愛ゆえの姉妹喧嘩の巻
「お姉ちゃんがお菓子の最後の一つを必ずわたしにくれるの、実は嫌だったんだよ!」
マキが右腕を振り回す。命中よりも威力を重視した、力任せのパンチだ。
「そのたびに大聖女の力をもらった罪悪感で胸が痛んで……もらってばかりで何も返せない無力感がわかるか――――――っ!!」
「うっ………」
避けたつもりが顎にかすって、足がふらついた。それでも休まず前に出て反撃だ。
「知らなかったんだからしょうがないでしょ!?それに無力感だって?私みたいに何をやってもダメな人間が言うならいいけど、マキは贅沢すぎる!」
「あぐっ!」
「世界一の無能だ、ただの汚物だと呼ばれて物を投げられる毎日……マキに耐えられるわけない!それなのに軽々しく大聖女の力を渡すなんて言うな!」
マキも倒れない。勝利を目指すなら攻め方を変えるべきだけど、今はもう二人とも勝ち負けなんてどうでもよくなっていた。
「大聖女なのに王国のために働くのが面倒だの王族とつき合うのが嫌だの……根性を叩き直してやる!」
「弱いくせに冒険者になったり闘技大会に出たり、お姉ちゃんこそどうかしてるよ!頭の中掃除したほうがいいんじゃないの!?」
ついに髪の毛の引っ張りあいになった。かと思ったら同じタイミングで頭突き。口や鼻から血が出てきたところで、まさかの人物がリングインした。
「そこまでだ!これ以上はいけない!我々は殺し合いをしているわけじゃないんだ、そうだろう?」
マキの婚約者、マッチョ・アントニオ王子だった。試合というよりはただ感情をぶつけているだけの異様な戦いを止めに来た。
(フッ……これで冷静になった大聖女様も私に惚れ直すだろう。危ないところを助けてくれてありがとうと……)
しかしその目論見は大外れに終わった。今の私とマキにとって、ただの邪魔者でしかない。
「うるさい!引っ込んでろ!」 「消えろ、馬鹿!」
「ぶごぉっ!!ごぼぼ………」
息の合ったダブルパンチで追い出した。マッチョ王子はリングの下に転がり落ちて気絶していたらしいけど誰も気にせず、放置されていた。
「お姉ちゃんはひどいよ!わたしの気持ちに気がついているのに知らないふりをして……!」
「………実の姉妹じゃいろいろ無理でしょ……」
「小さい女の子が好きなんだからわたしでいいじゃん!あんな二人を自分の奴隷にして好き勝手するくらいなら……!」
だからそれは誤解だ。どうしてみんな私がそういう趣味だと決めつけるのか。
「私は違う!私は……マキみたいな元気な子も、ラームやマユのようなしっかりした子も好きだよ。サキーのような強くて頼れる存在も、ルリさんやフランシーヌさんたち大人の魅力たっぷりの人も……」
「ちょっとは絞れ!ハーレムを作ろうとするな!」
「うぎゃっ!」
どの道怒られるのは避けられないようだ。私が誰と仲良くなろうが勝手のはずなのに、嫉妬深いマキにはそれが許せない。困った妹だ。
「お……お義父様!さすがにもう止めたほうが!」
「どんどん顔がひどいことになってますよ!?」
ルリさんとラームがお父さんに試合の打ち切りを求める。ところが自分の娘たちが激しく戦う光景を目の前にしながら、お父さんは笑顔だった。
「いや……このままやらせよう。気の済むまで」
「えっ!?」
「思えばジャッキーとマキが姉妹喧嘩をしたことなんてなかったかもしれない。互いに遠慮していたんだろう。いい機会じゃないか」
「なめるな―――っ!」 「この――――――っ!!」
『あまりに幼稚な喧嘩!見苦しい決勝戦に……』
『……………』
私たちの戦いを特別な思いで眺めるのはお父さんだけじゃなかった。ゲンキ・アントニオ王が私たちの姿に若き日の自分を重ねていた。
『………私は幼い日に家族を失い、ある人の養子になった。それは知っているな?』
『は、はい。二代前の国王、『リキ・ノーザン』ですね?彼に育てられ、戦闘や政治など様々な分野で英才教育を受けたと聞いています』
『そう。あの人にはとても世話になった。だからあの人が死んだあと、その息子や愚かな側近たちが悪政に走るのを見ていられず……私はクーデターを起こしてリキ・ノーザンの家を終わらせた。恩を仇で返したと言う連中もいるが逆だ!あの人の名を汚したくなかったからだ!』
リキ・ノーザンの時代は多少荒れていたものの安定した統治が行われていて、息子が王になってから急に腐敗したとお父さんたちも話していた。王よりも家族や従者たちがその原因で、ゲンキと仲間たちは関係者を徹底的に排除したという。
『まあ……だからといってあの人を全て肯定していると言えば嘘になる。理不尽に殴られたり死ぬ寸前まで訓練させられた時もあった。反面教師にしている点もそれなりにある』
完璧な人間はいない。それに最も近いと言われている大聖女ですら、大観衆の前で醜い喧嘩をしている。
『だが……だからこそ、全てをぶつけたかった。感謝や憧憬の思いはもちろん、恨みつらみも真っ向から。あの人は早く逝ってしまいそれは叶わなかったが……』
『…………』
『心から語り合いたかった。愛を伝えたかった。そう、今の二人のように………羨ましいな。あいつらが』
王様の目から涙が溢れた。私たちの喧嘩は想像以上に皆の心を痺れさせていた。
「お姉ちゃんは優しすぎるよ!そのせいで次から次へと変なのが集まってきちゃうんだ!」
「マキだって何もかもが鮮やかすぎる!だから力目当ての王族たちが甘い蜜に集ってくる!」
激しい打ち合いのせいで歯が何本か折れている。マキも鼻血が痛々しい。それでも美しさは全く失われていない。
「諦めが悪くて泥臭くて……不器用なお姉ちゃんが!」
「後先考えない豪快で鮮やかなマキが………!」
私もマキも全力の右パンチ。避ける気はなかった。全てをぶつけ、全てを受け止める。
「大好きだよ!」
「大好きだよ!」
互いの顔に拳がめり込む。姉妹愛をしっかり味わって、私たちはその場に崩れ落ちた。
なぜ力道山を殺さなかったのか




