特別審判の巻
マキの真の力……いや、これすらもその一部に過ぎない。サキーの足に異変が起きた。
「な……なんだこれは〜〜〜っ!」
わきの下で固められている部分から足が溶け始め、どんどん広がっていった。
「どう?痛くないでしょ。これが大聖女の慈悲だよ」
「うわあああ――――――っ!!」
『なんという光景だ―――っ!サ、サキーの足がドロドロと液状になっていく―――っ!』
ここでようやく私もリングの前まで来た。しかしすでに時遅し、サキーの両足が付け根あたりから消失してしまった。審判もすぐにマキを引き剥がして試合を止めた。不敬とか言っている場合ではない。
「そ、そこまで!勝者マキナ!さあ、こっちへ!」
「あれ?いいのかな?今私をサキーさんから離すと……」
慈悲が終わると、裁きが始まる。この魔法の真の恐ろしさはここからだった。
「ぐっ!ぐああああっ!?」
サキーの下半身から血が噴き出した。溶けてなくなったはずが、切断されたかのような傷に変わった。そして激痛も襲いかかってくる。サキーの命が危ない。
「サキ――――――っ!!」
「あははっ、そんなに焦らなくたって平気だよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんを変な目で見てる変態さんを少し懲らしめてあげただけだから。わたしならこれくらいの傷は簡単に治せるって」
肉片の一つでも生きていれば完全に回復できるのがマキの治癒魔法だ。だから動揺する必要なんかないのに、苦しむサキーを見たら冷静ではいられなかった。
「自分の愚かさと力不足を思い知ったようだしそろそろ………えっ?」
「絶対に死なせない!サキ―――――――――っ!!」
この時発生した謎の光はあまりにも眩しくて、リングで何が起きているのか下からは全く見えなかったという。私自身も無我夢中で、あとで説明しろと言われても無理だった。
『こ、これは……サキーの足が元通り!おそらく両手も回復していることでしょう!消滅した部位すら治すとは……さすが大聖女マキナ様!』
私とマキが同時に光を放ったせいで眩しさは倍になって、どうやらマキの魔法でサキーは癒やされたようだ。
「サキー……よかった、気を失っているだけだ」
そのまま眠らせておこう。スタッフたちが静かに運び出した。
「マキの治癒魔法はやっぱりすごい!ありがとう!」
「………いや……わたしが怪我させたんだからお礼を言うのはどうなのかな?それに今のは……」
マキが呆れている。まあ些細なことだ。
「それもそうだね。でもこれでマキの優勝だ!何事もなく闘技大会が終わってよかった!私が棄権してマキの優勝、私の準優勝で終了っ!」
「え?」 「え?」 「え?」
マキに加えてラームとルリさんも変な声を出す。今度は何も変なことを言っていないはずなのに。
『おい!何が終わった、だ!決勝は明日だろうが!』
「あっ……王様」
『いくら家族でも決勝で棄権なんかありえんだろ!しかも今回は第300回の記念大会だ!』
決勝だとしても勝敗がわかりきっているこんな戦い、記念大会でさえなければ私の棄権は認められたはずだ。
「う〜ん……一度気持ちが切れちゃったからなぁ」
「………ジャッキー様、本気でやらないつもりだったんですか?てっきり冗談だと……」
マキを守るために出場した大会だ。マキと戦うなんて考えられない。圧倒的実力差という皆が納得する理由があるから、バレずにわざと負けるのは簡単そうでよかった。
『とんでもなくつまらない決勝戦になりそうで不安だな……よし、明日はこの私が特別審判として試合を裁こうじゃないか!無気力試合など許さんぞ!』
「えっ……?」 「国王様が?」
目立ちたがりの本領発揮だ。どうにか自分も戦いに絡みたいと思っているのだろう。ところがすぐに観客たちから大ブーイングが飛んできた。
「ふざけんな!お前が審判じゃそれこそ茶番だろ!」
「黙って見てろ!何もするな!」
『ぐっ………!』
王国の支配者としては高い支持率を誇るゲンキ王でも、審判としての評判は最低クラスだった。実はこれまで何度か特別審判をやって、不可解な判定や身内贔屓で大顰蹙を買っていた。
この反応ではさすがに王様も撤回するしかなく、審判も通常通り……と思いきや、まさかの人物が大役に名乗り出た。
「それなら私がやろう!私なら誰よりも公平で納得できる仕事ができるぞ」
『…お前は!』 「お父さん!?」
お父さんがリングに上がってきた。決勝戦は選手が二人ともビューティ家、審判もビューティ家となれば王様たちは屈辱のあまり発狂しかねない。
『………なるほど、それはいい。確かに完璧な公正が約束される。よし、明日の決勝戦、審判はバーバ・ビューティだ!』
「感謝する。そういうわけだ、二人とも。素晴らしい戦いを期待しているぞ」
なんとあっさり認められた。それには聞けば納得の理由があった。
「二人とも私の大切な娘だ。どちらかを贔屓することはなく、危なくなったらすぐに試合を止める」
お父さんが優秀なマキだけを溺愛せず、私たち二人を愛してくれているのは誰もが知っている。これ以上ない公平な審判だ。
『あとは戦う二人が合意すれば特別審判は正式に決定となり、大会二日目はこれでお開きとなるが……』
「お姉ちゃんがいいならわたしはいいよ」
私も何も言わず首を縦に振った。お父さんが審判なら私にとっていいことだらけだ。
(無抵抗で負けても見逃してもらえる。無傷のままマキが優勝……最高の結末が確定したぞ!)
強運は止まらない。ここまで続くと、そろそろ反動でとんでもなく不幸なことが襲いかかってきそうな予感もあった。
特別レフェリーの裁く試合、凡戦になりがち




