マキの本心の巻
闘技大会二日目が終わった。残るは明日の最終日のみで、決勝戦と3位決定戦の前に前座が数試合ある。どの試合も決勝よりずっと盛り上がる内容になるだろう。
「審判がお父さんで安心したよ!無気力試合で負けても片八百長にされることもないしね」
マキが本気でも私に勝つ気がなければ片八百長になる。処分されるのは私だけとはいえ、マキの優勝に傷がついてしまう。だから棄権という形にしたかったけど、お父さんなら私の思いをわかってくれるはずだ。
「ジャッキー様……ほんとうに明日は全力を出さないで負ける気なんですか?」
「全力だろうが無気力だろうが私の負けだって。それなら事故が起きないように試合を終えるだけだよ」
「………そうですか。少なくともぼくはジャッキー様が勝つと信じていましたし、そのために何でもする覚悟でしたが………残念です」
私とラームには最初から考えにズレがあった。大会に参加すると決めた時点で私の目的は話しておいたはずで、決勝戦前日になってもちゃんと伝わっていなかったようだ。
「ぼくはこれもジャッキー様の優しさだと思って明日からもついていきますけど……マユやルリさんは失望してどこかに行っちゃうかもしれませんよ?」
「そうかもね。その時は賢い決断をしたって褒めてあげないと。私みたいなだめな人間のそばにいるのがそもそも間違っているんだから」
マキやサキーのような、皆が憧れて模範にするべき強者たちのもとに行くべきだ。期待を裏切られることはなく、必ず見返りが得られる。
「ははは……それだとぼくが賢くない、馬鹿なやつってことになるじゃないですか。でもそのほうがぼくにとっては好都合なんですけどね」
「……なんで?」
「ライバルが減るからですよ。ジャッキー様の隣にいるのは常にぼく、その邪魔者が少しでも減るのなら大歓迎………ま、マユもルリさんも同じことを言うでしょうね」
ラームたちが支えてくれることはとても嬉しい。それでも私がこの大会で戦うのはマキのため、その決意は変えられない。
「昨日も夜はマキと喋る機会がなかったし、今のうちに明日の試合について話してくるよ。正々堂々、手加減無用でやろうって言ってくる」
サクッと瞬殺してくれればそれで終わる。私もすぐにギブアップするつもりだし、マキは普通に戦ってくれたらいい。変に手加減されると複雑なことになる。
「じゃ、行ってくるよ。すぐに戻るからね」
「はい。ぼくはここで待っています」
そんなに長い時間話すつもりはないし、一人で行く。王族たちといっしょにいても少しくらいの会話なら許されるはずだ。
「あっ、ここにいたんだ。マキ………」
私が準決勝の直前に閉じ込められていた控室からマキの声が聞こえた。どうやら王様やマッチョ王子、それに第二王子の『セイギ・アントニオ』王子もいるようだ。短く話そうと扉を開けようとしたところで、私の頭を砕く言葉が放たれた。
「大聖女様、明日は楽な勝負ですね。無能すぎるあなたの姉が相手であれば……数秒で決着するのでは?」
「あはは、そうだね。あんなゴミと試合をするなんて汚れ仕事もいいところだけど、それでみんなが喜ぶなら大聖女としてしっかり戦うよ」
(……………マキ?)
マキがこんなことを言うはずがない。こっそり扉を少しだけ開いてみると………。
「あいつは弱くて惨めで情けなくて……家で同じ空気を吸っているだけで嫌な気分になる。早急に消してやりたいけど、お父さんたちが悲しむだろうから生かしておいてやってるだけだよ」
(…………マキだ…………)
誰かの声真似や変装じゃない。本物のマキだ。私のことを馬鹿にするから王族は嫌いだと言っていたのに、彼ら以上に棘のある言葉で私を罵倒している。どっちが本物のマキなのか、わからない。
「……それならなぜあの方を愛しているように振る舞うのですか?大聖女のあなたであれば国外追放などの権限すら行使できるというのに……」
なぜ、どうして……その思いで私はぐちゃぐちゃになっていた。この時偶然にもセイギ王子は私の知りたいことを代わりに聞いてくれた。それに対するマキの答えはあまりにも冷たく、深い闇に満ちていた。
「あっ、そうか。セイギさんにはまだ言ってなかったね。あいつにも利用価値がある、それだけの話だよ」
(……………)
「長女のくせに聖女になれなかった負け犬なんだからさっさと死ねばいいのに、わたしが少しお芝居をしたら勘違いしちゃったんだ。こんな自分を愛してくれるマキのためにこの命を使うとか言い出して……」
(……………)
「実際に今日、わたしの命を欲しがっていたマキシーにフランシーヌとかいうクズ二人を倒してくれた。そして明日はわたしにわざと負けてくれる。これからもわたしが頼めば何でも絶対にやってくれるんだよ?便利だし面白いし、使わなきゃもったいないって!」
(……………)
「これも大聖女の慈悲だ、セイギ。ただの汚物に自尊心と希望を与えたのだ……普通ではできないぞ」
「そうだ、婚約者として私も鼻が高い!この方のおかげでジェイピー王国もアントニオ家も栄え続けるだろう!」
静かにこの場を離れた。部屋に入れるはずがない。
「……………」
なぜか涙は出なかった。生きる意味を失って、空っぽになってしまったからかもしれない。
「あっ、ジャッキー……様………?」
「お待たせ、ラーム。行こうか」
マキの真実について、誰にも言う必要はない。様子が変だと不思議に思われても適当にごまかせばいい。
(………死のう。私の人生、くだらなさすぎる……)
これ以上生きていたくない。でも、自分で自分を消す気にはなれない。それならどう終わらせるべきか、今日のうちに考えよう。
裏切りはプロレスの華




