャッキーさん!」
「う……うん」
私の今後の行動次第でマユの両親、それにスライム族全体が味方にも敵にもなる。逃げ道はなくなった。
ジャッキーは後手後手に回ることが多いので、外堀を埋められるとなすすべなく押し切られてしまいます。
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