事実上の決勝戦の巻
サキーは私の敵になると宣言した。まあ優勝を争う選手同士なんだから、今さら確認することでもない。
「大聖女を倒せばお前だけでなくこの闘技場の全員に恨まれるだろうな。数百年に一人の逸材に傷をつけることになるのだから。だがそんなものどうでもいい」
「……?」
「ジャッキー……私にとってお前こそが大聖女だからだ。希望と救いをもたらす真の慈愛に満ちた女はただ一人、お前しかいない」
私の反論を聞かずにサキーはリングへ歩いていった。どれだけ強気に振る舞っても厳しい戦いになるのはわかっているはずで、生きて帰れるかわからない戦場に向かう兵士が自分を鼓舞しているかのようだった。
『準決勝第2試合は大聖女マキナ・ビューティ様と闘志に満ちる剣士サキーの試合!大聖女様の勝利は確実でしょうが……最弱のジャクリーンが決勝に進出してしまった以上、もはややってみなければわかりません!』
思わぬ事故や技の失敗で早々に審判が試合を止めることは時々ある。マキの性格を考えると、面白くないという理由で自分から勝負をやめることもありえる。
「……これから戦うお二人がどちらも試合を続行できない状態になれば引き分け!ジャクリーン様の優勝が決まるのですね!」
「妹様とサキーさんには悪いですけど期待しちゃいますよね。もしかしたら補欠選手の第一王子が出てくるかもしれませんが、あいつだったら楽勝です!」
何が起きるかわからないと聞いて、ルリさんとラームは確率の低い奇跡を夢見るようになった。さすがにそんなことになったらただの強運で片づけられない。大きな力、それも呪いや負のパワーによるものだ。
『両者リングイン!互いに軽装備、守備よりも攻撃重視の速攻狙いでしょうか!?一応サキーのほうは大聖女様対策に魔法の威力を弱める鎧ではありますが、それでもだいぶ薄手です』
『攻撃を受けなければ負けることはない。その自信があれば防具なんていらないのは確かだけどね』
実力が離れすぎていれば一回戦のエンスケのように大した怪我もせず終えられる。でも今回はそうもいかないはずで、無事に二人が戻ってくることを祈るしかない。
「あんたの身分は一度忘れる。ジャッキーの妹だというのも……そういうのが命取りになるからな」
「うんうん、それがいいよ。わたしは手加減する理由なんて一つもないから、全力でこないと危ないよ」
鐘が鳴る前に始まりそうな気配。審判が二人に距離を取るように指示していた。
「お姉ちゃんを守るとか言って強そうに振る舞いながら、実は弱い弱いよわ〜〜〜いサキさん!現実を教えてあげるからね」
「フン、できるものならやってみな」
二人が話している言葉は聞こえなくても、その内容はだいたい察することができた。何事もなく終わる、そう期待するのは諦めたほうがよさそうだ。
「では……始めっ!」
大会二日目、最後の試合が始まった。好勝負の予感に観客たちの歓声も今日一番だ。
「二人ともすぐにでも飛びかかりそうな目でしたが……まずは様子見ですか?動きませんね」
「隙がないからね。焦ったら危ない」
リングと鎧によって魔法の威力がかなり弱くなっていても、マキの力は底知れないからサキーは慎重になる。マキも回復魔法があるとはいえ思わぬ一撃を受けて気絶、そんな事故は避けたい。
「自滅しなければ負けることはない。大聖女はじっくり攻めていくのでは?」
「そうなるだろうね……あれ、フランシーヌさん!」
フランシーヌさんが近づいてきた。王様たちと今後のことについて話し合うものだと思っていたけど、とりあえず試合が終わってからか。
「明日は決勝戦の前に3位決定戦もあります。その対戦相手の研究をさせてもらおうと……お隣、よろしいですか?先ほどの戦いも振り返りながら……」
私の両隣にいるのはルリさんとラームだ。二人とも席を立とうとせず、
「駄目です」 「ここは譲れません」
「………なるほど、わかりました」
私のそばを離れなかった。二人の様子から何かを察したフランシーヌさんは私の後ろに座った。
「てやぁ――――――っ!!」
『仕掛けたのはサキーだ!ついに試合が動く!』
こういう展開では先に動いたほうが苦しいことが多い。堪えきれなくなったサキーが前に出た。
「剣で狙うのは上半身!でも妹様は避けない!」
「あの程度の攻撃なら寸前で身をかわすか防御魔法で凌げると思っているのでしょう。大聖女の能力はどれほどなのか……」
マキは回避の構えだ。サキーをギリギリまで接近させて、攻撃を避けた直後に反撃の一撃を入れる。至近距離からの返し技は即決着がありえる。早くも勝負ありかと思っていたら、サキーには秘策があった。
「遅い!遅すぎるよ!こんなの……あっ!?」
余裕たっぷりだったマキから笑みが消えた。脇腹を狙ってくるはずの剣がいきなりサキーの手を離れ、足に直撃した。しかも当たったのはすねのあたりだ。
『ああっ!?剣士のサキー、なんと剣を投げた!攻撃すると見せかけて、自分の最大の武器を飛び道具に使う!これはさすがのマキナ様も読めなかったか!』
絶対強者の慢心を見逃さなかった。防御魔法を使うとしても上半身だけ、寸前で避けてからの反撃というマキの思考と行動を読み切ったサキーが一枚上手だった。
「まだまだ始まったばかりだぞ―――っ!」
「ううっ!」
サキーはS級冒険者、私たちのギルドのエースだ。剣を使わない攻撃も一流で、連続蹴りの嵐がマキを後退させる。いきなりリズムを狂わされたマキは防戦一方の戦いを強いられた。
「私には経験がある!神々に愛された大聖女を出し抜くなんて楽勝、そう断言できるくらい場数を踏んできた!」
事実上の決勝戦と言われるこの勝負。私の試合に続いて大番狂わせが起きそうだ。
HOUSE OF TORTUREの介入、反則への厳罰化を社長たちが宣言していましたが、まあアングルでしょう。本気で集客やファンの気持ちを考えるのであれば、追い出すべき選手やチームは他にもいます。




