敗者のもとに集う者たちの巻
私たちは同時に倒れた。顔がボコボコに腫れていてもマキは笑っていた。私も爽やかな気持ちになっていて、満たされていた。マキと同じように笑顔だったと思う。
「…………」
「…………」
立ち上がる体力と気力はもう残っていない。皆の声援に応えるための最後の力も使い果たした。
「ダ……ダウンカウント!」
お父さんの声がとても遠くからのものに感じた。10秒以内に起きないと負けだ。ただしマキも動く気配がなく、二人とも試合続行は不可能だった。
「………10!試合終了、ここまでだっ!」
「ジャッキー!」 「大聖女様!」
試合終了を告げる鐘が鳴るとすぐに私たちは室内に運ばれ、聖女隊による治癒魔法を受けた。それでもしばらくは寝たままで、そのままフィールドに戻ることはなかった。
『国王様、これは引き分けで両者優勝ですか!?』
『いや……ジャクリーンは試合前の奇襲で反則を取られている。その減点があるから……』
最初の暴挙が最後に命取りとなった。引き分けや両者戦闘不能なんてほとんどなく、実質無意味なルールと化していた反則点が明暗を分けた。
『よって優勝は、マキナ・ビューティ!!』
闘技大会の閉会式も終わり、夜になった。お城ではマキの優勝と大会の成功を祝うパーティーが開かれている。
私も招待されたけど辞退した。試合前の悪行三昧や大聖女の評判を落とすような喧嘩を仕掛けたことを考えたら、私はいるべきではない人間だ。
(ビューティ家の名を汚した。ラームとマユを危ない目に遭わせた。大会をめちゃくちゃにした………もうどこにも居場所はないな)
誰もいない静かな場所で一人、安いお酒と何の肉を使っているのかわからないような串焼きで『反省会』をしていた。これが終わったら一人で旅立とう。戦いの傷は治癒魔法ですでに癒えている。このままいなくなろうと思っていた。
ところがそれを許さない乱入者たちによって、この反省会の雰囲気と規模は大きく変化していくことになる。
「ジャッキー様!やはりここでしたか!」
「こんな暗いところに一人でいるなんて………」
「ラーム、マユ!どうして………」
私と共に戦った二人がやってきた。奇襲攻撃に加わったせいで二人もパーティーに参加できないのはわかる。でもこの場所がわかったのはなぜなのか。
「ジャッキーさんが治療を受けている間に、身体の一部をちょっとだけくっつけておきました。私は自分の肉片を追跡できるんです」
思っていたよりスライムは多芸だ。このマユが有能なだけと考えることもできるけど、スライム族のほうが人間よりも上位に立つ日は近いかもしれない。
「あの感じだとぼくたちに黙ってどこかに消えちゃいそうな気がしたので……でも近くにいてよかった!」
ラームが私の胸に飛び込んできた。確かにこの二人を置いていなくなるのは無責任だ。遠い街へ行くことになったらラームとマユも連れていこう。
「準優勝に終わったから悔しくて城に来なかったのか?だったら3位の私も恥ずかしくて出られないな」
「……サキー!サキーまで………」
私が用意したものよりずっと高いお酒やジュース、調理したばかりのパンや料理を持ってサキーがやってきた。ラームたちの後をつけていたようだ。
「お前のことだ、そんな理由じゃないのはわかっている。今のお前は精神が不安定なはず、馬鹿なことをしないように私もそばにいてやる」
サキーのおかげでちょっとした夕食会になった。ところがこの小さな集まりの参加者はまだいた。
「感動させてもらいました!素晴らしい戦いでした!」
ゴブリンのシュリが野菜や果物を持ってくれば、
「さすが俺たちの先輩だ!強いだけでなく……」
「人の心を動かし人生を変えてしまう!正しい方向に!」
魔物の兄弟、ウミとハナも現れた。甘いお菓子を大量に持参していて、私たちは大喜びだ。
「そう、その方は正しく……幸せな道に導く!」
「私たちも破滅から助けられちゃったしね」
フランシーヌさんとマキシーだ。お城のパーティーで出されるような肉と魚が並べられた。ここまで全員違うものを持ってきてくれているのはありがたい。
