大聖女にならない女の巻
私にほんの少しだけ残された大聖女の力を一度マキに渡し、完全なる大聖女となったマキが奇跡を起こして私に100パーセントの力を送る。
「……あの時の私はマキを助けるためにそうした………はずだよ。全然覚えてないんだけどね」
「うん。わたしが今日まで生きているのはお姉ちゃんの自己犠牲のおかげ。この力をわたしが持っている意味はもうないよ。さあ!」
どうやって私から力を渡すのか、マキは自信があるようだけどほんとうにできるのか。疑問はいろいろあるけれど、それに関係なく私の考えは決まっていた。
「………いや、マキの頼みでもそれは受けられない」
「……………なんで?」
「万が一失敗した時のことを考えたら、わざわざ私に戻す意味がない。大聖女はマキのままでいい」
大事な力がどちらのものにもならずに消滅したり、身体に悪影響が出たり……恐ろしいリスクは山ほどある。加護がなければ私の命が危険という状況でもないのだから、断る以外に選択肢がない。
「必ず成功するから平気だよ!遠慮しないで大聖女になろうよ、ねっ!」
「やったことがないのに絶対なんて言い切れないよ。それにマキが選ばれたのは運命だった……私はもう受け入れてるから、今さらあれこれするのはやめよう」
どうして私が聖女になれなかったのかと思ったことは数え切れないくらいある。でもマキの膨大な魔力を考えれば、マキが選ばれるのは必然だったと納得できるようになった。真相を知ったところでその気持ちは変わらない。
「ま、私はこれまで通り大聖女の姉として頑張って生きていくよ。私が大聖女だったっていうのも今となっては確かめようもない……聞かなかったことにするね」
「そんな……!お姉ちゃんが大聖女になったほうが世界はずっとよくなる!みんなもそう思うでしょ!?」
マキが観客たちに問いかけるも、反応はなかった。いくら私を応援しているとしても、それとこれとは話が別だ。
「あいつはいいやつだが……」
「大聖女にふさわしいかと言われたら……違うよな」
大聖女といえばマキナ・ビューティ、国民の誰もが知っている常識だ。それを変えることはもうできない。私も今から大聖女として生きるのは無理だろうし、これからマキが大聖女の妹として生きていくのも難しい。
マキもほんとうはわかっているはずで、大聖女の座を奪ったという罪悪感があるからこんな提案をしているだけだろう。
「ジャッキー様なら妹様以上の真の大聖女として活躍してくれるはずですけどね」
「ああ。まさに無双状態だろうな」
ただしチーム・ジャッキーだけは例外で、私が新たな大聖女になった世界を妄想していた。好きにさせておこう。
「ジャッキー………それでいいのか?」
お父さんの確認の言葉に私は迷わず首を縦に振る。私の思いは固まっていて、誰に説得されても変わらない。それをはっきりさせるために私は動いた。
「騙されちゃだめだよ、お父さん。マキが私に大聖女を譲りたいのは私を思ってのことじゃない。面倒な仕事やしんどい修行、嫌な婚約者から逃げたいだけだよ」
「………は?」 「違う!そんなわけ……」
マキの気持ちはわかっている。それでもあえて突き放すようなことを言わないといつまでも話が終わらない。私が悪者になればいいのだから簡単だ。
「マキみたいな甘えん坊が自分にとって何の得もない提案をするわけがない。王国や世界の未来よりも自分が大切なんだから、一度教育し直したほうが……」
私の暴言にマキはうつむいたまま肩を震わせる。悲しませてしまったと心を痛めていると、そのまま近づいてきた。私は完全に油断していた。
「お姉ちゃんの………わからずや――――――っ!!」
「ぶげっ!!」
右のほっぺたに全力の張り手を食らってダウンした。これまでの戦いの傷は癒えていたけど、この強烈な一撃で口の中が切れた。
「……これ以上お姉ちゃんに負け犬人生を過ごしてほしくない!惨めな毎日を終わらせて光り輝く舞台で……どうしてわかってくれないの!?」
マキの叫びが響く。そうか、これがマキの本心か。私は立ち上がり、マキの手を握る。
「お姉ちゃん………うっ!!」
全く警戒していない隙を突いて同じことをやり返した。張り手の勢いでマキは倒れる。この時私はまた無意識のうちに光っていたらしいけど、興奮のあまり気がついていなかった。
「うっ……回復しないと………あれ?魔法が使えない?しかも強化魔法が切れてる。加護もなくなっちゃったような……」
「魔法?天からの加護?いらないでしょ、ここからは。感情のぶつけ合いに不純物はいらない!」
その場にいる者全員の魔法の効果をかき消し、しばらく使えなくする。私の能力なのか、大聖女が二人いることで起きた異常事態なのかはわからない。まあ今はどうでもいい。
「負け犬!?惨め!?結局見下していたんだね、私のこと!馬鹿にするな!姉の力を思い知れっ!」
悪気はないとしても、喧嘩を買うには十分だった。この試合は教育のつもりで臨んだのだから、その続きだ。
「何が姉の力だ!弱っちいくせに!いつも通りわたしのわがままを聞いていればいいのに!」
「生意気言うな―――っ!魔法も大聖女の力もなければ勝負はわからない!くらえ――――――っ!!」
ノーガードの戦いになった。マキの顔やお腹にパンチや手刀を叩き込む。むこうも私に遠慮なく肘打ちやキックを決めてくる。
「うぐっ………」
「ふ――――――っ………」
作戦や技術なんて一切ない、野蛮な戦い。予想とは違う形で、決勝トーナメントで一番レベルの低い試合になった。
「いけ!休むな、殴り倒せ!」
「攻めまくれ!やっちまえ!」
それなのに大闘技場はこれまでにない盛り上がりで、その熱気がますます私とマキを燃え上がらせた。
『国王様、この大歓声は……』
『結局シンプルなものが一番面白いんだ。見ろ、あの闘魂に満ちた二人を!楽しいじゃないか』
ALL TOGETHERよりも一選手の特別興行のほうが真のオールスター戦になっていたという現実はしっかり受け止めるべきでしょう。




