違う形の守り方の巻
『ジャクリーン・ビューティとその一味の悪行で決勝戦の厳格な空気はすっかりぶち壊し!関係ない場所での口論や殴り合いまで始まっているようで……これは試合中止ですか?』
『大聖女が戦えない状態ならそうなるかもな。そのあたりは全て審判が判断することだ』
第300回記念大会の決勝が中止に終わる、大聖女があんな状態で試合を強行する……どちらを選んでも批判の的だ。だから王様は自分で決めずに審判のお父さんに全てを任せた。
「……ジャッキー、お前には後でいろいろ聞かせてもらうぞ。しかし今は先にマキの様子を確認する!」
お父さんがリングを下りて倒れるマキのもとへ走る。あれくらいのダメージなら治癒魔法ですぐに回復するけど、意識を失ったままだと試合はできない。
「妹様が戦えないならジャッキー様の優勝ですね!」
事情はいろいろあっても、リングに上がれなかった選手が不戦勝と認められたことは長い歴史で一度もない。ただし決勝戦でこんな奇襲攻撃に出た選手がいたかはわからない。
「大聖女様!立ち上がってください!生まれるべきではなかったあなたの姉をこの世から消すのです!」
「いや、数百年に一人の大聖女様が害虫に構う必要などもうありません!こんな大会で無理をする意味だって何もないでしょう!」
マキがどうするべきか、皆の意見も割れていた。こうなるとあとは本人次第だ。
(身体はともかく……心の傷はないだろうな)
マキは私のことを嫌っていた。裏切られた悲しみで戦意喪失はありえない。見下していた私に一泡吹かされた、その怒りで立ち上がってくると考えたほうがよさそうだ。
要するに、マキが目覚めてしまったら私の負けだ。このまま起きずに試合はなし、私の不戦勝と判定されるしか私に勝ち目はなかった。
(……やっぱりあの程度じゃだめか………)
『大聖女様の意識が戻ったようです!すでに傷は回復していますが、実の姉に卑劣な襲撃を受けたことでショックを受けていないか……』
しばらく待っていると、お父さんと共にマキがリングに歩いてきた。一か八かの奇襲も実らず、私は苦笑いだ。
「……ラーム、マユ。リングから下りて」
「は、はい……」 「どうかご無事で!」
二人の顔をじっくり見られるのもこれが最後かもしれない。今までどうもありがとう。
「マキナ様〜〜〜っ!!」 「大聖女様万歳!」
『大歓声に迎えられてようやくマキナ様がリングイン!どうやら試合は無事に行われるようですが、特別審判のバーバ・ビューティから説明があります』
『傷は癒えたし本人にやる気がある、よって予定通り決勝戦を行う!そしてジャクリーンは反則点1として試合を始める!』
私への罰は反則点、それもたった1点だからお咎めなしも同然だ。両者立ち上がれず試合終了、そんな時に反則を取られていると引き分けのはずが負けになることがあるにはある。
(……そこまでいかないから無意味だね。勝つのはもちろん引き分けすら無理だよ)
『いよいよ試合開始!あんな目に遭わされながらも大聖女様は穏やかな顔!我々は大馬鹿者の公開処刑を望んでいますが、大聖女様にその気はなさそうです!』
「お姉ちゃん……さっきのは何かの間違いだよね?そこのゴミ二匹がお姉ちゃんに黙ってやったことなのに、優しいお姉ちゃんは自分が犯人だと言ってかばっているだけ……そうでしょ?」
「………」
「それとも何か深い意味があったのかな?わたしへのメッセージみたいなものが……」
実のところ私は、マキに騙されていると知ってもマキのことを嫌いになれなかった。油断しているところを騙し討ちしてざまあみろと言ってやりたい、そんな気持ちは全くない。
「……そう、あれは警告だよ。この先大聖女としてどんな仕事をするとしても、常に集中していないと危ない。周りは味方だけだとか相手が弱すぎるとか考えていると簡単に暗殺されちゃうからね」
マキを守るために戦うというテーマも変えられない。やり方が変わっただけだ。目の前の脅威を排除して守るのではなく、将来あるかもしれない危険な場面を体験させて、備えてもらうことにした。
強すぎるマキは慢心が最大の弱点だ。大聖女の力と天からの加護があれば、サキーとの準決勝もさっきの襲撃も無傷で終わるはずだった。
「今回は私たちが相手だからよかったけど、本気でマキを殺そうとしている危険な人間が決勝に来ていたらどうなっていたか……」
「確かにそうだね。ありがとう、お姉ちゃん」
いまだに私を無害な存在だと疑っていない。この様子なら第二の作戦が決まりそうだ。もっと教育しないといけない。
「大変なことになっていたよ。こんな感じにねっ!」
「うわっ!」
ポケットに入れていた砂をマキの顔に投げた。目を気にしているうちにその場に倒して馬乗りになった。
『ま、また反則だ!鐘が鳴る前に隠し持っていた砂で視界を奪う……最低です!』
「………っ!し、試合開始!」
私が攻撃を始めたことで、お父さんも開始の合図を出すしかなかった。慌てていたのか反則点の追加はなかった。
「死ね―――っ!!死刑にしろ――――――っ!!」
「王国の恥どころではない!敵だ、その女は!」
観客たちが激怒する中で試合は始まった。うつ伏せに倒れるマキに乗る私が狙うのは体術による攻撃ではなく、確実に魔法を発動することだった。
「この至近距離でこれだけに全魔力を使えば……大聖女が持つ加護すら貫通するはず!」
「………!」
「勝つにはこれしかない!魔封じの術―――っ!」
大雨続きで特訓なんかできなかった大会前、室内での時間で唯一の成果と言えたのがこの魔法だった。マキの強力な魔法をしばらく封じ込めて、その間に押し切るのが狙いだ。
もちろんこれも教育の一つだ。魔法が使えない時にどう戦うか、マキは今のうちに学ぶ必要がある。そういう敵や場所はいつか必ず目の前に現れるからだ。
グレート−O−カーン様、KOPW奪還!しかしこれでGI優勝やIWGPが遠のいてしまったとも言えます。




