真の目的の巻
「あれあれ?お姉ちゃん、まだやるの?」
『どうにか立ち上がったジャクリーン!しかし今にも再び倒れてしまいそう!』
私にはまだ仕事が残っている。マキにとどめを刺されて死ぬ、その大事な役目が。いくら私を嫌っているとはいえ血の繋がった家族、自分の手で命を奪うのは罪悪感があるかもしれない。
それでも世界のためなら躊躇ってはいけない。親しい人間でも悪は悪、大聖女として裁きを下すべき時が来る。
(マキなら………できるか)
マキが言うにはこの戦いは『頭の弱い者たち』への教育なのだから、わかりやすい形で皆に教えるはずだ。中途半端な決着はない。
「ジャクリーン様!あなたは立派に戦いました!もう十分です、休みましょう!お義父様、試合を止めてください!」
「う〜む………」
ルリさんの叫びにお父さんの心も揺らぐ。私が続けると主張しても、どんな未来が待っているか簡単に想像がつく。
「………仕方ない!ここで終わり………」
「待ってください!」
それに待ったをかけたのは意外にもサキーだった。ボロボロの私を見て泣いているのはルリさんと同じだったけど、その先の考え方はまるで違った。
「いらない姉、無能な女と罵られて惨めな日々を過ごしていたジャッキーがこの大観衆の前で立派に戦っている……前を向いて闘志を失わず!やらせてあげるべきでしょう」
私の執念がサキーの心を動かしていた。聖女になれなかった者の意地、この命を全うするために戦い抜くという決意が伝わった。
「そうです!ジャッキー様ならひっくり返せます!大聖女の力はあっても中身は畜生以下のやつなんかにこのまま負けるはずがありませんっ!」
「必ず奇跡を起こしてくれます!今日はまだあの力を見ていない……本領発揮はここからです!」
ラームとマユは私の勝利を本気で信じている。負けて死ぬためだけに試合を続けようとしていた私に、それではだめだと新たな力を与えてくれた。
チーム・ジャッキーだけではなかった。大観衆の中からも私を応援する声が聞こえてきた。
「そうだな……天と地ほどの実力差があるのに大した根性してるじゃないか!頑張れ!」
「俺はお前を優勝だと予想したんだ!冗談半分の大穴狙いだったが……夢を見せてくれっ!」
最初は少数派だったのが、だんだん声援が大きくなってきた。こんなの予想外だ。
「負け組の逆転劇……夢があるわ!地道に努力し続ければいつかは日の目を見る!」
「あいつは希望の星だ!素質や天運に恵まれなくても必死に諦めず戦おう……そんな気にさせてくれる!」
そして大闘技場全体を飲み込んで………。
「ジャッキー!ジャッキー!ジャッキー!」
「ジャッキー!ジャッキー!ジャッキー!」
『大聖女様への応援が徐々にジャクリーンに傾き、ついにひっくり返った!国王様、これは?』
『………不思議なことではない。圧倒的強者に立ち向かう弱者を民衆が支持するのはよくある光景だ。そう、私がこの国を変えたあの時も……』
王様が思い浮かべていたのは、クーデターを起こして当時の王家を排除した時のことだ。
『最初は私一人だった。しかし巨大な権力を打ち倒そうとする私を励まし、共に戦ってくれる仲間たちが増えていった。分が悪く厳しい日々だったが、確かな輝きと充実感があった』
『そして戦いに勝利し王国は今に至ると……』
『最近は私や大聖女といった絶対的な強者に乗り、栄華の恩恵に与ろうとする者たちばかりだ。もちろんそれは平和の証なのだが、つまらんと思わないか?心が熱くなるような刺激的な革命を……たまには見たいと願うのが人間というものだろう?』
大観衆に支えられて私は立っている。マキの名前を呼び勝利を願う声は聞こえなくなった。マキの『教育』は完全に失敗した、誰もがそう思った。
「……………」
ところがマキはとことん私たち凡人の理解を超えている。この戦いで何を目指していたのか、マキ自身が明らかにしなければ一人も正解にたどり着くことはなかった。
もちろんそのための壮大な仕掛け、そして衝撃の真実についても。
「………よかった。やっとわたしが望んだ正しい道に戻れた。誰を讃えるべきか……わかってくれた」
「…………え?逆じゃないの?」
マキの理想とは真逆の事態になっているはずだ。私の仲間やどちらを応援するか迷っている人たちを自分の側につかせることが『正しい道』ではなかったのか。
「い―――や、わたしなんかよりもお姉ちゃんがみんなに愛される存在じゃないとおかしい。それを頭の弱い人たちは全くわかってなかった」
マキの雰囲気や声の調子が変わった。いや、変わったというよりは私がよく知っているいつものマキに戻ったというのが正しい。私じゃないとわからないくらいの違いだ。
「ジャッキー様、気を緩めないでください!こいつは散々ジャッキー様を裏で罵っていた黒い人間です!」
「騙し討ちに備えましょう!」
ラームたちが私に注意するようにと言う。でもマキが勝利目前のこの状況でせこい手を使う必要はない。気にするべきことは別にある。
「……昨日の私への悪口は……私でも他の誰かでもいい、あえて耳に入るように?」
「そうだね。もちろんこの試合中のひどい言葉も同じ。いくら嘘でもお姉ちゃんのことをばかにするのはとてもつらかったよ」
全てはマキの演技だった。私を嫌っていると思わせて何がしたかったのか、こっちが聞く前にマキが説明を始めた。
「でもそうでもしないとお姉ちゃんは本気で戦ってくれない。わたしが全力でやろうねって言うだけじゃ遠慮してすぐに負けるだけでしょ?」
「………そうしただろうね」
「どうしても真剣勝負がしたかった。お姉ちゃんがこうしてみんなに愛されるためには……」
私の名誉のためにやってくれたことだという。だけど私に名誉なんか最初からない。この試合が終わればまた元通りになるだけだ。
「とてもうれしいんだけど、ここまでしなくてもよかったような気もするよ?どうせすぐに化けの皮が……」
「……剥がれるのはわたしだよ。大聖女という皮を捨て……いや、返さなくちゃいけない。その機会を待っていたけど、とうとうその時が来た!」
マキの身体が白く光った。大聖女の力によるものだ。どうするつもりなのかと思っていると、
「あ……あれ!?」
なんと私までその光に満たされた。マキの力に引っ張られているような感覚だった。
「大聖女になるべきだったのはわたしじゃなくてお姉ちゃんだった!お姉ちゃんの力を……わたしは横取りしただけ!真の大聖女はジャクリーン・ビューティなんだよ!」
ジャイアント運古対アントニオ強気の戦いの流れは、そのままキン肉マン対ロビンマスクになっています。
不人気な主人公、皆の支持を集める対戦相手
戦前の予想に反し熱戦を演じるも徐々に主人公劣勢
やがて観客たちは主人公を応援するようになる
一瞬の隙を突き3カウント、奇跡の逆転勝利
ジャッキーも奇跡の優勝となるのでしょうか?第1部完結まであと4話です。




