大聖女ジャッキーの奇跡の巻
聖女の力は12歳の誕生日に授けられる。魔力の量や戦いの才能は人それぞれでも、特別な加護を受ける日は変わらない。
ただし大聖女は例外で、その力にいつ目覚めるのかはわからない。大聖女にも実は決まった時があるのかもしれないが、数百年に一人では調べようもなかった。
あるところにとても仲のいい夫婦がいた。夫は立派な体格の大男で、強い戦士だった。妻も聖女隊のリーダーとして王国の平和と繁栄を支えた実績を誇り、二人が一線を退いても優秀な遺伝子を受け継いだ子どもたちが両親を凌ぐ活躍をすると期待されていた。
最初に産まれた子どもは父親と同じ黒い髪、健康そのものだった。女の子だったので母親と同じように聖女になることは確実で、無事に育てと皆が願った。
「私の体術にお前の魔力があれば……」
「すごい子になりそうだわ。でも重圧に潰されないように……優しく育てましょうね」
二人の言葉に嘘はなかった。思ったように成長しなくても、それ以上に衝撃的なことが起きて『期待外れ』な存在になったとしても、娘を愛し続けた。
長女が産まれて数ヶ月、妻は再び妊娠した。順調に出産の時期が近づいていたが、ちょうどその頃に風邪が流行した。母親は感染したもののすぐに回復した。
しかし両親が知らない間に、胎児は命の危機に陥っていた。気がついたとしても死産は免れない……そんな段階まで来ていた。
「………」
「あら……お腹の子とお話がしたいの?いいわよ」
そんな時、1歳にもなっていない娘が母親の腹に手を置いた。そしてしばらくそこから動かなかった。
「あらあら、まさかほんとうに話を?だったらこの子が男の子なのか女の子なのか、どんな名前がいいか聞いてくれるかしら?」
もちろんこれは冗談だ。娘は自分の膨らんだ腹を珍しく思っているだけ、としか考えていない。この場で起きた出来事とその意味について深く知ろうとはしなかった。
その後は何事もなく、二人目の娘が誕生した。美しい金髪で、母親そっくりだった。こちらも病気や怪我知らずのまま成長していった。
そして長女が12歳になった日、彼女ではなく妹こそが聖女、しかも大聖女であると明らかになった。何から何まで異例なことだったので、原因を探すだけ無駄と思い誰も明らかにしようとしなかった。
(………聞こえる?私はあなたのお姉ちゃんだよ)
(………お姉ちゃん?)
(今からあなたを助ける……私の力を送る。これがあればそんな病気はすぐに治る!)
まだ意味のある言葉を話せないのに、脳内で妹に話しかけ、しっかり伝わっていた。
(でも……その力がなくなったらお姉ちゃんは……)
(気にしないで。こんなものよりもあなたの命のほうがずっと大事だから。いや、この時のためのものだったんだ)
聖女の力をそのまま妹に移し、加護によって病を消し去ろうとした。彼女は自然に奇跡を行おうとしたが、普通の聖女ではどれほど有能な者でもこの業は不可能だ。そもそもまだ12歳になっていない。
彼女は大聖女と呼ばれる特別な存在だった。赤子でありながら癒やしの力を使いこなせるのは大聖女しかいない。しかしまだ幼すぎたので、妹を救うには自分の持つものを全て差し出すしかなかった。
(わたしが助かってもお姉ちゃんが代わりに死んじゃったら………)
(だいじょうぶだよ………たぶん)
神から与えられた加護を手放しても命は残るという予感があった。いや、仮に自分の命と引き換えだったとしても彼女は迷わなかっただろう。その慈愛は大聖女にふさわしいものだった。
(じゃあいくよ!しっかり受け取って!)
(………っ!!す、すごい………!)
数百年に一人の大聖女、世界で最も偉大な人物になれる権利が姉から妹に渡った。この出来事を姉は忘れたままだったが、妹のほうは思い出していた。姉が12歳の誕生日に聖女ではないと発覚し、自らが大聖女だと明らかになった時に。
その真実を大聖女はずっと公にしなかった。誰も信じないだろうと思ったことに加え、この力を姉に返すことができなかったのも大きな理由だった。何度か試みてみたものの、あの日の姉と同じ奇跡を起こせない。元に戻せないなら、明らかになったところで何の意味もない。
「でもいつかは………お姉ちゃんに………」
自分のせいで姉は大聖女になれなかったどころか、無能なダメ人間呼ばわりという屈辱の人生だ。その間違いを正せる機会を探していたが、ついに絶好の場が用意された。
闘技大会、それも300回目の記念大会だ。大勢の人々が姉の戦う姿に感動し、支持を集めた瞬間こそその時だと確信し、その通りになった。
「………冗談でしょ?」
「ほんとうだよ。お姉ちゃんこそ大聖女になるべき人間だった。わたしを助けたあの日……全てが狂った」
私の名誉を回復させるために適当な嘘をついたとは思えない。大闘技場は騒然としているし、私自身混乱して頭がぐちゃぐちゃだ。
「お姉ちゃんが時々見せる聖なる光……あれはお姉ちゃんにも大聖女の力が僅かに残っている証!」
「………!」
自分でもわからないタイミングで発光するのは『元・大聖女』だからか。仮に力があっても使いこなせない。
「やっぱりスライムの集落での癒やしの力は本物だった!サキーさんを治したのも!」
「まだお腹の中にいる子どものために大聖女であることを捨てるなんて……ジャクリーン様はどこまで美しいのでしょう!」
偶然できたことや赤ちゃんの時の行動を褒められてもそんなにうれしくない。後者に至っては全く記憶がないのだから、どう反応していいのかもわからない。
「たぶんお姉ちゃんには2パーセントくらい大聖女の力が残ってる。たったそれだけであんなに戦えるんだからすごいよ」
「………」
「残りの98も返したい……でもわたしにはできなかった。その2パーセントぶんだけ完璧な大聖女じゃないから、お姉ちゃんの奇跡を再現できないんだと思う」
マキが私の手を取る。今まで見た中でも一、二を争うほど真面目な顔をしていた。
「そこで……お姉ちゃんの力をいったんわたしに移してほしい。100パーセントになったわたしならやれるはず!」
「………え?」
「お姉ちゃんが世界の頂点に立って真の平和をもたらす……もともとこうなるはずだったんだから、迷う必要はないよ!」
マキに代わって大聖女になる………突然のことではあったけど、答えは出ていた。




