唯一の勝ち筋の巻
『大聖女マキナ様が角に追い詰められて逃げ場を失う!サキーの猛攻の前に必死の防御も決壊寸前か!』
「くらえ!サンドイッチにしてやる!」
サキーが攻めまくる。キックの連打から今度はタックル。激しく突進してくるサキとロープを支える柱に挟まれたマキは確実にダメージを受けていた。
「うっ……なかなか効くね、これは」
『マキナ様が膝をついた!まさかの大苦戦に場内からは悲鳴!』
絶対に楽勝だと皆が疑わなかったマキが危うい。周りが騒然とする中で私は黙って試合を見ていた。
「ジャクリーン様は意外と冷静に……いや、そうではなかったようですね、失礼しました」
愛する妹と大事な親友の戦いだ。動きがなかった序盤は落ち着いて見ていられたけど、傷つけ合う場面を目にするのは想像以上に辛い。言葉すら出ずに悶えているから静かなだけだ。
「……結果はぼくたちが教えますから退場しますか?自分の試合中よりも苦しそうですよ」
「いや、ここにいる!二人の戦いを見届ける!」
戦いが激しくなってどちらかの命が危ない、そうなったら私が止めにリングへ上がる。審判が機能せずに限界まで戦ってしまうこともある。
「お姉ちゃんを狙っているただの変態としか思っていなかったけど、結構強いんだね……いたたた」
「フン、強くなければあいつを守ることはできない。私は剣聖ではなく、あいつも聖女ではなかったがやるべきことは変わらない!大聖女を倒せば私に『その資格あり』と皆が認める!」
マキに勝ったら私のそばにいるのはもったいないと皆が叫ぶに決まっている。逆の意味で私にはふさわしくない人間になると思う。
「大聖女マキナ・ビューティ!お前にも認めさせてやる、ジャッキーと共に歩むべきはこの私だと!」
サキーの右手には剣が握られていた。激しい攻撃を繰り出しながらいつの間にか拾っていたようで、まさに疾風だ。
「とどめはやはり剣でないと!終わりだっ!」
回復や防御が追いつかないうちに押し切る、勝つ方法はそれしかない。あまりにもうまくいきすぎていると薄々思ってはいたけど、攻撃以外の選択肢はなかったと試合後にサキーは話していた。
「………!」
『渾身の一振りが……止まっている!?大聖女マキナ様が左手だけで受け止めてみせた――――――っ!』
斬れ味鋭い本物の剣だったとしてもマキなら止めていた。大聖女としての力と膨大な魔力があればほとんどの攻撃を無効化できる。
「さ、さすが妹様。しかしこれならもっと楽な試合運びができたはずなのに、どうしてここまで苦戦を……」
「強すぎるから最初は手加減に手加減を重ねていた……油断してやりすぎたせいで劣勢に見えたとはいえ、実のところは余裕があったのでしょうね」
私が言いたいことをフランシーヌさんが全て言ってくれた。その隙を狙って足を掬うしか勝ち目はなかった。
「あんな化物に勝てると思っていた自分の愚かさを恥じています。私の炎なんか通用しなかったでしょう」
フランシーヌさんだけでなく、解説席のマキシーもあまりの強さに唖然としていた。マキを倒して王家を崩壊させるなど最初から夢物語だったと気がついたようだ。
『そしてマキナ様の傷が完全に癒えています!たった数秒で全回復、魔法でのパワーアップも完了!』
「残念だよ、サキーさん。結局あなたも遥か高みにいるわたしには程遠かった。惨めで弱い、底辺を這う害悪でしかなかった」
「ぐっ……動けない!」
「パワーもスピードも魔力も何もかもがわたしのほうが上……あなたが勝っているものなんか何もない!」
その瞬間、とても嫌な音が響いた。マキが少し力を入れただけで、サキーの右手首の骨が砕けた。
「ぐああっ!このっ………!」
すぐに左手で剣を握り直す。その執念の粘りは事態を悪化させるだけだった。
「無理だって。まだやる気なの?」
「がっ……!!」
左も粉々にされた。もう剣は持てない。両手を奪われたのだから剣士のサキーはもう何もできない。
「サキ―――っ!ギブアップして―――っ!!」
私の叫びは届いていないのか、試合が止まる気配はなかった。マキは攻撃魔法を使わず、強化された腕力だけでサキーを押し倒した。
「くそっ……ここまでか………」
「まあ思っていたよりは頑張ったよ……それくらいしか褒めることはないけどね。もうどうやってもわたしの勝ちだけど、せっかくだしこうしてみようかな?」
マキの動きはどこかで見たことがある……なんてものじゃなかった。さっきの私と全く同じだ。倒した相手の両足をわきの下で挟んで固定、仰向け状態からうつ伏せに反転させてその背の上に乗る。
『姉のジャクリーンが勝利を決めた技を妹のマキナ様も使う!サキーの足を上げて下半身へ大ダメージ……のはずだが反り上げが甘いか!?』
頑張れば脱出できそうに見える。審判が強制的に試合を止めるほどではなく、続行かギブアップかはサキー次第というというわけか。でもサキーの両手は破壊されている、これを忘れてはいけない。
(早く止めないと手遅れになる!)
「ジャッキー様!どこへ……」
「これしきの技……!」
「ふ〜ん、粘るんだね」
「お前からは漆黒の闇と底知れぬ悪意を感じる……とても大聖女とは思えない!真の大聖女はジャッキーだ!あいつの愛と優しさに何人も命を救われている。どんなに魔力が弱くてもジャッキーこそが……」
ここでサキーが勝ったとしても当然マキは大聖女のままだし、この先何があっても大聖女の座が私を含む別の誰かに与えられることはない。マキは死ぬまで大聖女として生きる、これはもう決まっている。
だからサキーも私を大聖女にしようなんて考えていないはずだ。私への悪口や偏見を少しでも減らして、名誉を回復させようと戦ってくれたのかもしれない。
「………わかってるじゃん。『なかなか鋭い』どころじゃないね。真理に到達してるよ、サキーさん」
「そ、それはどういう………」
マキの身体が光った。私の発光とは違って何が起こるかわからないなんてことはない。サキーの望み通りのことを成し遂げるため、大聖女の力が発動した。
「だからご褒美に見せてあげるね!よく味わって楽しんでよ!」
ボストンクラブはヤングライオンが使いまくるので弱い技に思えるかもしれませんが、窒息死の危険もあるので、学生の皆さんはプロレスごっこで使うのはやめましょう(そもそも学校でのプロレスごっこが絶滅寸前)。




