500位の決勝進出の巻
私の全身が発光した。大観衆は騒然とするも、フランシーヌはすぐに態勢を立て直した。
「こ……こんな光!目眩ましに過ぎない!」
『怯まず一気に前へ!おっと、ジャクリーンのローブが胸あたりまで大きくめくれた!』
ローブの下にもちゃんと服を着ているから下着丸出しなんて失態はない。それでもローブに守られていない無防備な下半身を晒したのは危険だ。
「無限の悲しみと怒りを込めた炎の拳で終わらせる!焼かれて死ね――――――っ!!」
左手でローブが落ちないように掴み、炎を纏った右手で私のお腹を殴る……フランシーヌにとっては勝負を決める一撃のつもりだったはずだ。
「………えっ!?」 「…………」
ところがそうはならなかった。私に届いたのは非力なパンチによる軽い衝撃だけで、そこに炎はなかった。細い腕から繰り出される弱々しい一撃なんか全く効かない。
『ふ、不発!なぜか炎が出ずにただの弱いパンチになってしまった!これは……』
『ジャクリーンの光が魔法をかき消したのかもしれない。特別な力なのは間違いないと思っていたけど……』
どうして魔法が失敗したのか、フランシーヌは気がついていた。こうなるかもとわかってはいても、僅かな勝機に賭けて攻撃を仕掛けてきた。
「……その光は関係ない。寝技で締め上げられていた時に……体力に加え魔力も奪われていた」
「えっ?」
「吸収されてどんどん魔力がなくなっていく……完全に干からびる前に勝負に出たけれど遅かったみたいね」
言われて初めて私も知った。これもローブの力なのか、もしくは私が無意識のうちに発動させた能力なのか。吸い取りすぎても行き場をなくした魔力が暴走することはなかった。
でもこれでフランシーヌの攻撃は完璧に封じた。今度こそ勝負を終わらせる時だ。
「ジャクリーンが今度はフランシーヌを仰向けに倒す!両足をわきの下で挟んだ!」
ここから相手をうつ伏せに反転させて身体をまたぐ。フランシーヌの顔に背中を向ける形になっていた。そして両腕に力を入れて、最後の仕上げだ。
「ううっ………」
『フランシーヌの背中がエビのように反り上がる!拷問技で腰と背中が悲鳴を上げる!』
この技はリングでの戦いを広めた異世界人が伝えたものと言われている。火矢や魔法が飛び交う戦場や、いろんな姿形をしている魔物との戦いでこんな技は使えない。場所は狭いリング、相手は人間か人型の魔物に限られる。
『魔力も尽きた今、あの形から脱出するのは不可能!無理をすると背骨と腰がへし折られる!』
『フランシーヌはギブアップしない!しかし限界は近い!あと少しでほんとうに骨が……』
骨を折る気はない。でも我慢を続けたら窒息の危険もある。フランシーヌが降参しなくても命が危ないと判断されたら試合は止まる。そのために審判がいる。
「……そ、そこまでっ!終わりだ!」
『ここで止めた!フランシーヌは最後まで戦う意思を捨てませんでしたが続行は不可能だと審判が試合終了を決断しました!』
鐘が鳴ったのが聞こえてから技を解いた。昨日の夜にラームたちと練習した成果が出せた。
「やりましたよジャッキー様!決勝進出ですっ!」
「えっ……ああ、そうだね」
難敵を退けたことにまずはひと安心、明日の決勝についてはまだ考えられない。
「しかしあの光はどういうものなんですか?」
「さあ……私が聞きたいくらいだよ」
力に満たされた気がしたけど、正確にはどんな効果があるのかわからない。最後の技を仕掛けていた時にはすでに光は消えていたし、あれのおかげで勝てたとは思わない。お母さんにもらったローブが勝因だ。
『この闘技大会に参加した500人の中で実力は絶対に500位だと断言できるはずのジャクリーン・ビューティが決勝行き!まさかの悪夢です!』
「どうなってんだ!?」 「信じられん……」
大観衆は驚きを隠せない。王様やその息子たちも同じだった。
「ビューティ家め……あんな秘宝を隠し持っていたとは!大聖女が正式にマッチョと結婚する時には貴重な品々も共に譲ってもらわなくては……」
「しかしこれで決勝は安心して見られますね。我々に逆らう愚か者どもは全員敗退しました」
陰謀は失敗に終わった。フランシーヌたちは試合中の事故を装ってマキを殺すことで、こんな大会に大聖女を出場させた王家が非難されて力を失う流れになるのを狙っていた。
街や道路でマキを暗殺しても王様たちが失脚するほどの事態にはならない。警備が甘かったことを責められるくらいで、国家転覆を目指す危険な人間たちの望む展開には遠い。
「くっ……大聖女の姉に負けるなんて………不覚!」
このフランシーヌは例外だ。大聖女が侵略や戦争の手伝いをしていると主張して怒っていた。別れる前に誤解を解いたほうがよさそうだ。
「マキは立派な大聖女になるよ。王国のやってることに不満を持ってるのはあなたと同じだから、一線を越えそうになったら止めてくれるよ」
「大聖女が生き続けると決まった以上、そうなるように祈るしかない。私にできることはもはや……」
フランシーヌは突然立ち上がると、私を強く突き飛ばした。でもその表情から察するに、計画を邪魔した相手を忌々しく思って乱暴な行動に出たのではなく、悪いことの巻き添えにならないように遠くへやったような……そんな不穏な予感が的中してしまった。
「この命で王国に抗議するしかない!一人ぼっちの私だからこそこんなやり方ができる!」
「……何を言っているのかさっぱり……」
「争いのない平和な世を願い求めるために……それだけの魔力は残っていた!」
その目つきや言葉には、激しさと穏やかさが共存していた。それに加えて希望と絶望、喜びと悲しみ。どうして正反対の二つが今のフランシーヌから感じられるのか。答えはすぐに明らかになった。
「……あっ!?」
フランシーヌは自らの身体に火をつけた。あっという間に燃えて、炎と煙の柱が立ち上った。
燃えた命一つ