完璧なる奇襲の巻
入場中のマキがいきなり襲われて倒れる、その衝撃の光景に大闘技場は悲鳴の嵐だ。
(こういうやつからマキを守るために大会に出たのに……まさか私がその犯人になるなんて。世の中わからないものだね)
『あいつはジャクリーンの奴隷であり付き人です!そういえば今日は入場の時いませんでした!まさかこんな暴挙に出るなんて!』
少しでもタイミングが悪ければ失敗していた。あとでラームを褒めてあげよう。ただし『何でもしてあげる』と言うのはとても危険な気がするからやめておこう。
「くらえっ!くらえっ!くらえっ!」
「おいっ!やめろ!大聖女様から離れろ!」
ラームを止めるためにスタッフが飛んできた。どうにか引き離そうとすると、それをマキが止めた。
「大聖女様?」
「……虫一匹殺すくらい自分でやるから平気だよ。ねえ知ってる?ここはリングじゃないから、魔法の威力はそのままなんだよ」
マキは当然激怒している。ラームを本気で殺そうという構えだ。だから私は昨日の夜、命を預けてほしいとお願いした。
「………っ!!」
「じゃあ消しちゃうね。せーの………」
この魔法が発動したらラームは死ぬ。しかし正確に詠唱を完了させなければ発動することはないから、その前に止めてやればいい。
「がっ……!がはっ………!!」
『ええ――――――っ!?助けに来たはずのスタッフがいきなり背後からマキナ様の首を絞めた!?このスタッフはスライム族だ!そのままマキナ様の顔面に巻きついて窒息させようとしています!』
『あっ!あいつもジャクリーンの仲間じゃないか!なぜ兵士や他のスタッフは来ないんだ!』
マユがラームを助けてマキへの奇襲攻撃を続けた。そして兵士たちの足止めもマユがやってくれた。とはいっても段取りを用意しただけで、実行したのは私たちの協力者だった。
「うげっ!」 「つ…強い!」
「皆さんが弱すぎるだけかと………」
準決勝で不戦敗になる危機を救ってくれたゴブリンのシュリがまたしても大仕事だ。兵士たちを全員簡単に倒したそうで、やっぱり彼女は私よりずっと強い。
「せいっ!せいっ!」 「はっ!はっ!」
『倒れる大聖女を二人で何度も踏みつける!許されるはずもない愚行ですがこれは………』
『ああ。ジャクリーンの命令なのか、主人のためにとあの二人が独断でやったのか……まだわからないな』
観客席や実況席だけでなく、審判を務めるお父さんも混乱していた。慌てて私に詰め寄る。
「ジャッキー!あれはなんだ!」
私は両手を広げて首を横に振った。何が起きているのか、私にもさっぱりわからないという顔で。
「さあ……ラームにマユもどうしちゃったんだろう?私が殺されるかもと思ってあんなことをしたのかな……」
『リング上のジャクリーンも驚いている様子を見ると、奴隷たちが勝手にやったことなのでしょう!』
「止めてくる!待っててね、お父さん」
リングを下りて現場に向かう。さすがのマキも反撃できない状況だった。
「こらっ!やめなさい!二人ともっ!」
私が怒鳴りつけると二人はすぐに攻撃をやめた。そして倒れているマキに手を差し伸べる。
「ごめんね、こんなことになっちゃって……帰ってからあの二人には厳しく言うから!」
「お姉ちゃん……」
「回復してからリングに行こう。あっ、その前に立とうか。晴れ舞台なんだから服の汚れも落とさないと……」
回復させる間を与えずに立たせた。『自分のためなら命を投げ出してもいいと思っている馬鹿な姉』に助けてもらったと疑わず、隙だらけだ。
「ふんっ!」
そのままマキを両手で担ぎ、頭の上まで上げた。
「え?お姉ちゃん?何を……」
「ふんぬっ!!」
「あがっ………」
そして地面に背中から叩き落とす。足を持ったまま落下させたからマキに逃げ場はなかった。
『あ……あ………』
『やっぱりあいつが仕組んだことか!』
最強の大聖女でも無防備な状態でこれだけ攻撃を受けたらただでは済まない。マキは失神しているようだ。
「やった!作戦成功っ!」
「リングに戻りましょう!」
マキをその場に放置してリングに向かい、入る資格のないラームとマユも中に入れた。三人でリングの中央に立ち、勝ち誇るように両腕を広げた。
「何やってんだこのクズどもが――――――っ!!」
「記念大会だぞ!殺されたいのか!?」
これまでの人生で聞いたことがないほどの規模で罵声や怒号が鳴り響いている。こうなるだろうと思っていたからそんなに驚いていない。
「あああ……あいつら〜〜〜っ!だからあの馬鹿の出場に猛反対だったんだ!これで俺のギルドも終わりだ!身を隠す場所を探さなきゃ……ぎゃっ!!」
頭を抱えながら嘆いていたサンシーロさんが気絶した。後ろの客が怒り任せに投げた硬いゴミが頭に直撃したようだ。
瓶や工具が私たちに向けてたくさん投げられたけど、リングまで届いたものは一つもなかった。途中で落ちたり他の客に当てたりで、そこでまた喧嘩が始まるから大闘技場の空気はますます荒れた。
「ジャッキー……どうしてしまったんだ。妹をあれだけ溺愛していたお前が……」
「あのジャクリーンさんが……信じられない」
サキーやフランシーヌさんを始めとした、私のことをよく知る人たちも戸惑いを隠せなかった。誰かに操られている、私に変装した別人、私とマキで事前に打ち合わせてある演出……いろんな説が飛び交ったという。
「これじゃあ生き残ってもこの国にはもう住めないかもね。巻き込んじゃった二人には申し訳ないけど……」
三人で誰も知らない山奥か外国に逃げることになる。貴族の暮らしから逃亡者に落ちる。
「謝らないでください。ジャッキー様と共にいられるのならどんな場所でもそこが天国です」
「そうですよ。三人で細々と生活しながらルリさんの秘術を使って子孫を残す、それも幸せです」
さりげなく『誰とでも子どもが作れる』魔法を使うと言い出したマユに対しうんうん、とラームが頷いた。ルリさんがいないのにどうやってあの魔法のお世話になるのか、誰が産むのか……まあ遠い先の話だ。
入場中の襲撃はプロレスの華




