身を捧げる二人の巻
「ジャッキー様……妹様にはお会いできたんですか?どこか元気がないような………」
「………」
元気どころか生きる気力もない。ラームがいろいろ話しかけてきてもほとんど返事もせず、用意された部屋に戻った。とにかく寝ていたかった。
「ジャクリーン・ビューティはどこだ?明日の主役じゃないか」
「昨日の夜は一人で飲み食いしまくってたのにな」
当然パーティーは欠席した。誰かと会話するのも食事をするのも今の私には厳しい。試合の疲れがあるから休みたい、明日に向けて集中したいと言ったら無理強いはされなかった。
「どうせ大聖女様に瞬殺されるだけだろうが……決勝まで進んだ意外性は侮れんぞ」
「ピラニアのマキシーと炎のフランシーヌに勝ったんだ。ただのダメ人間では不可能だ」
もし私がいればぜひ話をしたかったという人がたくさんいたという。初日はオール・エリート・ギルドのカーリンさんしか私に興味を持たなかったけど、本戦で2勝もすれば評価は大きく変わるらしい。
でも大会後のことなんか話したところで意味はない。私はもうやる気がなく、生きている気すら失われていたからだ。私の人生は無意味だった。
「…………」
「どうしましたか、マキナ様。あなたが忌み嫌うあのクズについて好意的に語る者が増えていますが……黙らせますか?」
「いや……いいよ、このままで。これでいい」
ベッドに入っても眠れなかった。悲しみ、悔しさ、怒り、恥ずかしさ、失望……あらゆる負の感情が私の絶望を形作り、心身を蝕んでいた。
(死にたい……いや、消えてしまいたい)
それでもうれしいことに、私は一人にならなかった。マキが離れていっても、新たな家族が私にはいた。
「ジャッキー様!体調はどうですか?」
「ラーム……それにマユも」
「今日のほうが豪華な料理がたくさんあったんですよ。ほら、ちょっとだけですけど持ってきました」
確かにおいしそうだ。食べる気になんかなれないよと思っていたけど、実際に目の前に置かれたらあっさり陥落だ。これならパーティーに行けばよかったかもと後悔するほどで、自分が単純すぎてますます悲しくなった。
「うん、おいしいね。ありがとう、二人とも」
「よかったです。やっばり少しは食べないと明日にも響きますから……」
「余計な気遣いかもと不安でしたが……喜んでもらえてこっちも嬉しくなります」
あのパーティーで『持ち帰り』をするのはかなり勇気のいる行為だったはずだ。私のためにそこまでしてくれるラームとマユ……二人のおかげで私は明日、前向きに死ぬことができる。
これ以上この好意に甘えるのは間違っている。でもここまで来たら最後までいっしょに戦いたいという気持ちが滾ってきた。
「………ラーム、マユ」
「はい?」 「どうしましたか」
二人は家族であり親友だ。だから命令はしない。私といっしょにいることで彼女たちを破滅への道連れにするかもという後ろめたさもある。
「二人の命……私に預けてほしい。これから言うその通りにしてもらいたいんだ。もちろん嫌なら………」
生きていたくないと思う私と共に戦うとなれば、その仲間も自分の命を惜しんではいけない。重大な決断を迫られているのは二人もすぐに察したようで、明日の朝まで返事を待つつもりだった。
ところが二人の答えは早かった。むしろこれを待っていたと言わんばかりの顔だった。
「やります!ぼくの全てを差し上げます!」
「私も!この身体と魂はあなたのものです!」
ここまで興奮するとは予想外だった。最初から優勝が目的ではなく、明日は棄権したいなどと言っていた私がようやくやる気を出したことを喜んでいるのだと思った。
「………?二人とも、何してるの?」
私の言葉は正しく伝わっていなかった。いや、詳しい説明を後回しにした私が悪かったのかもしれない。ラームとマユは突然服を脱ぎだした。
「ジャッキー様がここまで真剣にぼくたちを求めるというのは……そういうことですよね」
「命にも等しい大切なものを捧げ、言いなりになる………大丈夫です、わかってますから」
「な……ななな!」
とんでもない勘違いをしている。慌ててやめさせた。
「違う違う!全然わかってないって!明日の試合のことだよ、頼みたいのは!」
「……そうなんですか?」
普段から二人をそんな目で見ていた、なんてことは断じてないと誓う。どうしてこうなってしまったのやら。
「では明日の試合後の夜ということで………」
(……興奮っていうより……発情してる?)
明日の夜か……。まあそこまで命があるかわからないし、生き残ったらどうしようか考えよう。
「話を戻すよ。決勝戦なんだけど、二人にやってもらいたいのは………」
マキが本心では私を嫌って見下している、そのことは言わなかった。試合に勝ちたいから手を貸してほしいという理由だけで二人は協力してくれる。
「えっ……いいんですか?そんなこと……」
「言われた通りに動いてほしい。危険だと思ったらやめてもいいよ。強制じゃない」
「やります。やりますけど……正直びっくりしています。やはり闘技場で妹様と何かあったのでは?」
二人は私を心配してくれている。優勝なんかどうでもいい、妹を守るために大会に出場したと言っていた女が突然こんな計画を語るのだから当然戸惑うだろう。
「……いや、大したことじゃないよ。マキに勝ってみたくなった………それだけだよ」
真実は全て伝えず、でも嘘はつかず。この中途半端なところが私らしい。明日、全てが終わる。
最終決戦です。




