表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大聖女の姉  作者: 房一鳳凰
第一章 大聖女マキナ・ビューティ編
6/261

論外な奴隷商人の巻

 ラームを連れ戻しに来た、たぶん悪徳奴隷商人と思われるグレン。門番たちと怒鳴り合いを続けていたのに、突然声がしなくなった。


「……ああっ!」


 グレンだけが立っていて、門番たちは倒れている。すぐに門まで走って確かめてみると、みんな無傷だった。気を失っているだけのようで安心したけど、気は抜けない。



「ん?あんたは確かジャクリーン・ビューティ。大聖女の姉であることだけが取り柄のあんたに用はない……いや、用はあるな。小さいメスのガキがここに逃げてきたはずだ。俺に引き渡してもらえないか」


「……その子はなぜ奴隷の身に?」


「ちょっとした『不幸な事故』が起きて両親も家も金も失った。そこを俺が拾った。最初から全てシナリオ通りさ」


 ついさっきお父さんたちが偶然を装って王太子を消そうと話していたから、グレンが何をしたかも理解できた。何度もこの悪行に手を染めているであろうこいつは心底論外だ。私は怒りに燃えた。


「じゃあ渡せないな。お前はタダで奴隷を仕入れているんだろ?だったらタダで引き取られても文句は言えないはず!」


「ふざけやがって……世の中の厳しさを教えてやる!」


 どうせラームがいるのはバレているから隠さなくていい。そしてグレンを門の中に入れても問題ない。マキやこの家が狙いではなく、ラームを奪い返すだけが論外男の目的だからだ。




「俺が勝てば商品は回収、万が一にもないことだがお前が勝てば無料で契約……わかりやすくていいじゃないか」


 戦いの場は門の内側すぐ、木や像のあまりないところを選んだ。互いに有利不利のない、公平な条件だと相手にも納得させたから言い訳はできない。


「私から仕掛けたも同然の勝負、遠慮はいらない」


 敵がどうやって門番たちを倒したのか、いろんなパターンがある。外傷はなかったことを考えると睡眠魔法で眠らせた、手刀で気絶させた、道具を使った……考えたらきりがない。


(接近戦は危ない……でも距離を置いて戦うのは……)


 今の私が攻撃魔法を使ったらどうなるのか、やってみないとわからない。全く威力が出ないかもしれないし、逆に手加減できずに大変なことになるかもしれない。


 今回の相手は人間だ。どんな悪人でも殺すわけにはいかない。グレンのほうも私をそこまでする気はなく、負けを認めさせるくらいでいいという感じだ。


(だったら一か八か、突進して気絶させるか押し倒す!足を強化してスピードで圧倒すれば!) 


 殺意のないただの人間、それも戦いに慣れていない中年だ。あのオニタより楽な相手じゃないかと自分を励ました。



「てや――――――っ!!」


「……!速っ………」



 私がこんなに速く動けるとは思っていなかった顔だ。一気に勝負を優勢にと勢いよく加速したそのときだった。


「あだっ!!」


「えっ!?」


 速すぎて足がついていかなかった。グレンまでまだだいぶ距離があるあたりで派手にすっ転んでしまった。かなり痛い。



「ちょ……ちょっと待った。膝が………」


「え………ええっ?何やってんだお前………」



 倒れながら悶絶する私と戸惑うグレン。私の自滅でいきなり勝負が終わろうとしていたところに助けが来た。


「あの商人は門のところに……あっ、ジャッキー様!?」


「お姉ちゃんっ!?」


 ラームがマキを呼んできてくれた。事情を説明して皆でグレンを追い払おうとしたのだろう。


「おお、自分から来やがったか!早く帰るぞ。これからお前のご主人様になる方はお前のような幼く小さな身体が大好物、すでに何人も納品しているから仲間はたくさんいる。寂しくないぞ……」


 マキたちは今ここに来た。私が勝手に倒れた場面を見ていないから、当然グレンにやられたと考える。そうなると私への愛が強すぎるマキは………。




「よくも……よくもお姉ちゃんを傷つけたな!その愚かさ、今ここで断罪に値するっ!!」


 怒りの炎は禍々しく黒く燃えている。それでも大聖女の威厳か、神々しく見えた。


「裁きの一撃をくらえ〜〜〜っ!!」


「ま、待てっ!俺は何も……ぶごっ」



 私が止める前にマキの魔法が炸裂した。並外れた加護と魔力を受けている大聖女が怒りに任せて放ったのだから、どんな威力なのかは言うまでもなかった。


「え………バラバラになってる………」


 グレンの肉片が散らばる。ラームは真顔で見たままを口にするだけだ。あまりに現実離れしたものを目にすると、頭の整理が追いつかないとはこのことか。でもマキが真の力を発揮するのはこれからだ。



「えっと……これがまだ生きてるかな。それっ」


 地面に転がる内臓みたいなものを手に取ると、マキは治癒魔法を唱えた。すると散乱していた肉片が全て光り輝き、一つになったかと思ったときにはもう終わっていた。


「………あ、あああっ!?」


「うわ――――――っ!生き返ってる!?」


 厳密には蘇らせたわけではない。死者を復活させることはマキにもできない。それでも体か精神のどこかが少しでも生きてさえいれば完璧な状態に戻せる。例えば首を斬り飛ばされたとしても、すぐにマキがこの魔法を使えば元通りだ。


 死は免れないというところから全回復、限りなく復活に近い秘術はまさに大聖女だけが使える特別な奇跡だ。




「お、お許しをお許しを!そのラームは無償でお譲りします!奴隷たちも解放します、これまでの罪を悔い改め言われるがままの刑を受けます!」


 恐ろしい経験をしたグレンはさっきより老けているように見えて、心もすっかり砕けていた。悪事を重ねていた論外な人間とはいえ、少し同情した。


 こうしてラームがビューティ家の一員となり、私と行動を共にする従者になることも決まった。ただし私の今後については、情けない失態を晒したせいで夜遅くまで家族会議が続いた。

 武藤よりも論外の引退試合が泣けたという人はそれなりにいるはずです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