「ここにいる皆がジャッキーに引き寄せられた人間だ。お前がいなければ誰一人として今日この時間、平和に食事を楽しむことができなかっただろう」
「胸を張って誇りましょう!あなたは大聖女ではありませんが、確かに救いの奇跡を成し遂げています」
「み……みんな…………」
傷心の反省会が賑やかな晩餐会に変わる。それでも真の盛り上がりはここからだった。
「すでに始まっていたか!我々も加わらせろ!」
「追加の料理は用意してあります、楽しみましょう」
「お父さん!お母さん!お城のパーティーは!?」
なんとお父さんたちまでこっちを選んだ。二人だけではなく、奴隷も含めてビューティ家が全員来ている。そうなると当然、私に嫁ぐと決めているルリさんもいた。
「ジャクリーン様!あなたの美しさ、清さ、尊さについてわたくしはまだ全てを知ってはいませんでした!もっとジャクリーン様の魅力を教えてください!」
「えへへ……私なんかよりルリさんのほうが素敵だよ」
(あっ!あの女!) (ふざけた真似を………)
ルリさんが私に抱きつくと、騒がしく賑やかだった場が急に静かに、寒くなった。
「…………!!」
私にべったりだったルリさんが急に離れたのは、その冷気がこれまでよりずっと強力になって、無視できなくなったからだ。誰によるものなのか、今さら確かめるまでもなかった。
「………お姉ちゃん。今日は………お疲れ様」
パーティーの主役だったはずなのにどうやって抜け出したのかは聞かないでおこう。マキがここを選んだのだから、お城に戻れなんて言わない。
「マキ、優勝おめでとう。その……いろいろごめんね」
「謝らないで、お姉ちゃん。それより覚えてる?大会に出るためにわたしの推薦が必要だとお願いしにきた時に……」
嫌な予感がする。そういえばあの日………。
「「私を推薦してくれて、その上でマキが優勝したら何でも言うことを聞いてあげる」……そう言ったの、覚えてるよね?」
「………あっ!!」
これはまずい。『何でも』を約束していいのは子ども相手だけだ。マキはもう立派に成長している。
(……さっきの戦いが無駄になる………)
自分の代わりに大聖女になれと言われても受け入れるしかない。精一杯やった結果なのだから、私も覚悟を決めよう。
「わかった。私にできることなら……」
マキは少し悩んでいるようだった。それでもすぐに笑顔になって、私の手を握りながら願いを明らかにした。
「いろいろ考えて……やっぱり『ご褒美』はこれしかないって思ったんだ」
「…………」
「ルリ・タイガーの魔法が完成したら……お姉ちゃんとの子どもがほしい。もちろんオッケーだよね」
「……………え?」
全く想定外だった。まさかマキまであの魔法について真剣に考えていたなんて。
「どういう魔法なのかまだわからないけど、もしどっちが産むかを選べるなら……わたしがお母さんになりたいな」
「い、いやいや。確かに女同士でも実の姉妹でもとは言ってたけど、マキには婚約者が……」
「あんなのどうにでもなるって。あいつらのパーティーを抜け出して大恥かかせたんだから、むこうのほうから何日もしないうちに婚約破棄してくるんじゃないの?」
言われてみれば、ベスト4が全員ここにいる。お城のパーティーは大失敗のはずで、王様たちがとても怒っているのは確実だ。いくら大聖女の血がほしいとしても、我慢の限界だろう。
「わたしたちは二人合わせて100パーセントの大聖女!どんな子になるのか、今から楽しみだよ!お姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「……そうだね………」
今日はいろんなことがありすぎた一日だった。マキとの関係もこれまでとは違う新たなものになった。
(………どうしようかな…………)
ルリさんはもちろん、ラームやマユとも同じ約束をしている。皆に愛されているせいで遠い地へ一人で逃げる……なんてことにならないように気をつけよう。とりあえず今はこのパーティーを楽しむことだけを考えた。
これで第一部終了だ。だがそのうち第二部が始まるぞ。社長の俺が言うんだからこれは決定事項なんだよ。横浜DeNAベイスターズの優勝と同じくらい確実だ!わかったか、よく覚えとけ!




