国宝を超えるローブの巻
まさかのハプニングはあったけど、これで予定通り準決勝の舞台に立てる。作戦に失敗して活躍のチャンスを失った王子様は怒りを露わにした。
「あのまま戻らなければよかったのに!お前なんかが戦ってもこの炎使いの前に死ぬだけだ!」
「………」
「いいか、お前のためを思って私が出ようとしていたのだ!ムサシとかいうハチ男を焼き殺したこいつは危険すぎる!炎から完全に保護される、この王家自慢の鎧でなければ……」
一連の卑怯な企みは私のためだと言い出した。確かにあの太陽は厄介で、さっきの鎧すら意味がないかもしれない。でもフランシーヌは決勝に勝ち進むマキが戦う相手だ。小さなことでもいいからヒントを遺さないといけない。だから私が戦うべきなんだ。
(私が戦って……あれ?もし王家の鎧とやらがフランシーヌの攻撃を完封できるならそっちのほうがよかった?)
熱い気持ちが落ち着いて冷静になった途端、『お利口で最善の方法』を思いついた。わざわざ私が命を賭けて戦わなくても、王子様が確実に勝てるなら試合の権利を譲るのが正解だった。
王子様が婚約者のマキを痛めつける、まして命を奪うことなど考えられない。決勝では始めだけ激しくぶつかり合って最後は流れで勝敗を決めるだろう。安全な戦いが約束されていた。
「あの〜〜〜……どうしてもというなら代わりに……」
「フン、もういい。すっかり気持ちが切れてしまった。お前が何もできず焼かれて死ぬところを見物させてもらうさ」
無駄に潔かった。私が変にやる気を出したせいで悪い方向に進んでいく……そんな後悔をせずにすんだのは、フランシーヌが凄すぎたからだ。
「……そう、あなたの選択は正しいわ。こんな鎧で私の怒りの炎を消せると思っているのなら……」
フランシーヌは素早い動きで王子様が持っていた鎧を奪い取った。私の厚手の鎧と違って軽い素材で作られているようだ。
「おい、何をする………あっ!?」
「愚か極まりない。命を失わずにそれを知ることができたのだから、やはり王族という生き物は豪運で守られているようね」
魔法により太陽が出現すると、王家自慢の鎧がどろどろと溶けていき、ついに消えてなくなった。
「………!!」 「……あ………あああ………」
もし私が閉じ込められたままだったら王子様は死んでいた。王様たちは揃って青ざめた。
「あなたもあまり賢そうには見えない……それでも私の魔法の前には無力、その程度は理解できたのでは?今ならまだ棄権が間に合う……」
静かな口調でフランシーヌは勝ち誇る。確かに何もできずに負けるだけだ。どうしようかと悩んでいたら、いつの間にかいなくなっていたお母さんとルリさんがリングに上がってきた。
「間に合いましたね、お義母様!」
「ええ。王家の者たちがくだらない策略に時間を使ってくれたおかげでこれを取りに行く余裕ができました」
選手の家族が勝手にリングに上がれるのだから警備は仕事をしていないと思う人もいると思う。でも今のところそんなことをしているのはビューティ家だけだ。通しても問題ないと判断されているのだから、王様たちと口喧嘩は絶えなくても信頼関係はあるようだ。
「ジャッキー……準決勝はこれを着て戦うのです」
「おしゃれなローブだね……いいの?」
「ええ。このローブは相手から受けた魔法の効果を弱くしてくれる素晴らしいものよ。あっ、似合ってるわ!さすが私たちの自慢の娘!」
うれしい援護だ。国宝に劣らないほどのローブ、これなら善戦できそうだ。
「今は亡き名ローブ職人が生涯で最高傑作と認めたのがそれで、大金貨を何枚積んでも買うことはできない。魔王軍の幹部すらそのローブの前には魔法での攻撃を諦めたほどだったわ」
「………は?」 「え?」
私とフランシーヌは目を丸くする。高そうだなと思ってはいたけど、値段がつけられないほどの貴重品とは。王家の宝なんかよりずっと上だ。
「魔法の威力が軽減されてしまうリングでも敵を焼死させるほどの炎魔法……それすらこのローブの前には無力、そのうち理解できるわ」
「……………」
私を挑発した言葉と似たような言い回しで煽られたフランシーヌ。その顔からは余裕や自信が消えていた。お母さんの言うことは嘘ではないとわかってしまった。
『そろそろ準決勝第1試合、フランシーヌ対ジャクリーン・ビューティの試合が始まります!ここからの解説は魔術師のマキシーさんにお願いしています!』
『はい、よろしく。でもどうして私が?』
『準決勝に残ったのは全員女性選手、しかも剣士サキー以外は魔法を得意とする選手です。魔法での攻防が中心になるでしょうから、その都度解説していただきます。さあ、試合開始の鐘が鳴った!』
フランシーヌの一回戦は敵の奇襲から始まった。そのまま一方的にやられているところを反撃しての逆転勝利、ただし今回は私が相手だ。
「やってみなければわからない!骨すら残さない全力の最大火力!」
とても大きな太陽が現れた。危険を察した審判はすでにリング下に避難した。
「くらいなさい!大聖女の前にまずは姉のあなたからいなくなってもらうわ!」
「ひゃっ!」
最初から全力で飛ばしてきた。太陽が私に向かって一直線、さすがに怖くなって身構えた。しかし私が信頼しきれていないとしても、ローブの力は本物だった。
「……あれ?」
『しょ、消滅した!フランシーヌの最大の武器がローブに吸い込まれるようにして消えてなくなった!』
熱いどころか暖かいとすら感じなかった。限りなく完全に近い魔法効果の軽減、確かに魔王軍との戦いでもこれを着ていれば魔法に対しては無敵だ。
「そ……そんな………」
フランシーヌがショックで崩れ落ちそうになっている。一回戦は鎧と兜が直接の勝因、そして今回はローブのおかげで勝利が目前……私にあるのは強運と他力本願だけだ。
3月30日の日曜日




