害悪排除の巻
『マキナ様が魔法を封じられてしまった!大聖女の持つ加護でも無効化できなかったか!』
普通の人間よりは早く魔法が解けるだろうけど、数分はそのままでいてほしい。
「………なるほどね。わたしは魔法に頼りすぎていたかもしれない。使えなくなったらどうすればいいのか教えてくれるんだね、お姉ちゃん!」
何の苦労もせずにマスターした上級魔法の数々、それを乱発しても尽きない底なしの魔力。その支えを失ったとしてもマキは強いはずで、さらなる成長のためには魔法なしの戦いに慣れるべきだ。
「わたしのためにここまでしてくれるなんて……そんな優しいお姉ちゃんが大好きだよ!」
マキはいまだに姉を愛する妹のふりをしている。その演技を終わらせたのは、リング下にいる私の仲間たちだった。
「下手な芝居はそこまでにしましょうか、妹様!」
「………!!」
小さな身体から大きな声でラームが糾弾する。マキの表情が、そして雰囲気が明らかに変わった。
「あなたはジャッキー様を全く敬っていない!大勢の人間と同じように見下して嘲っている。自分の利益になるからなついているように振る舞っていただけだ!」
黙っていたはずだ。どうしてラームがこのことを知っているのか、真相はすぐにわかった。
「私が聞いていました。ジャッキーさんの様子がおかしくなって、急に明日の試合は本気で勝ちにいくと言い出したのもこれで納得できました」
マユは大会スタッフだ。大会中は私よりもマキのそばにいる機会が多いのだから、十分ありえることだった。
「ジャッキーさんが何も言わないので私も広めるべきではないと考えましたが、運命を共にする者としてラームには教えるべきだろうと思い、話しました。勝手な真似をお許しください」
命を賭けさせたのだから私もそうするべきだった。誠実ではなかったかもしれない。
「そんなわけないだろう!間違いではないのか!?」
「いいえ、確かに私はこの耳で聞きました。そしてほぼ確実にジャッキーさんも。これを信じるかどうかはお任せしますが……」
マキが私をどう思っているかなんて試合の進行には全く関係がないけど、ビューティ家としては重大な問題だからお父さんは動揺を隠せなかった。でもその真偽を直接確かめる前に、マキが突然笑い始めた。
「あはっ……あははははっ!!」
「ど、どうした!?」
「あ〜〜〜あ、バレちゃった!バレちゃったなあああぁ〜〜〜〜〜〜っ!」
まだ私が覆い被さっている状態とはいえ、マキの変化は誰の目にも明らかだった。慈悲深いはずの大聖女が黒いオーラを発していることに気がついた人たちは怯えていた。
「お姉ちゃんみたいなクズはこの世の害悪!大人しくわたしに利用されていれば無価値な命にもまだ意味があったのに……」
「マ、マキ………?」 「…………」
お父さんは自分の耳を疑っているようだけど、私はすでに知っているから動揺も落胆もない。
「何の取り柄もないダメ人間なだけならまだ救えたよ。でも自分より弱いそこの二匹を子分にしてリーダー気分に浸る姿を見て……終わってると思ったね」
ラームとマユが怒ってリングに入りそうな勢いだった。でももう試合は始まっている。空いている手で二人を制した。
「でもお姉ちゃんと比べたら素質があるよ。まだ小さいし、ちゃんとした人の弟子になれば成長できる。その可能性すら害悪の自己満足のせいで潰されちゃう……気の毒すぎるね」
二人が私より強くなれるという意見には同意だ。ずっと私の下にいるよりも、どこかで別な師匠を見つけるか独立するのが正しい選択だと思う。
「ほとんど何をやらせても無能なのに、洗脳する力、唆す才能はある………だから害悪なんだよ」
洗脳したつもりは全くない。二人は自分の意思で私といっしょにいる。マキならそれくらいわかっているはずで、これは煽るための言葉だ。
「マキ……それは本心なのか?そうだとしたらなぜ今日まで黙っていた?」
「わたしがこいつを追い出せって言ってもお父さんたちは拒否したに決まってる。家の空気が悪くなるだけで何の得もないじゃん」
マキと違ってお父さんたちの愛は本物だ。そして私とマキを平等に愛する。どちらかの幸せのためにどちらかが不幸になるようなことは絶対にしない。
「王族と話を合わせるために仕方なく嘘をついたところをたまたまジャッキーたちが聞いていた、そうでしょう?」
お母さんもリングの下にやってきた。娘の豹変、仲良しだった家庭の崩壊……試合どころではないだろう。
「あはは……残念だけど違うね。でもほんとうの気持ちを隠すのはここまで。この先は……えいっ!」
「うっ………」
マキは背中の力だけで私を振り払った。このパワーは魔法によるもので、魔封じの術の効果が切れたことを意味していた。
「実は5秒くらいで終わってたんだよ、お姉ちゃんの時間は。くだらない話が始まったせいで立ち上がるのが遅れたけどね」
たった5秒!私の魔法が貧弱すぎることが大観衆の前で改めて明らかにされた。
「じゃあ……ここからは教育だね。頭の弱い人たちはしっかり学んで、正しい道に戻れるように努力してね」
私を応援している少数派に対する『教育』か。私を徹底的に痛めつけて、マキの側につくべきだと教える気だ。
「誰が正しくて尊いか、誰を讃えるべきか……ここにいるみんなに教えるよ。でもお姉ちゃんはもう救いようがないから教育の対象外……教材になってもらうよ」
生きた教材として派手に散る、それが私の人生の最後の仕事か。最強にどこまで迫れるか、やるだけやってみよう。
遥か高み、天空にいる大聖女マキナ




