燃え尽きる時まで…の巻
フランシーヌが燃えている。侵略戦争の準備を進める王国への抗議として自らの命を捧げるために。
「そ、そんなっ!」
「あはは……私は馬鹿だからこうするしか思いつかなかった。これから毎年闘技大会の時期が来るたびに……私のことを皆が思い出す!戦争による悲劇の数々を考える機会になる!」
命を燃やし尽くしてのメッセージは確かに強烈だ。だけど彼女の願い通りになるかは後々になってみないとわからない。そんな先の話を考える前に、いま目の前で起きていることが大事だ。
「そりゃ――――――っ!!」
「ジャッキー様!?何を……」
すでにかなり燃えている。でもまだ生きているなら間に合う。消火するために炎の柱に飛び込んだ。
(このローブなら炎を消せるはず!自分から飛んでいったとしても『私への攻撃』とみなすだろうから!)
フランシーヌに体当たりする。太陽の炎よりは弱いとはいえ、顔が焼けると思うほどの熱気を感じた。
「うおおおおお―――――――――っ!!」
「ジャッキー!」 「ま、またあの光だ!」
「うがっ!」 「あうっ………」
勢いがつきすぎて、両腕を広げながら燃えているフランシーヌにタックルする形になった。そのまま二人とも転がって、フランシーヌがどうなったか確かめると炎は完全に消えていた。
それだけでなく、ずっと焼かれていたとは思えないほどその肌はきれいだった。消火と同時に治癒も一瞬で終えてしまうなんて、このローブはどこまで凄いんだろう。
『フ、フランシーヌは無傷だ――――――っ!皮膚も髪も、衣服すらも傷んでいません!いや、一回戦が始まる前よりも美しく艶があるようにすら見えます!』
互いの顔がすぐ横にある。こうしてじっくり眺めるとやっぱり美人で、儚さや危うさが一層それを際立たせる。自分で命を絶とうとしていたほどだから、この儚さや危うさはイメージや雰囲気ではなく本物だ。
「………そのローブの力じゃない。あなたの光が……いや、それは今は置いておくとして……どうして私を助けたの?私は貴女の妹を殺そうと……」
目の前で消えようとしている命を救うのに理由はいらない、鮮やかにそう返せば格好よかった。でも私は頭の中がまだまとまっていないのに、整理しないままフランシーヌにぶつけてしまった。
「いや……ここで死んだらフランシーヌさんがかわいそうだなって思ったから……」
「かわいそう?」
「私なんかに負けたのが最後の思い出っていうのが気の毒だし、マキが大聖女として真の力を発揮するのを見られないのも残念すぎる。それに……フランシーヌさんがまだ知らないおいしい食べ物や飲み物だってたくさんあるよ、きっと」
説得の言葉としてはお粗末な気もする。それでも心にもない言葉を並べるよりは誠実だと思った。
「……余計なお世話だった。侵略の犠牲になって倒れる人々、飢餓で死んでいく子どもたち……彼らのために死ねるなら本望、その覚悟でこの大会に出場したのに……」
「……………」
人にはそれぞれいろんな主義主張がある。だから理想や正義も人の数だけ存在する。ただし絶対に正しいことと間違っていることはあるから、そこは譲れない。
「それは違うよ。その人たちのためにもフランシーヌさんは生きるべきだ。生きたくても生きられない人の無念を理解しているフランシーヌさんだからこそ……命を燃やすとか死んでもいいとか思ったらいけないんじゃないのかな」
「………っ!」
私もマキのためにこの命を捨ててもいいと思って闘技大会に出た。だからあまりフランシーヌのことを強く責められない。
目的のために一直線で、無謀で無意味かもと薄々わかってはいても危険な場所に足を踏み入れてしまう……私たちの根っこの部分はとても似ていた。私とそっくりなフランシーヌに死んでほしくないと思うのは当然のことだった。
「心から燃え尽きたと言える日まで、やれることはたくさんある。フランシーヌさんにしかできないこともきっとある。悲しみを抱えたままでも生きて、生きて、生きて……生き続けようよ」
聖女ではない、しかもそれ以外のあらゆる才能やスキルからも見放されているとわかった時から、私は何のために生まれ存在しているのかと苦しむようになった。いろいろ酷い言葉も浴びせられたけど、自分で命を絶とうとは考えなかった。
生きていればいつかはその答えを知ることができるという希望を胸に生き続けた結果、マキを守るために私はいるという結論に達した。
「ああ、君に死なれたら困るのは私たちも同じだ」
「国王……ゲンキ・アントニオ!」
リングに王様が入ってきた。そしてフランシーヌを必要とする理由を語り始めた。
「我々が侵略のために偵察や調査をしているのは事実だ。しかしこの王国の戦いは領土や財産、食物や国民を奪うのが狙いではない!」
「………」
「圧政で民衆を苦しめている国だけを攻める。戦いを長引かせずに私たちの支配下に置き、飢餓や虐殺から人々を解放するために……大聖女にも協力してもらっている。そして君にも手伝ってほしい!翻訳ができる君なら異国の者たちから正しい情報が得られるだろう」
王家と大聖女、そしてフランシーヌが協力して平和を目指す。ついさっきまでは考えられなかったチーム結成だ。
「………はい、私の力が役に立つというのなら」
『国王様とフランシーヌががっちり握手!王家の崩壊を企んでいた相手にも手を差し伸べる、これが我が国の誇る偉大なる王、ゲンキ・アントニオですっ!』
「ゲンキ!ゲンキ!ゲンキ!ゲンキ!」
「フランシーヌ!フランシーヌ!」
「………退散しよっと」
大闘技場も祝福ムードだ。勝者なのにすっかり忘れ去られた私は寂しくリングを下りて自分の席に戻った。そんな私を一番に迎えてくれたのは、これから戦うサキーだった。
「素晴らしい戦いだったな、ジャッキー。ただ勝利するだけでなくフランシーヌの心まで救ったのだから」
「ありがとう。サキーも頑張って、と言いたいところだけど………」
「わかっている。お前は妹を応援すればいい。最愛の妹を痛めつけて無様な敗北を与えた憎い敵……私への恨みを燃やして決勝ではかかってこい」
サキーは勝つ気満々だ。私とのチームもここで解消だ。
「生きて帰るまでがデスマッチ」。集英社オンラインの葛西選手の記事はデスマッチはもちろん、プロレスに興味がなくても必読です。生と死、夢や未来をもう一度考えた時、自ら命を絶とうなどという思いはなくなっているでしょう。




